リスト国際コンクール・準決勝1・2日目
舞台はまたユトレヒトに戻ります。リスト国際コンクールではセミファイナリスト9名が選出され、4月2日より準決勝が始まりました。ここからファイナルに進出できるのは、たった3名!さらなる激戦が予想されます。準決勝ではソナタ、「巡礼の年」1・2・3年、「詩的で宗教的な調べ」等から選択します。曲集全てを弾くという経験は、若いピアニストにとって勉強になることでしょう。今回は第1日・2日目の様子をリポートします。
準決勝・第1日目
阪田知樹さんは「巡礼の年2年目・イタリア」全曲に挑戦。この曲はマリー・ダグー夫人と共にイタリアに赴き、様々な芸術や文学作品に触れて大いに刺激を受けたリストが、それを元に書いた曲集。その作品には愛や死、人間の業といった普遍的なテーマが散りばめられている。阪田さんはまず「婚礼」の冒頭を長いフレーズで捉え、全体の序章と位置付ける。旋律の歌い方にはほのかな情感が漂う。「物思いに沈む人」は和音連打を単純にせず、深さとニュアンスを変化させていき、特に最後の一音には凝縮された思考を感じた。ペトラルカのソネット3曲はほのかな幸福感が漂い、104番では特に最後の下降する三度の繊細な表現が素晴らしい。7曲目「ダンテを読んで」がピークになるが、この冒頭は音楽の悪魔とされた増四度であり、そこにもっと恐怖や戦慄といったニュアンスが含まれると、中間部アンダンテの神々しい美しさも一層引き立つだろう。この美しさは、ソネットの美しさとは異なる性質を持ち、前曲と音色が変わるとよかったと思われる。全体的に美しくまとまった演奏だった。(使用ピアノ:ファツィオリ)
野木成也さんは「詩的で宗教的な調べ」を選曲、準々決勝で見せた力強いリリシズムを抑え、より思索的深い曲に挑戦した。「祈り」「ラグリモーソ」は、鍵盤にじっと耳を傾けながら、和音の響きや和声の変化を敏感に感じ取っている姿が印象的である。「死者の追憶」は生と死を対比するように、あるいは心の葛藤のように、ffとppの激しいコントラストを描く。その後にアダージオで訪れる安寧の境地は夢見るように美しく、祈りのように静かであった。最後は心の声に耳を傾けるような姿勢でppp。続いての「葬送」は1849年10月祖国で処刑されたリストの友人の追悼とも、同月亡くなったショパンに捧げる曲とも言われている。特に左手の単旋律で提示されるテーマが右オクターブに移った後、情熱を帯びた歌い方が印象的。ショパンの英雄ポロネーズを彷彿とさせる中間部を挟んで、grandiosoでテーマが堂々と再現された。そして最後に「孤独の中の神の祝福」。時折右手の音量が気になったが、ここは無言で啓示を受けるような静けさが欲しかった。しかし音の表情には幅広さがあり、また第3曲を最後にし、祈りで始まり祈りで終わるという構成にも意思を感じた。(使用ピアノ:スタインウェイ) *写真はお母様、ホストファミリーと。
準決勝・第2日目
準々決勝で説得力ある演奏を聴かせてくれたオルガ・コズロヴァ。準決勝は「悲しみのゴンドラ」1番・2番、メフィスト・ワルツ2番から。いずれも1880年代に書かれた晩年の作品で、悲しみのゴンドラは無調音楽の先取りをしている。ハーモニーの変化を微妙に反映させてほしい箇所でややさっと進めてしまう傾向があったが、近現代に近いこの曲をロマン派的アプローチで捉えていた。そのアプローチはソナタに最も合っていたようだ。冒頭の和音は慎重を極め、その後の展開もむやみに劇的にすることなく、主題grandiosoもfffではなくmfくらいに抑える。そして天啓を受けるような静けさに満ちた中間部において、quasi adagioのpppに感情のピークを持ってくる。この緊張感の持続はさすが。主部Allegro Energicoの再現は無機質な音を持って始まるが、再度繰り返されるcantando espressivoの表現が、その対比によって、より詩的で美しく聴こえた。最後は昇天するような浮遊感が感じられるカデンツと、深い安堵のような最低音で終わる。準々決勝で圧倒的な構築力を見せた彼女だが、ソナタはその中にもロマンチシズムに溢れ、30分近くに及ぶこの大曲を一大抒情詩のように弾ききった。(使用ピアノ:スタインウェイ)
ジンウー・パクは知性でこの大曲ソナタに立ち向かう。ダイナミックな前半、思い切りカンタービレな中間部、畳み掛けるような後半と、はっきりと性格の違いを描き分ける。楽譜をしっかり読み、レチタティーボやカンタンドでの歌、計画的なテンポ設定、調性の変化をわきまえた音色の使い分けで、ソナタを立体的に表現する。それが一つの感情の流れに沿って表現されれば、さらに説得力が増したと思われる。また各場面を描き分ける色彩のバラエティももう少し欲しい。しかし陰影のつけ方は効果的で、特に「悲しみのゴンドラ」2番は見事だった。冒頭は3回同じ音型がユニゾンで繰り返されるが、これを葬列を送る鐘が鳴り響くかのように、僅かにペダルを踏みながら次第に消えゆくようなエコーにしていた。中間部も不気味さと不安定さが入り混じり、どこへ行くとも知れないハーモニーの方向性を探りながら音楽を進める。準々決勝の演奏も含め、一歩引いて音楽の全体像を見つめる視点が印象的である。(使用ピアノ:スタインウェイ)
リストの面白さの一つは、俗世界と聖なる世界の両方をテーマとして扱ったところにもある。悪魔メフィストに魂を売り欲望の果てに死を遂げるファウストもいれば、大らかに愛を謳いあげるペトラルカもあり、民衆に愛を説いた聖人もいる。また様式も多様で、ロマンチシズム溢れる曲や華麗な超絶技巧を書く一方で、晩年は無調音楽の萌芽を見せた。知的好奇心と博愛精神に富み、あらゆる興味の対象を音楽に託していく姿は、リストならでは。もし彼が日本に来たならば、ハンガリーやスペインのみならず、日本の伝統音楽をモチーフにした曲を作っただろう。
そのダイナミックな音楽性と、慈善活動も惜しみなくしたという人柄に魅せられて、リスト研究に人生を捧げてきた研究者が世界中にいる。その中の一人アラン・ウォーカー氏が、コンクール期間中に開催されたリスト・カンファレンスのキーノート・スピーチをされた。その様子はまた別途リポートしたい。
コンクール会場では多くの方から、東日本大震災に対してお見舞いと励ましの声が寄せられています。また1日も早い復興を願い、オランダ全域でも多くのチャリティイベントが開催されています。
⇒Stichting NEDERLAND HELPT JAPAN
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/