リスト国際コンクール・準々決勝3日目
準々決勝3日目を迎えたリスト国際コンクール。この日もユトレヒトはあいにくの曇り空。しかし会場は日一日と熱気を帯びてきています。3日目は1名が手の故障により棄権(イリヤ・ペトロフ)、他6名が演奏しました。中には、リストらしく開放的で自由な精神に溢れた演奏もあり、強く印象に残りました。なお第6セッション終了後に結果発表が行われ、日本の阪田知樹さん、後藤正孝さん、野木成也さんの準決勝進出が決定しています(左写真は結果発表時の様子)。3日目の様子をリポートします。
リスト国際コンクール3日目、ユニークな個性の面白いピアニストが出てきた。オレクサンドル・ポリコフ(ウクライナ)。彼の自由な感性と独特のリズム感はそのまま音楽に表れ、ハンガリー狂詩曲9番もポロネーズにも彼独特の'風味'が感じられる。ハンガリー狂詩曲はジプシーが即興でその場の空気を織り込みながら音楽を膨らませていくように、実に軽やかで絶妙な空気感を伴いテンポよく進む。ポロネーズ1番・2番も、テーマの提示の仕方など実に洒落ている。揺らす箇所としっかり拍を刻んで引き締める緩急のつけ方が絶妙。行き過ぎて拍感が安定しない箇所もあるが、ポロネーズ2番再現部は特に至上の美しさであった。シューベルト=リスト『魔王』はやや平面的な構成。彼にはやはり、身体の中からエネルギッシュに湧き出るリズム感を生かせる音楽の方が合っているようだ。ちなみに22歳でこの貫禄!(使用ピアノ:スタインウェイ)
一方、洗練された表現の持ち主はアレクサンダー・シチェフ(ロシア)。「2つの伝説」は高音部の優しい語り口が小鳥を諭している様子をよく描いている。清貧と慈愛を説いた聖フランチェスコが蘇るようである。『波の上を歩くパオラの聖フランチェスコ』はディナーミクを慎重に扱いながら、大きな構成感を持って音楽を捉える。最も印象に残ったのはシューベルト=リスト『魔王』。『波の上を?』と同様に、特に左手の揺さぶるような表情が巧みで、それが中間部において、誘い込むような眩惑的な右手の旋律を引き出す。そして最後は魔王が高笑いするかのように決然と終わる。大変説得力のある演奏に続いて、『セレナード』(白鳥の歌より)では慈愛に満ちた優しい表情を出す。ハンガリー狂詩曲12番では、ここまで見せてきた彼の素質が上手い配分で生かされていた。既に結果発表されているが、準決勝進出できなかったのは惜しい。(使用ピアノ:スタインウェイ)
「2つの伝説」はイェンユー・チェン(台湾)の演奏も印象的。『小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ』は非常に美しい高音から深く厳格な低音までを上手く使い分け、多彩な表情をつける。レチタティーヴォから左手で示される旋律は、厳格な教義を暗示しているかのごとく力強い表情があり、右手はそれを小鳥に易しく説いている姿を連想させる。また透明感のあった右手の音は次第に実体性を帯び、小鳥に例えられた民衆の啓蒙を暗喩しているように感じた。最初に弾いたスペイン狂詩曲はペダルの音等がやや気になるが、音楽は勢いよく前に進んでいき、演奏者自身の感動が伝わってきた。(使用ピアノ:スタインウェイ)
今回のリストコンクールは詩情性を持つピアニストが多い。レシェチェンコ、マルテンポも自然な抒情性を持っている。ニコライ・レシェチェンコはハンガリー狂詩曲6番をテンポを遅めに設定してテーマをじっくり語り聞かせる。またロマ音楽の特徴であるテンポの緩急を効果的に用いる。「レーナウのファウスト」より『夜の行列』は、洗練された近代的な和声を際立たせる一方、パンジェリンガをモチーフにしたLento Religiosoでは旋法風の旋律を意識し、中世と近代の融合を十分に意識した音楽作りに感じた。『村の居酒屋での踊り』もテンポと音色を巧みに使う思い切った表現など、知的な試みが随所に見られた演奏だった。(使用ピアノ:ファツィオリ)
ヴィンセンツォ・マルテンポはほとんど身体を揺らさずとも、そこから繰り出される音楽には自然と歌心がにじみ出る。小さい頃から良い音楽を聴いてきたのだろう。ポロネーズ1番は中間部の歌も自然で優雅。ショパンを偲ぶために書いたというポロネーズは、まさにショパンのような気品と洒脱さ、そしてリストの華やかさが加わった演奏だった。(使用ピアノ:スタインウェイ)
ちなみに2005年度リストコンクールではハンガリー狂詩曲2番のカデンツァ自作という課題があったそうだが、今回はハンガリー狂詩曲を含むS234-S254より1曲選曲、という選択肢になっている。リストは故郷ハンガリーの伝統音楽を研究し、その成果をハンガリー狂詩曲に反映させている。しかしそれは実はジプシー(ロマ)音楽であり、後年バルトークに批判されることになるが、テンポや強弱の急激な変化などライブ感溢れる音楽は、リストの真骨頂でもある。リストは多くの作品でad libitumを指示しているが、ポリコフの演奏にはまさに即興のような自在な揺らぎが感じられた。なお伝統楽器ツィンバロンを使ったハンガリー狂詩曲の演奏などもある。
※セミファイナルは4月2日20:15(日本時間3日午前3:15)から始まります。ライブ中継はこちらへ!
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/