独ワイマール・若いピアニストのためのリスト国際コンクール(1)
今年各地で開催されているリストの音楽祭やコンクール。ユトレヒトに先立ち、2月21日-3月2日、ドイツ・ワイマールにて「第3回・若いピアニストのためのリスト国際コンクール」が開催されました。カテゴリI(13歳以下)とカテゴリII(14-17歳)の二部門に分かれ、各国から才能と個性豊かな精鋭が集まりました。こちらはオール・リストではなく、リストと関わりのあった作曲家も課題曲に含まれています。その様子をリポートします。
一歩踏み出した音楽表現へ―17歳以下の部門
ドイツ中部の都市ワイマールは、生誕200周年を迎えるリストと縁深い街である。ここでリストは宮廷楽長を10年近く務め、またリスト音楽院を創設する契機を作った。そのリストの名を冠したリスト国際コンクールは10年以上前から行われており、日本でもご存じの方は多いだろう。一方、このジュニア世代のコンクールは今年で3回目と歴史が浅い。しかしレベルは高く、両部門で素晴らしい才能に遭遇した。
まずカテゴリII(14歳-17歳以下)でグランプリに輝いた、グルジア出身マリアム・バタシヴィリ(17歳・Mariam Batsashvili)。簡素な黒いワンピースで登場した彼女は、長い黒髪に澄んだ黒い瞳をたたえ、17歳とは思えぬ落ち着いた佇まいで登場する。心の奥深くで音楽を捉える力、そして鍵盤の音に慎重に耳を傾ける姿勢は群を抜いていた。ベートーヴェンのソナタ9番op.14/1は深い打鍵から質の良い音が出ており、ベートーヴェンに相応しい深みと威厳に満ちる。鋭い音から始まる現代曲のヘラー(B.Heller, Anschluss)は、四方に分散する各音の意味と方向性を捉える力がある。リストのハンガリー狂詩曲2番は冒頭から序曲のように高らかに響かせ、リズムの違いも明快に表現。立体的で生き生きした音楽になった。
ファイナルのハンガリー民謡による幻想曲S.123(演奏VTR)はあまり演奏機会のない曲であり、自分でどこまで音楽を創れるかが勝負。ともすると華麗な技巧だけが目立ってしまいそうだが、ピアノとオーケストラの音との融合をよく聴きながら、リズムを鋭く捉えて面白さを引き出していく。17歳という年齢もあるが、この点において2位以下との深みの違いが現れていた。ピアノの前では大変大きく見えるが、実際は小柄な彼女。彼女の音楽の大きさが、そう見せていたのだと後で分かった。*演奏ビデオは入賞者コンサート時。
2位の韓国出身テクギー・リ(14歳・Taek Gi Lee)の才能も将来有望。音のパレットの多彩さ、打鍵の深さと安定感、音楽を捉える力、的確なアーティキュレーション、フレージング、全てが音楽と結びついている。最も驚かされたのはベートーヴェンのソナタ24番「テレーゼ」。序章の4小節から優雅さと気品が感じられた。アーティキュレーションの明確さ、各フレーズの表情のつけ方も多彩でベートーヴェンの音楽の規模感を身体全体で大きくとらえる。続いてのリスト・ハンガリー狂詩曲12番では、がらりとキャラクターを変え、これでもかというほどのリズム感の良さを見せつける。それを可能にしているのは、完全な脱力だった。
現代曲のローウェル・リーバーマン(Liebermann, Gargoyles op.29)はドビュッシーのような幾重にも重なりあう音の響きが印象的で、彼の音に対する繊細さが伺える。4番は一転してリストを彷彿とさせる目一杯使うリズミカルな曲で締めくくった(現代曲賞受賞)。選曲とその並べ方もよく考えられ、大変強い印象を残した。ファイナルでは一歩及ばずながら、14歳にして驚嘆すべき才能を見せつけた。
そして3位はドイツ出身ドミニク・シャモ(15歳・Dominic Chamot)。第一次予選でのリストの即興ワルツS.213は、華やかで艶のある音で、ヴィルトゥーゾ的パッセージの中にユーモアも感じられる。それはバルトーク2つのルーマニア舞曲op.8aの音楽の運びにも感じられた。二次予選ではやや準備不足で技巧に不安も覗かせたが、今後に期待したい。入賞者コンサートでは二次予選でも弾いたフランク・マーティン(F.Martin, 8 Preludes)から。緩急のつけ方や、ふとした箇所に潜む美しさを表現する能力に長けている。あまり演奏機会のない現代曲にも妙味を見つけて表現する力は、古典解釈にも通じるだろう(現代曲賞受賞)。
審査員の一人で、エッパン音楽祭を主宰するアンドレア・ボナッタ先生は「若いピアニストに大変インスパイアされました。皆さん真摯に音楽に向き合っていましたし、演奏も新鮮で、もちろん審査員はみな経験豊かですが、我々の方も多く学んだと思います。グランプリのマリアムさんは、一次予選からとても真剣でプロフェッショナルな姿勢が見えました。これから素晴らしいキャリアを積んでほしいと思います」。
既に個性は多彩―13歳以下の部門
この年齢カテゴリでは、まだ幼さが残る演奏の中にも、美しさを感じる耳や、音楽的な追求が見られる演奏、粗削りながら表情をたっぷりつけた演奏など、多彩な個性を見ることができた。
優勝したのはウクライナ出身ヴラディスラフ・フェドロフさん(13歳・Vladislav Fedorov)。音質が明るく表現意欲がある。二次予選はシューマン・アベッグ変奏曲、リストの巡礼の年第1年・スイスより「ジュネーブの鐘」、バルトーク「ルーマニア民俗舞曲Sz.56」、ドビュッシー「小組曲」1・4など、いずれも音色に色彩感が欲しい曲である。この選曲から、単なる技巧ではなく、芸術的表現に繋がるテクニックを目指している姿勢が見えた。決勝のハイドン協奏曲Hob.XYIII:11ニ長調は軽快かつユーモアが感じられる演奏。もう少し音で表情の多彩さを引き出してほしいという気はしたが、まず「歌う」という基本的なアプローチを心がけた姿勢は素晴らしい。まだ13歳なので途上だが、その方向性で学びを続けていくのだろう。
2位の中国出身ケ・ワン(13歳・Ke Wang)は高い素質を持ち、多彩な打鍵から様々な音色や音質が出せるのが強み。特にリストの即興ワルツではリズムの中にユーモアを含み、ソフトペダルを効果的に使って音響に変化をつける。最後の自作曲はリスト風フレーズ、中国風フレーズを組み合わせたリミックスのような曲。
残念ながら決勝のハイドン協奏曲Hob.XVIII:11は音の表情が硬くなってしまい、ハイドンらしい陽気さやユーモアがあまり出てこなかったが、入賞者記念コンサートでのツェルニーop.740-1は前半機械的に弾いたかと思うと、途中から雪解けのように音に色彩と響きが加わり、対比的な構成と響きの妙が面白く感じられた。このツェルニーは会場でも話題になった。
3位のシウン・チョイさん(13歳・韓国)は、リスト演奏に向く華やかで大胆な個性を持ち、モシュコフスキ「スペインのアルバム」op.21(2台ピアノ)も全く物おじしせず華やかに表現。バルトークは大きく曲想をとらえ、音に方向性と芯があり、不協和音の処理も美しい。全体的にソルフェージュ能力の高さを感じさせた。
入賞者の共通点は?
入賞者にはどのような共通点があるのだろうか。17歳以下の部門では、まず基本的なテクニックを備えた上で、各曲の特徴をよくとらえている点だろう。特徴を捉えるということは、アナリーゼができているということでもある。また呼吸が深いこと。特にグランプリを獲得したマリアムさんの呼吸の深さ、音楽を内側で深く捉える姿勢は他を圧倒していた。静けさで力強さを表現できる彼女のソロ演奏は、時間がたってもなお記憶が鮮明に残る。
また13歳以下の部門は、基礎的なリズム感や打鍵など、呼吸と身体の使い方を心得ている人が上位入賞した。そのフレームが出来ていれば、年齢を重ねて思考が熟成するのに伴って、いかようにも音楽を広げることができる。深みのある音色、自在なリズム感、フレージング、テンポ設定・・、それらは全て呼吸の質が関わっており、その大切さに気付かされたコンクールであった。
余談であるが、二次予選で残念ながら大きなミスをしてしまった参加者がいた。その母親はホール後方で、僅かに涙を浮かべながら娘の姿をじっと見守っていた。演奏が終わり彼女がお辞儀をすると、母親は真っ先に立ち上がり、誰よりも大きな拍手を贈ってあげていた。スタッフに促されてもう一度舞台に出るように言われると、母親も娘の背中をそっと押してあげ、彼女も堂々と挨拶をして舞台を後にしたのである。その光景が温かく印象的だった。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/