モーツァルト国際コンクール(1)ピアノ、ヴァイオリン部門の優勝者は?
モーツァルト国際コンクールは1975年に始まり、マグダレーナ・コジェナー(声楽・1995年)、ディアナ・ダムラウ(声楽・1999年)、バルバナシュ・ケーレメン(ヴァイオリン・1999年)、菊池洋子(ピアノ・2002年)など、優れた才能を輩出してきました。第10回目を迎えた今年は、ピアノ部門・ヴァイオリン部門が開催されました(筆者はピアノ部門セミ・ファイナルと両部門ファイナルを取材)。その最終結果をリポートします。
また優勝者インタビュー、モーツァルト研究・ピリオド楽器演奏の第一人者ロバート・レヴィン先生インタビュー、モーツァルトの生家訪問記など、4回に渡って関連リポートをお届けします。
直感が冴えるヴァイオリン部門優勝者・マロフさん
今年のモーツァルト国際コンクールは2月9日に始まり、一次・二次・セミファイナルを経て、2月18日・19日にファイナルが行われた。両部門各3名のファイナリストが協奏曲を披露し、その結果、ヴァイオリン部門はセルゲイ・マロフさん(Sergey Malov / 27歳・ロシア)、ピアノ部門はフェデリコ・コッリさん(Federico Colli / 22歳・イタリア)が優勝した。二人とも正反対の個性が面白い。
まずはヴァイオリン部門ファイナルの様子から。1番目に颯爽と登場したマロフさんは、ヴァイオリン協奏曲第5番K219を選曲、生き生きした音色と豊かな表情で、オーケストラ(カメラータ・ザルツブルグ)と共に音楽を創り上げていく。特に三楽章は彼の伸びやかで大胆な個性がオケとよく合い、強い印象を残した。)
審査員の一人で2002年ヴァイオリン部門優勝のエステル・ホッペさんは、「マロフはインスピレーションに溢れていて、ソロ、カルテットも素晴らしかった。大変興味深い演奏家だと思います」とコメント。
また日本人審査員の辰巳明子さんは、「全体的にレベルが大変高く、音楽的な演奏をする方が多い傾向でした。私たちは伝統に配慮しながら学んでいますが、特にロシア(1位)や中国人(2位)の方は面白く自由な感じで、個性の方が強く出てきていると思いました。また優勝したマロフさんの二次予選*は、バルトーク無伴奏ソナタ、ヒンデミット無伴奏ソナタ2番など(ラヴェル、シルヴェストロフ)個性的で、完全に聴衆のハートを掴まえる演奏でしたね。自分の主張が込められているプログラミングが興味深く、それも大事な要素だと思いました」。(写真右はコンクール事務局長・ゴドラーさん)
*ヴァイオリン部門二次予選は50-60分の自由選曲によるリサイタル
ザルツブルグで学ぶこと8年。モーツァルテウム大学のヴィオラ科を卒業し、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの三刀流というマロフさん。「3つの楽器をいつも持ち替えて弾いています。二次予選の選曲ポイントは、まず自分の好きな曲を弾きたかったこと。バルトークのソナタの他、モーツァルトに関連性のある曲を組み合わせました。ヒンデミットの無伴奏ソナタはモーツァルトへのオマージュになっています。(ファイナルで)カメラータ・ザルツブルグとの共演は長年の夢だったので本当に嬉しいです!」と歯切れよく答えてくれた。
ピアノ部門優勝は、知的で優雅なイタリア紳士のコッリさん
一方ピアノ部門で優勝したフェデリコ・コッリさんは、赤いスカーフを巻き、優雅にステージに登場。ピアノ協奏曲第27番K595は第1楽章から、ふくよかで柔らかい音色で優しく音楽をリードしていく(指揮デニス・ラッセル・デーヴィス/共演カメラータ・ザルツブルグ)。タッチの変化で音楽に微細なニュアンスをつけ、特に第3楽章はアンサンブルを楽しみながら軽快に音と戯れる、彼のキャラクターが生かされていた。セミファイナルのピアノ四重奏では、個性を突出させることなく完全に溶け込み、歌曲(『夕べの想い』等)ではあたかも薄暮を描きだすような色彩感の音が印象的であった。
多彩な課題曲の中で表現するモーツァルト
このコンクールの目的はモーツァルトの優れた解釈を追求することであるが、課題となるのはモーツァルトだけでない。ヴァイオリン部門では二次予選は完全に自由選曲であり、ピアノ部門ではロマン派や近現代曲も課される。そのプログラムの中でモーツァルトをどう表現するのか。そこにも個性が現れる。
今年のピアノ部門課題曲を考案したギリロフ氏(写真中央)によれば、「小規模のソナタ、エチュード、小品、変奏曲、大ソナタ・・とバランスの良い課題曲になっています。またシェーンベルクやウェーベルンなどのウィーン楽派、ドビュッシー、プロコフィエフ、ストラヴィンスキーなど、モーツァルトに精神性が似通っている作曲家も入れました。優勝したコッリさんはベートーヴェン初期ソナタ、ドビュッシーのエチュード、プロコフィエフも素晴らしかったです。またソロ、歌曲、ピアノ四重奏、協奏曲と様々なスタイルを取り入れていますが、若いピアニスト達がどのように音楽とコミュニケーションを取るのか、とても興味深かったですね」。
コッリさんはどのように課題曲を解釈しただろうか。二次予選の選曲についてこう説明してくれた。
「モーツァルトのソナタK309、パイジェッロの歌劇「哲学者気取り」の「主に幸いあれ」による6つの変奏曲K398の後に、ベートーヴェンのソナタ第1番op.2-1を組み合わせました(その他ドビュッシー、プロコフィエフより)。ベートーヴェンは当初、皇帝協奏曲や後期ソナタの作風とは違い、モーツァルトやハイドンの影響を受けていました。しかし前古典派ながら何かが内側で動いている、進化しようとしている。そこに、"ベートーヴェンの虎"が潜んでいるのです。ベートーヴェンが何を求めていたのか、それを表現するのが難しかったですね。 このコンクールには大規模なレパートリーというより、洗練された芸術的なアプローチが必要です。プロコフィエフとドビュッシーはその観点からプログラムを考えました」。
審査員の一人、モーツァルト研究・演奏で知られるロバート・レヴィン氏(写真左)も、彼のモーツァルト演奏を高く評価した。
なお今回は日本の粥川愛さんがセミファイナルに進出し、特にピアノ四重奏ではしっかりコミュニケーションを取りながら艶と意思のある音で演奏を披露した。ファイナル進出ならなかったのは残念だが、今後の成長と活躍に期待したいと思う。 (セミファイナル後、粥川さんにアドバイスする審査員のフー・ツォン氏)
優勝者2名が来日予定!
優勝したセルゲイ・マロフさんとフェデリコ・コッリさんには、副賞としてマダム・フクダ賞が授与され、今秋に来日公演が予定されている。動と静、直感と理性。二人の個性は正反対で、面白いジョイントコンサートになりそうだ。
なおマダム・フクダ賞はこれまでエリザベト王妃国際コンクールなど、一流国際コンクール優勝者に来日公演の機会を提供し、モーツァルト国際コンクールでは1999年より褒賞として授与されている。
リポート◎菅野恵理子
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/