海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

ザルツブルグ音楽祭(4)ローカルでグローバル!地元&日本人音楽家も

2010/08/18
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ザルツブルグの目抜き通りにあるモーツァルトの生家

ザルツブルグはモーツァルトの生まれ故郷でもあり、17歳から25歳まで青年期に住んだ思い出深い街でもある。その生家(Geburtshaus)と住居(Wohnhaus)は、現在も多くの音楽愛好家や観光客に親しまれている。生家には生前使っていた鍵盤楽器やヴァイオリン、家族の肖像画、遺髪(と言われる)、オペラ舞台演出の模型などが展示されている。また、「このピアノで『魔笛』を作曲していました」と妻コンスタンツェがいうクラヴィコードも。この小さな楽器から小宇宙のようなオペラの数々が創造されたことに、また新たな感動を覚える。

さて、このザルツブルグ音楽祭に出演するアーティストの国籍は様々である。出演者だけでなく、たとえば芸術監督ユルゲン・フリム氏(Jürgen Flimm)はドイツ出身、プログラム表紙の写真撮影は韓国出身ビエンウー・バエ氏(Bien-U Bae)、またウォルフガング・リムの特別委嘱作品「ディオニソス」の舞台演出は、日本で生まれドイツでアートを学んだジョナサン・ミース氏(Jonathan Meese)が担当している。
一方で、名門ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を始め、自国のアーティスト起用も多い。ハーゲン弦楽四重奏団の一員でモーツァルテウム教授でもあるクレメンス・ハーゲン(vc)は、アンスネスらとの共演で素晴らしい演奏を聴かせてくれた。その他、地元のオーケストラも伝統的に同音楽祭に参加している。この音楽祭はローカルであり、インターナショナルでもある。


地元の2オーケストラも活躍!

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photo:Wolfgang Lienbacher

地元カメラータ・ザルツブルグの演奏を、祝祭大劇場に隣接しているモーツァルトのための劇場(Haus fur Mozart・1580席)で聴いた(7/31)。シューマンの交響曲4番・3番、途中にショパン協奏曲1番を加えてのプログラム。指揮はフィリップ・ヘレヴェッヘで、ピアノはポゴレリッチの予定だったが数日前にキャンセルが発表され、代役としてショパン2番は小菅優(7/28)が、そしてショパン1番はポーリーナ・レスチェンコ(7/31)、いずれも20代の女性ピアニストが務めた。
この室内楽団はヴァイオリン始め、金管も優れ、木管と金管のバランスも心地よく感じた。特に背景となるハーモニーの重ね方が理性的でバランス良く、それがシューマンの交響曲に独特の色彩感をもたらし、1枚の絵画を多方面から見ているような感覚に陥った。ただショパン協奏曲1番で、ポゴレリッチの代役として登場したレスチェンコは、テンポをよく揺らし、フレーズの行方が定まらない印象。幻想性を意図的に演出している感が否めず、新しい演奏解釈というには疑問が残る。この日はカメラータ・ザルツブルグの、シューマン4番の演奏が印象に残った。

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photo:Wolfgang Lienbacher

またモーツァルテウム大ホールでは、モーツァルテウム管弦楽団によるモーツァルト・マチネを聴いた。セレナーデ第6番「セレナータ・ノットゥルナ」KV239(1776)、マーチK.249とセレナード第7番「ハフナー・セレナーデ」K. 250(1776)。いずれもモーツァルト20歳の作品。特に後者は結婚式のために作曲されたという背景もあるが、全体を貫く明るい曲調が印象的である。カメラータ・ザルツブルグと同じく地元の室内楽団ではあるが、洗練度がやや異なる印象。それは第2・3・4楽章においてソロ・ヴァイオリンが超絶技巧を披露するハフナー・セレナーデでより浮き彫りになった。少し冒険的なプログラムではなかっただろうか。一方、前半の2曲目にはヴァイオリン協奏曲第5番イ長調 K.219 (1775)が配され、ソリストにグルジア出身ヴァイオリニストのリサ・バティアシヴィリが登場した。現在31歳のバティアシヴィリは、ここぞという時に発揮される説得力ある太い音と確実なテクニック、迷いなき表現力、何より音楽を直感で掴み取る力に優れている。作曲家などからの信頼も厚く、さらに将来を期待させる。


名門オーケストラで20年間在籍する日本人ヴァイオリニスト

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今回素晴らしい演奏を聴かせてくれたカメラータ・ザルツブルグ室内管弦楽団には、20年ほど在籍している日本人団員がいる。ヴァイオリンのセカンドトップを務める手塚有希子さんだ。ザルツブルグ音楽祭で毎年のようにコンサートやオペラを演奏する中、今年は前述のコンサートのほか、歌劇「ノルマ」でエディタ・グルベローヴァ(Edita Gruberova)、ジョイス・ディドナート(Joyce DiDonato)など世界最高峰の実力派歌手と共演した。もう一つ所属しているバーゼル室内管弦楽団では、チェチリア・バルトリ(Cecilia Bartoli)との共演ツアーなども多く、こうした名歌手との共演にも大変インスピレーションを受けるという。現在古楽も勉強中という手塚さんにお話を伺った。

―先日はカメラータ・ザルツブルグの素晴らしい演奏を聴かせて頂きました。20年ほど在籍されているとのことですが、モーツァルトのほか主要レパートリーを教えて下さい。また2つの楽団に所属され、どのような日々を送っていらっしゃいますか。

手塚さん:カメラータ・ザルツブルグは、本来ディベルティメントなどを得意とする弦楽アンサンブルが主体で、シャンドール・ヴェーグ(Sándor Végh)が指揮をしていた頃から所属しています。当初は教授と生徒が混在する小編成の楽団だったのですが、次第に拡大し、様々な国籍の団員が集まり(現在はオーストリア人が多い)、今は各地で弾かせて頂いています。レパートリーはやはりモーツァルト、そしてハイドン、シューベルト、メンデルスゾーンが多いですね。シューマンやベートーヴェンはたまに弾きます。

 一方のバーゼル室内管弦楽団では、バロックからコンテンポラリーまで全て演奏しています。チェチリア・バルトリとの共演ではバロックを、またジョヴァンニ・アントニーニ指揮(Giovanni Antonini)でベートーヴェン交響曲全曲録音(現在7番まで録音)などにも取り組んでいます。

 私自身はザルツブルグとバーゼル、二つのオーケストラに所属する傍ら、古楽の勉強もしています。実は十数年前から勉強したいと思っていたのですが、ある時フライブルグ・バロックオーケストラのコンサートマスター2人に出会い、『やるなら今だ!』と思い立ち、2年間フランクフルトの大学院に通いました。今年2月に試験が終わり、あとは論文提出が控えています。

―古楽への興味のきっかけは?ヨーロッパで音楽を演奏していると歴史の源流を辿りたくなる、という思いでしょうか。

手塚さん:その人のタイプ次第だと思いますが、私の場合はもともとロマン派より初期のバロックの方が好きで心に響きますし、もっと自分を表現できる気がしています。テクニック的に大変でないと言われることもありますが、むしろシンプルなほど大変。古楽は楽譜の読み方が違うので、歴史の本やルールを読んだり、ヴァイオリンの前身であるフィデルも弾きました。もちろん昔のことを全て正確に知ることは難しいですが、アイディアを得ることができました。古楽は古楽として分けるものでなく、古楽も含めてすべては「音楽」であり、全て繋がっているんです。

―古楽を学んだ上でモーツァルトなどに取り組んだ時、視点に変化はありましたか?

手塚さん:そうですね、細かいアーティキュレーションやハーモニーの進行に目がいくようになりましたね。古楽はハーモニー進行が中心なので、モーツァルトの音楽はそれから脱しているとはいえ、よく聴くようになりました。ヴァイオリンは旋律楽器なので旋律がメインですけれど、本来は下から支えられているわけですから。昔は例えばカルテットを聴くとヴァイオリンの旋律ばかり聴いていたのですが、今は全ての楽器を一緒に聴くようになり、総譜もよく見るようになりましたね。モーツァルトに関してはザルツブルグで鍛えられたので、全体のキャラクターなどに関する考え方はあまり変わっていないと思います」。

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ミラベル庭園
―楽団の中でも音楽的・精神的な柱になっていると思いますが、歴史ある楽団の雰囲気はどのような感じですか?

手塚さん:今は20-30代の団員も多く、若返ったと思います。団員の個性は強いですね。フリーランスの楽団なので、一人一人が毎回高い集中力を持ち、音楽の中身もインテンシブ。どこに座っていても全員が120%の力を出しています。それが聴衆の皆さんに伝わって、たくさん足を運んで下さるのだと思います。

―2011年ザルツブルグ音楽祭ではケント・ナガノ指揮での演奏会、また2012年10月には、ハンス・ヨルグ・シェレンベルガー指揮&マリア・ジョアン・ピレシュとの来日公演が決定(1990年以来)。楽しみにしています!

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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