海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

作曲家が気に入った演奏は?―エリーザベト王妃国際コンクール(11)

2010/05/31

作曲家は、誰の演奏がお気に入りか

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今回ファイナリスト12名が8日間で音楽を作り上げた新曲課題「Target」。作曲者ジョン・ミンジュ氏(Jeon Minge)はどのような感想を持ったのでしょうか?

ミンジュ氏にファイナル終了後お伺いしました。

「僕はエフゲニー・ボザノフさんと佐藤卓史さんの演奏が一番良かったです。ボザノフさんはとてもクリエイティブで、佐藤さんは僕の音楽観をよく理解してくれたと思います」。
(写真は結果発表時の佐藤卓史さん)

*ファイナル・セミファイナルの全演奏は、コンクールホームページでお聴き頂けます。


意図通りの演奏、驚きの演奏

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また今回審査員を務めたアンヌ・ケフェレック先生やヴィルサラーゼ先生などにも大好評だったセミファイナル新曲課題「Back to the Sound」。この曲を書いたジャン・ルーク・ファシャンプ氏(Jean-Luc Fafchamps)にインタビューしました。

―セミファイナルの演奏に対して、どのような印象をお持ちになりましたか?
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ライブでは半分くらい聴きました。とても楽しかったですね。大半のピアニストは、この曲から何かを見出して弾いてくれたと思います。会場で聴けなかった分は録音を聴きましたが、特に6、7名の演奏が興味深いと思いました。セミファイナル一人目(Sophia Vasheruk)も良かったのですが、既に二人目にしてユーリ・ファヴォリン(4位・写真下)がベストに近い素晴らしい演奏をしてくれました。彼は現代曲が得意なんですね。その他3、4名は本当に私の意図通りに弾いてくれました。

驚くべき演奏という意味では、デニス・コジュキン(1位・写真上)ですね。楽譜をみて、あの演奏が出てくるとは!グレン・グールドのように全く違う音楽になっていて、そのレベルが高く説得力もありました。楽譜通りではない部分もありましたが、それもありかと思わせてくれました。

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セミファイナルにはアジア人も多くいましたが、うち2、3名の演奏に素晴らしかったです。音に対する意識が秀でていて、特にキム・テヒョン(5位・写真上)とキム・ダソル(6位・写真下)の二人は本当に興味深かったですね。キム・テヒョンは音が多彩で想像性豊か、彼のモーツァルトも幻想的で素晴らしい演奏でしたね。キム・ダソルは録音で聴いたのですが、幻想的ではないのですが、とても成熟していましたね。


作曲者の意図と異なるが、説得力ある演奏とは

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デニス・コジュキンは少し私の意図とは違うようにリズムを変えた部分があったのですが(リズムはかなり考えて書いたので、ちょっと怒っていますが)、彼はこの曲をドラマティックにしたい、説得力を持たせたいと思ったのでしょう。
実はこの曲はコンクールのために作曲したわけではなく、偶然これを含む三部作「Back to the Pulse」、「Back to the Voice」を書いており、ちょうど3曲目の「Back to the Sound」が完成した時にコンクールの話が来たのです。実はこれは子供時代に自分が感じたピアノの印象を託した曲です。もちろん子どものための曲ではありませんけれど。この曲は他の2曲に比べるとむしろ軽くて印象派に近い曲なのですが、コジュキンはそうしたくなかったみたいですね。まあそれもいいでしょう。ただこれが独立した1曲であれば彼の演奏は解決法の一つかもしれませんが、あと2曲を知ったら、色々変えなければいけないことも出てくるでしょう。

とはいえ、曲と格闘し、何か違ったものを見つけて、それを成し遂げること、これが面白いんですね。その点で、彼の演奏は素晴らしかったです。


アジア風の音色は、幻想性をイメージ

―曲の中でアジア風の音色も感じられました。
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ガムランの音に似ていると言われましたが、率直に言えばその通りですね。鐘のような音色やハーモニックな音を考える時(ガムランは私のアイディアそのものではありませんが)、アジアのパコダのようなものが心に浮かんだことは確かです。ドビュッシーやスティーブ・ライヒはガムラン、メシアンは日本の音素材を使っていますが、私にとってもアジアは極東。幻想であり、自分から遠くにあるもののイメージです。

―幻想的という点においては、誰の演奏が最も印象的でしたか?

まず、キム・テヒョンです。もう一人、こちらは成功というわけではありませんでしたがバーバラ・ネポニャシュチャヤ(露・セミファイナリスト)でしょうか。彼女は、そんなに多くの奏法を持っているわけではありませんが、私の音楽を空気中に浮遊させたような感じで、幻想というより、幻想的な映画のような印象でしょうか。彼女は恐らくミニマル音楽が得意なんじゃないかな。

ミンジュ氏、ファシャンプ氏が気に入った演奏に共通していたのは、楽譜をきちんと読みこなして音楽の意味を理解した演奏、そして作曲者自身をもはっとさせる演奏者のクリエイティビティを感じさせる演奏。あくまで楽譜に従うのが原則ではありますが、「こんな解釈の仕方もあったのか」という想像力の枠を広げてくれる演奏は、作曲者自身に驚きと感動を与えることがあります。音楽的アイディアとそれを表現するテクニック、その二つが揃うと強い説得力を発揮します。

<情報>現在ベルギーのモンス音楽院で作曲とアナリーゼを指導しているファシャンプ氏。今秋アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルさん(Anne Teresa de Keersmaeker)率いるダンス・カンパニーと一緒に来日する予定。ご興味ある方はこちらへ!


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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