韓国のプレゼンスの高さとは―エリーザベト王妃国際コンクール決勝4日目(8)
ファイナル4日目、既に12名中8名が弾き終えました。ボザールには昨日も、若いピアニストを見守る温かい眼と心を持つ聴衆が集まっています。
さて昨日登場したのはラトヴィアのアンドレイ・オゾキンズと、韓国のキム・テヒョン。
現在英国王立音楽院に留学中で、「英国では授業の一環でプログラム・ノートを作ったり、コンサートでは演奏前にスピーチします」というオゾキンズ。彼の特徴はディナーミクの幅広さだろうか。セミファイナルでは特別なことはしないが、ふとした瞬間に幻想的な空気感を作れる印象がありましたが、今日はプロコフィエフ協奏曲3番で伸びやかに響く音とオーケストラと息にあったところを見せてくれました。その点では新曲「Target」は何とかまとめようとおとなしい作りになり、もっと自在に戯れても良かったのではと思わせました。
キム・テヒョンはセミファイナルで、実に素晴らしいシューマンの幻想小曲集とモーツァルトのソナタ13番を披露したのが記憶に新しいところ。自然な呼吸から生まれる長いフレーズ感、曲想を的確に捉える力は、音楽本来の姿を表出させる力があり、それはベートーヴェンのソナタ6番にも生かされていました。特に1楽章再現部、第2楽章での奥行きの出し方は秀逸。新曲では、大きなフレーズの流れを感じる力を発揮し、次々繰り出される多彩なリズムが直線的・断絶的ではなく、流れに乗った前向きの力が漲っていました。中間部の木琴とのアンサンブル、後半のカデンツァも美しい響き。一方ブラームス協奏曲1番は少し曲が大規模過ぎたか、一音一音鍵盤を押しこめるような打鍵になる箇所もあり、本来持つ自然なフレーズ感が影を潜めた形に。それでもこの大舞台にこめる想いは十分伝わってきました。
ファイナリスト3名を指導!チュンモ・カン先生にインタビュー
本日はファイナリスト3名の指導者であるチュンモ・カン先生(Prof.Choong-Mo Kang)のインタビューをお届けします。カン先生は、長期指導計画に基づいて生徒一人一人を長く見守っていくため、全生徒の記録を綴った「生徒ダイアリー」をつけているそうです。今回はお忙しい中、メールにてお答え下さいました。
―今回は3名の生徒さんが見事ファイナルに進出されました。おめでとうございます。長期でご指導なさっているとのことですが、それぞれ10代前半はどのような生徒さんだったのでしょうか?
キム・テヒョンが私のところに来たのは、彼が高校生の時でした。初めは少しシャイでとてもおとなしい子でしたね。彼が心を開くのには少し時間がかかりましたが、とても誠実な人柄で音楽に並々ならぬ情熱を持っていることを私は見抜いていました。彼は素晴らしく柔軟で、私はその才能を高く評価しています。
キューヨン・キムが初めて来たのは確か10か11歳の頃だったと思います。とても繊細な子で、初めはそれほど音楽に興味を持っていませんでした。しかし数年経ち小学校6年生に上がる頃から、突然音楽に真剣に取り組むようになり、その成長は目覚しいものでした。彼女は10年以上教えましたが、今でも時々私のところにやってきて弾いてくれます。私にとってはまだ繊細な少女なのです。彼女の音楽的直感は大変成熟しており、驚くべきものです。彼女には「何をしなくていいか」を伝えるだけで十分で、あとは彼女が全て自分でやり遂げてくれます。
ジョンハイ・パクは小学校6年生の時にやってきました。最初はそれほど音楽的には見えませんでしたが、彼が素晴らしく頭が良く、厳しいプレッシャーにさらされた方が実力が出ることを私は知っていました。そこで私が望む通りの結果が出るように、彼には少々厳しく接してきました。現在、彼は私が最も信頼をおく生徒の一人です。彼の成熟度と深みは素晴らしいもので、彼はどのように音に奇跡をもたらすか分かっています。私は彼の勇気と努力を心から尊敬しています。
―特にセミファイナルでのキム・テヒョンのシューマン幻想曲は素晴らしい演奏でした。近年彼に音楽アプローチの変化、あるいは成長が見られますか?
そうですね。テヒョンの音楽的アプローチには成長が見られます。それは昨年のことだったと思います。彼はコンサートのために韓国に戻ったのですが、私にその前に一度聴いてほしいと。その時、彼の演奏がよい方向に変化しているのを感じましたが、その時はあえて何も言いませんでした。というのも、私が何か言うことで彼を混乱させたくなかったのです。「君が自分の演奏に確信が持てるようになるまで、もう私は聴かないことにするよ。もし私が何か言えば、かえって君は混乱するだろうから。今君は現在師事している先生を全面的に信頼するべきで、私はそれを邪魔したくない。自分の耳を信じ、先生の言うことを聞きなさい」。その時以来一度も彼にはコメントしていませんが、今私はこれでよかったと思っています。将来彼が100%自分の音楽に確信が持てるようになった時、私は彼にもっと言葉をかけてあげたいと思っています。
―このコンクールでは、セミファイナル、ファイナルともに新曲が課されています。新しい曲に取り組む時、カン先生ならば生徒さんにまずどのようにアドバイスされますか?
まず第一に、「よく音を聴きなさい・・・音が持つ心を聴きなさい・・そしてその音があなたに何を訴えかけているのかを聴きなさい」と言うでしょう。第二に「作曲家の意図を見出しなさい」。もし作曲家が光そのものだとしたら、演奏家とは光のプリズムなのです。第三に、「自分が良い音楽家であると思うなら、その直感を信じなさい」
―ありがとうございました!
変化の兆しを見せていたキム・テヒョンに、「あえて今は声をかけない」というご判断、そして今それが正しかったと仰るカン先生。それは、生徒の心身の発達を汲んだ長期指導計画と、音楽家としての信頼関係があるからこそ。じっくりと基礎を築き、タイミングを見計らって生徒の自立を促す、カン先生の指導アプローチは大変示唆に富んでいます。
West meets Eastの先鋒を行く韓国
昨年行われた浜松国際ピアノコンクールでも、優勝者含め、韓国出身ピアニストが4名決勝進出するなど、韓国勢のプレゼンスの高さが注目を呼びました。今回のエリーザベトでは12名中5名、確かな存在感を感じます。
韓国人ファイナリストや作曲家ミンジュ氏、記者会見にいらした駐ベルギー韓国大使等とお話しましたが、皆さん朗らかで紳士的、そして自らの能力を信じて真摯に音楽を学んでいる姿が印象的でした。
もう一つ印象的なのは、海外へのオープンさ。先週21日(金)に行われた記者会見には前述の韓国大使が同席されましたが、「なぜあなた方は我々ヨーロッパの音楽をそこまで熱心に学び、そしてこのような成果を上げているのか?」という質問がありました。その時の大使のスピーチからは、韓国民が持つ芸術性、そして若い世代の能力に、大きな信頼と誇りをもって応援している様子が伝わってきました。また今回接した韓国出身ピアニストも英・独語などでコミュニケーションを取っており、海外進出を見据えた外国語教育が根付いていることを伺わせました(特にキム・ダソル君の流暢なドイツ語には脱帽)。
そして「ヨーロッパの音楽は、すでに我々の音楽の一部」と言う新曲作曲者ジョン・ミンジュ氏。今回は打楽器を多く取り入れた新曲課題「Target」でボンゴを使っていますが、実際に中東・アフリカ音楽に接触する機会があり、筆者も同行させて頂きました。
場所は、映像監督で打楽器奏者でもあるカミール・チャブナ氏(Kamil Chaabna)のスタジオTactus Factory。チャブナ氏は指揮者ロリン・マゼールやミシェル・タバシュニク、若手音楽家などの映像製作を手掛けており、西欧・中東音楽にも精通している方。実際にいくつか中東の打楽器を演奏して頂きましたが、直感に訴えかけてくるリズムは官能的でもあります。中東音楽は、基本のリズム・メロディパターンを元に、即興で音楽を広げていきますが、リズムは4/4から120/4まで実に多彩!
ミンジュ氏は「西欧と中東音楽をミックスした曲を作りたい」と意気込んでいました。
さて、いよいよ本日はファイナル5日目。キューヨン・キム(韓国)と、大注目のエフゲニー・ボザノフ(ブルガリア)が登場します。ライブ中継はこちらから!
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/