想像力が導いた勝利―エリーザベト王妃国際コンクール最終日&結果発表!
プロコフィエフ協奏曲2番で盛り上がった最終日
いよいよ迎えたファイナル最終日。会場は最高潮の盛り上がりを見せました。結果発表を終演後に控えた、最後の2名がファイナルの演奏に臨みました。
前半は女性ファイナリストのクレア・ファンチ(米)。浜松国際コンクールやアカデミー参加などで、日本でもご存知の方は多いでしょう。可憐な雰囲気と細い身体ながら、ベートーヴェン・ソナタ21番とプロコフィエフ協奏曲2番に立ち向かうエネルギーは相当なもの。よく指が回り音も鮮やかで美しいのですが、ワルトシュタインは和声の変化やフレーズの流れから、もう少し汲み取れる感情があったのではないかと思う余地を残しました。プロコフィエフ2番は速めのテンポでさっと行く箇所が多いものの(特に2・3楽章)、4楽章では耳の良さと美しい歌心が見受けられました。ただ曲の意味を考えると、美しさの中も不安やおののきといったニュアンスが含まれるとさらに奥行きが出るでしょう。そして新曲「Target」では、前に推進する力を秘めつつも、ハープやヴァイオリンといった弦楽器との美しいアンサンブルが印象に残りました。
そして注目株のデニス・コジュキン、彼はアイディアの人と言えばよいでしょうか。軟・剛、軽・重といった質感の異なる音を多彩に使い分ける能力と、曲のコンセプトを見極めて的確に選曲する力。それが一つになると、劇的なインパクトを与えます。彼のセミファイナルで特に印象に残っているのは新曲「Back to the Sound」。ラストの爆発するような和音の後に続く、物質が溶けていくような柔らかい音が生み出す落差は、意外性を持って演奏を印象づけました。さて今回のファイナルでは、その長所が生かされた選曲。ハイドンのソナタHob.XVI:49は深い呼吸と音の美しさ、そしてユーモア精神も発揮、聴衆を次第に惹きこんでいきます。新曲「Target」は旋律の柔らかい美しさとリズムの強打、そしてディナーミクの幅広さを存分に生かしたカデンツァ。さらに彼の特徴が最大限に生かされたのは、最後のプロコフィエフ協奏曲2番でした。柔らかい音質を使った冒頭はオーケストラと溶け合い、美しく幕開けます。ソロパートはもう少し不気味さがあってもいいかと思いましたが、特に第3楽章は抑えたテンポと音色で静かに始まり、荒廃した廃墟に霊魂が彷徨うような雰囲気まで。その演出の仕方に意外性があり惹きこまれます。第4楽章も質感を自在に変化させながら、音楽を多面的に表現し、オーケストラに負けない迫力ある音でフィナーレ。聴衆はスタンディング・オベーションで最後のファイナリストを称えました。
いよいよ、ファイナル結果発表!!
2010年度エリーザベト王妃国際コンクール、約1ヶ月にわたるコンクールの結果発表の時がやってきました。このコンクールでは、1位から6位まで順に発表していきます。
最終結果は以下の通り。
1位:デニス・コジュキン(Denis Kozhukhin/ロシア)
2位:エフゲニー・ボザノフ(Evgeni Bozhanov/ブルガリア)
3位:ハネス・ミナー(Hannes Minnaar/オランダ)
4位:ユーリ・ファヴォリン(Yury Favorin/ロシア)
5位:キム・テヒョン(Tae-Hyung Kim/韓国)
6位:キム・ダソル(Da Sol Kim/韓国)
その他ファイナリスト *アルファベット順
クレア・ファンチ(Claire Huangci/米国)
キューヨン・キム(Kyu Yeon Kim/韓国)
アンドレイ・オゾキンズ(Andrejs Osokins/ラトヴィア)
ジョンハイ・パク(Jong-Hai Park/韓国)
佐藤卓史(Takashi Sato/日本)
イェクウォン・スンウー(Yekwon Sunwoo/韓国)
今回何と言っても注目されたのは、予選から熾烈な闘いを見せたデニス・コジュキンとエフゲニー・ボザノフ。二人の甲乙つけがたい才能と魅力は、多くの聴衆の関心と議論を呼び、このコンクールの水準を一段と高めました。コジュキンが多彩な音色とアイディアの人だとすれば、ボザノフは魔性を秘めた美意識の高さと独特の直感力。それぞれの特徴と楽曲がぴったり合うと、えもいわれぬ強い印象を残します。この結果は、エリーザベト王妃国際コンクールが真の音楽家を生み出すコンクールである、ということを確かに裏付けるものとなったと言えるでしょう。
その他、ユーリ・ファヴォリンのピカソのような音楽的アプローチ、キム・テヒョンの内面でとらえる音楽の美しさ、キム・ダソルの音楽読解力、そして佐藤卓史さんの音楽構築力も印象に残りました。佐藤さんの演奏はベルギーの大衆紙でも絶賛され、結果発表時でもその名前が呼ばれると、聴衆はスタンディング・オベーションで彼の健闘を讃えていました。
またこのコンクールの特徴を決定づけたのが、新曲課題曲。特に8日間で仕上げたファイナル課題「Target」を通して、それぞれの特徴や個性が垣間見え、とても興味深く聴くことができました。セミファイナル、ファイナル二人の新曲作曲家に「誰の演奏が一番良かったか?」を伺いましたので、後日詳しくリポートする予定です。
なおコジュキンの優勝によって、これで2003年度以来3代にわたり、プロコフィエフ協奏曲2番優勝伝説が受け継がれることになりました。次回はいかに??
コンクールは終わりましたが、引き続き「作曲家はどの演奏が気に入ったか」、「メディアはコンクールをどう見たか?」、「審査員インタビュー」「表彰式リポート」などの記事もお届けする予定です。あと少しお付き合い頂ければ幸いです。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/