海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

リスト国際コンクール・準々決勝1日目

2011/03/30
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オール・リストの課題曲で知られるリスト国際コンクール。準々決勝初日(第1・2セッション)を迎えた29日は、日本人2名を含む8名が登場しました。会場はユトレヒト市外にあるフレデンブルグホール。赤いボックスのような建物の内部は、約1500席の広い空間が広がります。
ユトレヒトの街から初日の様子をリポートします。

昨年世界数か国で行われた予備予選で選ばれた22名が、リスト国際コンクール開催地であるユトレヒトに集まった。一昨日6台のピアノ選定を終え(スタインウェイ、ヤマハ、ファツィオリ各2台)、8名が初日のステージに立った。特に印象に残ったのは、オルガ・コズロヴァ(ロシア)、日本の野木成也さん、阪田知樹さんである。

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ホストファミリーご夫妻、阪田君のお母様と

まず日本人男性二人の活躍から。2番目に登場した阪田知樹さんは、1993年生で最年少グループの一人。ポロネーズ1番は全体を支配するメロディーラインを美しくキープしつつ、特徴あるポロネーズのリズムをはっきり刻む。音の色彩感や和音のバランスもよく、微妙な表情の変化を捉えたニュアンスある音はポロネーズ2番も引き立てた。シューベルト=リスト『連祷』(4つの宗教的歌曲より)も、自然な歌心で追悼の意を含む旋律が奏でられる。最後のハンガリー狂詩曲12番は独特のリズムを可憐に軽やかに響かせ、一方では深みある音を用いて、リストが目指したような音響空間の広がりを感じさせた。昨年リスト国際ジュニアマスタークラスに参加して以来、1年ぶりにユトレヒトに戻ってきた阪田さんだが、奥行の出し方や自然な音楽の緩急のつけ方に、知性・感性の大きな成長が見られたように思う。(使用ピアノ:ファツィオリ)

なお初日ポロネーズを選んだのは彼一人だけだったが、「尊敬する作曲家・演奏家の一人である、ラフマニノフのポロネーズ2番の演奏を聴いて、ぜひ弾きたいと昔から思って選曲しました」と笑顔で語ってくれた。

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野木成也さんの男性的なロマンチシズムも印象に残る。バラード1番は音にしっかりとした意思が宿り、アーティキュレーションも明確で、前奏、アンダンティーノ・・と表情を変えながら進む。バラード2番は冒頭右手の骨太な語り口が雄弁で、神秘的な和音に続くアレグレットの優しい語り口と、はっきり対照的に描かれる。冒頭からその後を大いに期待させる。特に和音の響きのバランスや、a piacere candandoの通り詩情あふれる歌心が印象的である。それはシューマン=リストの『献呈』の選曲や演奏にも表れていた。ハンガリー狂詩曲6番もリズム感の良さやアーティキュレーションの明確さを生かしながら、最後のオクターブ連打も臆せず、勢いよく華やかに曲を閉じた。(使用ピアノ:ヤマハ)

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そして、強い説得力があったのはオルガ・コズロヴァ。バラード1番・2番は8名中7名が弾いたが、彼女の演奏はまさに劇的なストーリー性に満ちていた。バラード1番はテンポは少し速めに設定され、常に前に向かう推進力がみなぎる。プレリュード、アンダンティーノに続いて第2のテーマがsotto voceで出てくるが、これが次第に和音の厚みと強勢を伴って繰り返され、最後はオーケストラのようなダイナミズムが感じられた。
バラード2番も面白い構成。これも速めのテンポで最後まで緊張感が保たれる。冒頭のテーマは地底から聞こえてくるような音に訥々とした右手がナレーションのように入り、物語の始まりを予感させる。半音下がる2回目のテーマは内声部も際立せ、物語の要素を少しずつ解き明かしていく。アレグレットは美しい朝焼けのような初々しさで始まり、嵐のような中盤を経て、終盤アンダンティーノで再現される時は、全てが過ぎ去った後の夢想の美しさに変わっていた。シューベルト=リストは『糸を紡ぐグレートヒェン』『焦燥』(12の歌より)は、性格の異なる2曲をほの暗い詩情を持って歌い上げた。ここまでくると「この人はこの曲をどのように弾くんだろう?」と興味が湧く。ハンガリー狂詩曲2番は多彩な音質、リズム、和声感をもって、民謡特有のリズムやメロディを大胆に表現し、曲の面白さを十分に引き出した。音楽の骨格と表現内容が濃いため細かいミスタッチはあまり気にならない。芸術表現の必要性からテクニックを磨く、本質的なアプローチをするピアニストだと思われる。(使用ピアノ:スタインウェイ)

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バラード1番冒頭で期待を抱かせたのはユンヤン・リー(台湾)。知的な構築力を持ち、バラード1番、2番とも起承転結が明確な音楽作りをしていたが、ffやfffにもう少し迫力があればさらにストーリー性が増したかもしれない。全体的に気品がある優美な音質であり、シューベルト=リスト『セレナード「聞け、ひばり」』(12の歌より)で最も発揮されていた。ハンガリー狂詩曲13番はフレーズの収め方にも気品があり整った演奏だったが、もう少し遊び心があるとなお魅力が増したと思う。(使用ピアノ:ファツィオリ)

優美な魅力を前面に出したのはエレーナ・グリナ(ロシア)。ディナーミクはあまり幅広くないが、バラード2番は抒情性を強調し、ディナーミクを工夫したり、時折内声部に隠れた旋律線を引き出したり、繊細な感性が感じられた。全体としてリストらしいインパクトの強さはないが、シューベルト=リスト『水に寄せて歌う』(12の歌より)は繊細な音色で、波のように交差する左右の旋律を美しく描き出し、彼女の良さが出ていた。(使用ピアノ:スタインウェイ)

ハンド・ナハクール(エストニア)、スーウェン・ハン(韓国)、リンツィ・パン(中国)もそれぞれ力演した。ナハクールは自然な抒情性があり、バラード2番の中間部は敬虔な祈りのような印象。ハンは深く質の良い音を持ち、それが所々でとても魅力的に響いてくる。バラード2番のgrandiosoも説得力十分だった。二人ともどの音が重要なのかというイメージの整理が整えば、もっと説得力を増すと思える。リンツィ・パンは最年少の17歳、若さあふれる赤いドレスで登場した。バラード1番・2番も卒なく弾けているが、シューベルト=リスト『水に寄せて歌う』で見せたような自然な感性を生かして、バラードからも様々な要素を拾い上げて音に託してほしいと思う。(使用ピアノ:3名ともスタインウェイ)

35分のプログラムにバラード2曲(*他にも選択肢あり)、ハンガリー狂詩曲より1曲、編曲作品を1曲以上と、体力と集中力を保つのが大変である。バラード1番はテーマが何度も繰り返されるが、どのように変化・発展させるかが難しいところ。リストの曲はそのまま弾いても十分にドラマティックであるが、一方で音の多さや表面的な美しさに惑わされることもあると思う。華やかさの奥にある、リストが目指していた新しい表現法の萌芽を引き出してほしいと願う。

なお1845年にバラード1番(1848年改訂出版)が作曲されてから、バラード2番(1853年)が作曲されるまでの8年間に、リストの人生は大きな転換期を迎えていた。キエフに演奏旅行に出かけた際、カロリーネ・フォン・ザイン=ヴィトゲンシュタイン侯爵夫人と恋におち、周囲の反対を押し切り同棲開始。その後演奏活動をやめ、1848年にはワイマールの宮廷楽長に任命され、本格的な作曲・指揮活動を始める。また盟友であったショパンは1849年に亡くなっている。バラード2番はその数年後、リストが本格的な作曲家として歩み出してから書かれているが、旋律やハーモニーはさらに洗練され、より劇的で深みある表現を得ている。特にコズロヴァの演奏には、作曲家としての進化の過程も見えるようで興味深く聴いた。

本日3月30日(火)は13:30より第3セッション、20:15より第4セッションが開始されます。日本時間はそれぞれ30日20:30~、31日午前3:15~)第4セッションには後藤正孝さんが登場予定です。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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