海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

リスト国際コンクール・決勝コンチェルト&表彰式

2011/04/11
20110409_gotoconcerto_GustavAlink.jpg
photo:Gustav Alink

決勝2日目。第9回リスト国際コンクールはいよいよ最終審査の時を迎えました。この日のガラコンサートには、美しいイブニングドレスとブラックタイに身を包んだ聴衆が会場へ詰めかけました。ファイナリスト3名と共演したのは、世界で活躍の場を広げるヤープ・ヴァン・ズヴェーデン(現ダラス交響楽団音楽監督)と、オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団。通常のコンクールとは異なり、当夜はワーグナーのファウスト序曲で幕を開け、ファイナリスト3名の演奏が行われた後、チャイコフスキーのイタリア奇想曲で幕を閉じました。そして昨日配信された結果速報の通り、後藤正孝さんが見事に優勝しました!
ここに、決勝コンチェルト&表彰式の模様をリポートします。

20110409_gotoperform_AllardWillemse.jpg
photo:Allard Willemse

後藤正孝さんはリスト協奏曲第1番。質の良い音を携え、安定した呼吸で、真っ直ぐ前を見据えて音楽が進んでいく。オーケストラともバランスの取れたアンサンブルを聴かせてくれた。緩徐楽章には美しい音の中にもわずかな陰影が加わると、次の展開へとさらに劇的に繋がると思われた。最後まで集中力を保って堂々としたカデンツで締めくくり、聴衆からは心のこもった盛大な拍手が贈られた。「ステージを通して聴いて下さる皆さんとコミュニケーションしたい」と真摯にステージに向かってきた後藤さんにとって、聴衆賞受賞はなお感慨深い思いがあっただろう。思いの丈を表現できた安堵と確信に満ちた表情で、2週間のコンクールを締めくくった。

同じく協奏曲1番を弾いたオルガ・コズロヴァは、彼女が持つ鋭い構成力よりは、繊細さが際立つ演奏だった。特にアダージオの美しさにふと胸を打たれる瞬間が何度もあった。昨日と同様にダイナミズムがもう少し欲しいと思ったが、準々決勝や準決勝でも見せた大胆な構築力と慎ましい抒情性を併せ持つ彼女は、これからも作品の新たな視点を提案してくれるだろう。

20110409_award_polikov.jpgのサムネール画像のサムネール画像

オレクサンドル・ポリコフは協奏曲2番を選曲。彼に合っている選曲で、特にチェロとのアンサンブルは会話のように甘く絶妙な駆け引きが見えた。また曲想の変化の付け方などやはりドラマティックである。昨日のソロを遥かに上回るコンチェルト演奏に、彼の底力を再び見た気がする。現在ボストンで学ぶ彼は、余暇に風景写真を撮るのも好きだそう。

ファイナリスト3名によるコンチェルト演奏の後、審査員が退席。審査会議の間、チャイコフスキーのイタリア奇想曲が演奏された。この演出はなかなか粋である。ズヴェーデンの卓越したリズム感と要所を付いた指揮は、ピンと張られた弓のような弛まぬ生命力と躍動感を与えた。

20110409_gotoaward_AllardWillemse.jpg
photo:Allard Willemse

そしていよいよ結果発表!会場中が固唾を飲んで見守る中、見事に後藤正孝さんが第1位を獲得した。"Japanese Samurai"の優勝に、会場はスタンディング・オベーションで讃えた。なお2位はオルガ・コズロヴァさん、3位はオレクサンドル・ポリコフさん。その他ファイナル2日間に実施された「聴衆賞」は後藤さん、セミファイナルの最優秀演奏者に贈られる「プレス賞」は、オルガ・コズロヴァさんがそれぞれ受賞した。その後、後藤さんはアンコールでハンガリー狂詩曲13番を熱演した。

この日臨席された肥塚隆・在オランダ特命全権大使は、「今日は明るいニュースに恵まれて、大変嬉しく思っています。久しぶりに感動致しました。独奏の曲も良かったですね。これからもどんどん活躍をして頂きたいと思います」と温かいエールの言葉を述べられた。

20110409_award_jury2.jpgのサムネール画像
右・デミジェンコ先生、
左・ムーザ・ルバッキテ先生

審査員の一人、ニコライ・デミジェンコ先生は「Gotoさんは勝者の演奏だったと思います。彼は新しい高みに到達できたのではないでしょうか」とコメントを下さった。
※お二人のインタビューを後日掲載予定。(⇒デミジェンコ先生ムーザ・ルバッキテ先生

優勝の興奮冷めやらぬ中、翌10日(日)午前11時より会場をアムステルダム・コンセルトヘボウ大ホールに移し、優勝者記念コンサートが行われた。前日の演奏から半日後というハードスケジュールながら、気を引き締めて大ステージに立った後藤さんは、指揮者とオーケストラのバックアップを得て、自信に満ちた美しい音色を響かせた。

20110409_award_powers.jpgのサムネール画像のサムネール画像

なお優勝者記念コンサートは、4・5月にオランダ国内15箇所以上で行われ、その後もヨーロッパ、北米、アジアなど海外ツアー、音楽祭・マスタークラス出演が予定されている。またリストの誕生日10月22日には、リスト国際コンクール創立25周年を記念し、第1回目から歴代の優勝者総出演によるガラコンサートが行われる。詳しくはこちらへ!
(米ピアニストのジョニ・パワーズさんとご主人。パワーズさんが主宰するコンサートシリーズに後藤さんの出演が決定している)


<ガラコンサート会場より>

「素晴らしい演奏でした。音楽から出てきた若い勇敢なサムライだねと、審査員とも話していました」とジェローム・ローズ先生(左)。右はデミジェンコ先生。なお優勝した後藤さんは、ローズ先生が主宰するinternational keyboard institute & festivalへ出演する。
20110409_award_goto_jury.jpgのサムネール画像
後藤さんに賞賛の言葉を贈るクリスティナ・オルティーズ先生。左はターマシュ・ヴァーシャリ先生、奥はスタインウェイ社ゲリ・グレネー氏。
プレス審査員カースティン・デュレール氏(左・『Piano News』編集長)。リスト国際コンクール記事は7月号に掲載予定(E-paperあり)。右は同じくプレス審査員のクリスト・レリー氏、リストの直筆手紙ファクシミリのコレクションを持つ。プレス賞は準決勝で、ソナタ等を演奏したオルガ・コズロヴァさんに贈られた。
コンクール評論家グスタフ・アーリンク・明美さんご夫妻(右)。Alink-Argerich Foundationでは、オンラインで国際コンクール情報・結果速報などの情報提供も行っている。会場にほぼ毎日足を運び、参加者にも温かい声援を贈っていた。
20110409_award_alink2.jpg

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

【GoogleAdsense】