12名はどう新曲に取り組む?―エリーザベト王妃国際コンクールリポート(4)
いよいよ本日から始まるファイナル。古典ソナタ1曲、参加者自身が選んだピアノ協奏曲1曲に加え、新曲課題のピアノ協奏曲が課されています。新曲課題はこのコンクールの伝統でもある、いわば「最後の試練」。セミ・ファイナル終了後、12名のファイナリストは各演奏日8日前に新曲楽譜を渡され、1週間かけてこの曲に取り組むことになります。最後の試練が行われるのは、ブリュッセル郊外にあるLa Chapelle。美しい樹々に囲まれた静かな環境で、現在12名は一人一人新曲に向き合っています。
優勝を射止めた「Target」、作曲者は韓国出身の22歳
さて先週金曜日、新曲が初めて報道陣に公開されました。タイトルは「Target」。作曲者は韓国出身の22歳、ジョン・ミンジュ氏(Jeon Minge)。2009年度作曲部門応募作品147作品の中から選ばれました。審査員はアリエ・ヴァン・リズベス(Arie Van Lysebeth)、チン・ウンスク(Chin Unsuk)、ブルーノ・マントヴァーニ(Bruno Mantovani)、ブノワ・メルニエ(Benoît Mernier)、カイヤ・サーリアホ(Kaija Saariaho)、フレデリック・ヴァン・ロッサム(Frederik van Rossum)の6名。すでにリハーサルを終えたファイナルの指揮者マリン・アルソプ女史は「プロフェッショナルで、とても良い作品」と太鼓判を押しています。今夜から始まるファイナルにて、12名による世界初演が大いに期待されます(ライブ中継はこちらへ)。
さて、その協奏曲「Target」を作曲したミンジュ氏は、現在韓国芸術大学作曲科で学ぶ22歳(最年少優勝)。6歳で作曲を始め、これまでも多くの作品を手掛けてきたミンジュ氏は、「日本が好き」という清楚な佇まいの青年。しかし新曲はパーカッションを多く取り入れ、力強いエネルギーに満ちあふれています。ピアノも弾くというミンジュ氏が、ファイナリスト12名に期待することは?
「この作品は特定のイデオロギーや前衛的で実験的な要素を入れた作品ではなく、映画をみているような感覚で、演奏者にもお客さんにも楽しんでほしいと思っています。
爆発音のような冒頭に続き、ピアノがラの音で始まります。それが次第に発展していき、最初の爆発音のようなパッセージがあり、最後はまたラの音で終わる。つまり、また始めに戻ります。テクニック的に難しい要素はそれほどありませんが、強いて言えば様々なリズムを入れてあります。
ファイナリストの皆さんには彼らが演奏したいように、普段モーツァルトやベートーヴェン、プロコフィエフなどを演奏するように、偏見なく自然に向き合ってほしいと思います。」
ボンゴなども含む多様なパーカッションを取り入れたこの作品。パーカッションの位置づけは?「パーカッションを第2ピアノのように考えました。現代曲にはパーカッションがよく使われているので、これが現代曲だと見せたかったんです。ボンゴは古典曲には使われていませんが、現代曲には打楽器グループの一つとして使われています」 (左写真はファイナリスト12名。La Chapelleにて)
ピアノ曲ではバッハの前奏曲とフーガの多様な形式から、毎日新しいものを発見しているというミンジュ氏。西欧音楽を学ぶアジア人という点では、日本も韓国も立場は同じ。そこで、若い世代の作曲家としてどのようなアイデンティティを持っているか、尋ねてみました。
「ヨーロッパの音楽が韓国に入ってから、既に100年の歴史があります。韓国の音楽はアジアの伝統音楽だけではありません。音楽は人生の一部であり、クラシック音楽も私たちの音楽の一部だと思います」。
ファイナリストはこの曲にどう取り組んでいる?
では、ファイナリストたちはこの新曲をどのようにみているのでしょうか?何名かにきいてみました。(演奏順)
● ユーリ・ファヴォリン(Yury Favorin)
「そんなに前衛的ではなく、むしろ伝統的な印象です。いい曲だし、現代曲はとても好きなので、取り組むのが楽しいです。1週間で仕上げるのは難しいけど、不可能ではありません。今回自分が世界初演となるので、責任を感じています!」
● アンドレイ・オソキンス(Andrejs Osokins)
「よく書かれていて、音響効果も興味深いですね。冒頭は少しゆっくり、中間部はパーカッションでエネルギーにあふれている。1週間の時間の使い方?そうですね、初日はとにかく練習して、音符を探さなくても弾けるようにすること。それからエピソードのように全体を繋げていき、最終日にオーケストラと合わせて音楽のフィーリングを確かめます。すでに初日につかんでいるのですが、音楽全体のアイディアを最終日に確認します」。
● キム・テヒョン(Kim Tae-Hyung)
「2日前(水曜日)にこの楽譜をみたばかりで、この曲に関してこうだと確実なことは言えませんが、ストラヴィンスキーのようですね。印象主義でもないですし。弾くのがとても楽しいです。タイトルについては作曲家に聞かないといけませんが、何かを掻き立ててくれる瞬間、あるいは何らかのインパクトを待つ、そういう意味でターゲットなのではないかと理解しています。リズムがよく変わるので、オーケストラとのコンビネーションが複雑で難しいですね。ゴングの音やパーカッションらしい音、鉄琴の強い音、ピアノにもプロコフィエフのトッカータのような同音連打がある、それが打楽器のようです」
● 佐藤卓史さん
「作曲家にタイトルの意味を聞いたら、『追いかけている感じ』という答えでした。電子のような動きをイメージしていると。自分としては、特に二度と九度の音程の印象が強く、それが普通の三度などとは違い、緊張感を生んでいると思います。そこに向かっていき、その音が出る。あるいは出ない時もありますが。それがターゲットを意味しているのではないかと思います」
● エフゲニー・ボザノフ(Evgeni Bozhanov)
「ちょうどオーケストラ・パートを聞いたところです。新曲、好きですよ。普段は文学や美術も好きで、時間があれば美術館にも行っています」
● デニス・コジュキン(Denis Kozhukin)
「1週間という時間を上手く使わないといけませんが、もっと短い時間、例えば1晩で曲を仕上げなければならないこともあったので1週間は十分だと思います。新曲はとても興味深いですね。最近は現代曲も好きですし、よく弾いています。ピアノの使い方も新しい。
普段は現代美術を見たり、文学やスポーツも好き。心身をよい状態に保つのが大切ですね。ピアノの前にずっと座っているわけではないです(笑)。特に今日(金曜日)は新曲の楽譜を開いたばかりなので、マインドを最高の状態にしなくては」(写真)
ファイナル初日ライブ中継は、本日24日20時より(日本時間25日午前3時)!
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/