海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

リスト国際コンクール・準々決勝2日目

2011/03/31
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2日目を迎えたリスト国際コンクール。初日晴天だったユトレヒトも、今日はあいにくの雨。それでも会場内は熱気にあふれ、多彩なリストの演奏が登場しました。ショパンと同じくベルカントを愛したリストの曲は抒情性に溢れ、歌曲も多く編曲しています。この準々決勝では歌曲の編曲も課題になっていますが、リストが56曲も手がけたというシューベルトの編曲作品が最も多いようです。では2日目の模様から。

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本日は日本人3人目となる後藤正孝さんが第4セッションに登場。特にバラード2番で説得力ある演奏を披露した。バラード1番は先を期待させる前奏から始まり、安定したストーリー展開を見せる。曲間をたっぷり取り、呼吸を整えてバラード2番へ。冒頭のテーマに続き、和声の変化を十分に考えながら慎重に和音を配置する。新たな展開を暗示する再現部のmfには、何かの前兆のような緊張感がみなぎっていて印象的。スケール等のパッセージも美しく、終盤のGrandiosoも充実した音で劇的な物語を締めくくった。
このコンクールのためにバラード1番を新しくレパートリーに加え、以前から弾いていたバラード2番をもう一度新たな視点で見直したという。「2番だけを弾くよりも、1番があって2番があるという流れが大切だと思いました。1番はだいぶ全貌が分かってきましたがまだ謎の部分が多いですね」と終演後に語ってくれた。シューベルト=リスト『魔王』、ハンガリー狂詩曲13番も呼吸を乱すことなく、リズムの特性もよく捉え、さすが安定した実力を発揮した。(使用ピアノ:スタインウェイ)

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安定感と濃厚な抒情性を発揮したのはディナーラ・クリントン(ウクライナ)。彼女は中低音域における旋律の歌わせ方が特に濃厚であり、重心を低くして身体の奥深くから声を発しているようである。特にバラード2番は冒頭ロ短調の右手の旋律が、終盤にはロ長調となり両手和音のユニゾンで現れるが、ここに至るまで確かな打鍵でドラマティックにストーリーが展開された。ハンガリー狂詩曲2番もやはり中低音の旋律が印象的、最後までスタミナを保ってエネルギッシュに終えた。(使用ピアノ:ヤマハ)

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ハンガリーと同じく東欧のブルガリアからは2名が登場。二人とも歌に優れている。イワン・ペンコフはレーナウのファウスト『夜の行列』『村の居酒屋での踊り』から。『夜の行列』が演奏されるのは珍しいが、彼にはぴったりの選曲であった。微細な和声の変化を捉える耳を持ち、シンプルな旋律の中にも、夜の闇と光の対比、その中間の微妙な陰影を出すことができる。深く静かに心に沁み込んでくる抒情性がある。『村の居酒屋での踊り』も同じく、もう少し狂気が含まれればさらに作品の凄みが引き出されてくると思う。印象的な演奏。(使用ピアノ:スタインウェイ)

ディミター・ディミトロフ(ブルガリア)。全体的にミスタッチが多かったのは残念だが、要所要所で素晴らしい歌心を披露した。まずバラード1番・2番は共に遅めのテンポで始まり、じっくりと歌ってテーマを提示する。2番はアレグレットのモチーフが何度か繰り返されるが、ここを特にフォーカスして煌めくような音で表情を多彩につけていく。またシューマン=リスト『献呈』は限りなく美しい旋律を繊細かつ豊かな情感を持って弾く。ふとした瞬間ににじみ出る美しさは絶品。最後は愛の勝利宣言のように高らかに響かせて終わる。(使用ピアノ:スタインウェイ)

ディミトリ―・ロディオノフ(ロシア)はスケールなどで多少ミスが目立ったのは残念だが、ベルカント的な表現への試みが端々に見えた。バラード2番は冒頭からさーっと過ぎる傾向があったが、抒情性溢れるモチーフを朗々と歌う部分で印象を残した。(使用ピアノ:ヤマハ)
ゴラン・フィリペクはポロネーズ1番・2番を選曲。ポロネーズのリズムの特徴を強調したり、ハンガリー狂詩曲4番では即興的な雰囲気を纏う。細部より大きな構図で音楽を捉えようとしたと思われ、その中で所々面白さを滲ませた。(使用ピアノ:スタインウェイ)

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一方、よく整った演奏をしたのはジンウー・パク(韓国)。初日のリー(台湾)のように起承転結が考えられた構成。『2つの伝説』は高音域の音型が印象的な1番『小鳥に説教をするアッシジの聖フランチェスコ』と、中低音部の波の表現が印象的な2番『波の上を渡るパオラの聖フランチェスコ』の、2曲が対になっていることを実感できる演奏だった。ハンガリー狂詩曲12番もエネルギッシュな緊張感がみなぎっていた。(使用ピアノ:スタインウェイ)

『2つの伝説』が書かれた1861~63年は、ザイン・ウィトゲンシュタイン侯爵夫人との結婚を諦める一方、夫人の影響もあってカトリック信仰がさらに深まり、ローマで下級聖職者になるという人生の大きな節目を迎えた時期であった。またマリー・ダグー夫人との間の長女ブランディーヌ(享年27歳)、息子ダニエル(享年20歳)の死を、人生最大の悲しみを持って迎えている。なお1830年代後半に着想・作曲した『巡礼の年2年目・イタリア』(1858年出版)では、ダンテやペトラルカなどルネサンス期のイタリア文学をテーマにしているが、僧侶になったこともあり題材は聖人にも及ぶようになる。アッシジの聖フランチェスコは修道会を開き、それまで特権階級層が支配していたキリスト教的ヒエラルキーの呪縛を解いて、教義を広く大衆化した人と言われ、リストの精神性と合致したのかもしれない。


準々決勝3日目。本日3月31日(木)は13:30より第5セッション、20:15より第6セッションが開始されます(日本時間はそれぞれ31日20:30~、1日午前3:15~)。なお第6セッション後に、いよいよ準々決勝の結果が発表されます。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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