指揮者マリン・アルソプと女性のリーダーシップ―エリーザベト王妃国際コンクール(5)
満席のボザールで、ついにファイナル!
コンクールも4週目に入り、いよいよファイナルを迎えました。ファイナル初日の昨晩、満席のボザール(2065席)に2名のファイナリスト、ユーリ・ファヴォリン(ロシア)、キム・ダソル(韓国)が登場しました。まず古典ソナタを1曲演奏し、続いてマリン・アルソプ指揮ベルギー国立管弦楽団との共演で、新曲課題「Target」、そして参加者自身で選曲したピアノ協奏曲1曲を演奏しました。
二人とも知性派ながら音楽へのアプローチは別。ファヴォリン(ベートーヴェン29番・リスト協奏曲1番)は、その客観的なアプローチが情緒と切り離されることが時折あるが、音楽の構造を見極め、分解・再構築して一つの新しい世界観を作り上げるタイプ。リスト協奏曲は新曲の勢いを引きずったようなやや前のめりな演奏ながら、硬・軟質な音の使い分けで多彩な表情を引き出しました。
キム(ハイドン31番、ブラームス協奏曲1番)は、頭の中で大きなフレーズの放物線を描きながら、その曲にふさわしい規模感で音楽を構築するタイプ。間の取り方も絶妙で、緻密なハイドンと巨大な建築物のようなブラームスは、どちらも音楽全体を冷静に見据えた演奏。両者とも、選曲と音楽アプローチに妙味を感じました。
そして何といっても注目が集まったのは、新曲課題「Target」。文字通り世界初演となるファヴォリンは、変化するリズムと打楽器的な要素を十分に意識した作り。特に打楽器とのアンサンブルからカデンツに至る後半に楽曲の重心が置かれ、これが彼のターゲットかと思わせるほど。一方のキムは、作曲家の意図である「ラから始まり、ラで終わる」を意識したのか、中盤の同音連打のラにも特別な音色を配置し、すっきりと全体が見える音楽に。全く異なる演奏が会場を沸かせました。
また今夜の2名の演奏も大いに期待されます。ライブ中継はこちらから!
指揮者マリン・アルソプに聞く、コンクールの指揮とは
さて今年度ファイナルで指揮をするのは、「コンクールの指揮は初めて」というマリン・アルソプ女史。米国出身・女性指揮者の採用はこのコンクール初となります。ご自身の指揮活動だけでなく、若手指揮者の育成や女性指揮者・リーダーシップ教育まで幅広く手掛ける、アルソプ女史のインタビューをお届けします。
―エリーザベト王妃国際コンクールは、米国ではどのような位置づけなのでしょうか?
エリーザベト王妃国際コンクールは、米国でも最高位の国際コンクールと位置づけられています。
若い音楽家とはよく共演していますが、コンクールで指揮をした経験はほとんどありません。とはいえ、芸術にコンクールが存在することを100%反対しているわけではありません。たしかに芸術は主観的なものですし、審査は難しいですが、このコンクールを興味深く思ったのは、これはコンクールというより、若いピアニストたちの成長の機会を提供し、お互いが知り合いサポートしあう場だから。それには長い目でみて、様々な意味があります。また審査員の投票の仕方などを見ましても、私が知る限りですが、いわゆる否定的な意味での「コンクール的」なコンクールではありません。
―ファイナリストの中には我が道を行くタイプもいると思いますが、ソリストとどうコミュニケーションは取りますか?
各演奏者がどのようにオーケストラに反応し、関係を作るのかを見るのが楽しみです。ソリストに合わせて弾きやすい雰囲気を作ってあげたりすることもできますが、私は特にそれは必要ないと思っています。皆さんそれぞれ違いますし、主張したいことも異なります。
大事なのは、対等の立場でコラボレーションすること。全てはバランス、そして作曲家と作品との統合性だと思います。テンポ設定などに関しても。よい伴奏者とは、補助ではなく、よいパートナーであること。皆さんアーティストとして音楽への理解もあると思うので、とんでもないテンポを望むことはないでしょう。問題はないと思います。ただ今回私は伴奏する立場であり、リードする立場ではないので、とにかく彼らをサポートすることを意識しています。
若い女性指揮者をサポートするフェローシップ
―若い音楽家への教育について、どのようにお考えでしょうか。
両親ともプロの音楽家で、母はチェロ、父はヴァイオリン奏者でした。私は2-6歳までピアノを、それからヴァイオリンを習いました。そして9歳の時、バーンスタインが子どものためのコンサートでNYフィルを指揮しているのをみて、「私は絶対にこれがしたい!」と思い、それから一度も決意が変わったことはありません。タングルウッド音楽祭でバーンスタインに何度か師事しました。彼は面白い人ですが、怖い存在でもありましたね。
若い世代の音楽教育に貢献したマエストロからは、大きな影響を受けました。現在私自身もいくつかフェローシップ・プログラムを運営していて、2002年からは「女性指揮者のためのフェローシップ」を始めました。今年はルーマニアの女性指揮者が優勝し、私と一緒にワールドツアーに出る予定です。また他の指揮者との共演などを通して、ステージ経験を積んでもらいます。
またボルティモア(メリーランド州)ではマイノリティの子どもたち(幼稚園-小学校1年生)に対して、音楽教育プログラムも始めました。これは60分のTV番組になっています。
メンターは日本人ビジネスマン!
20歳の時、指揮者を目指して本格的に学んでいたころ、「10年後には女性指揮者が必ず増える」と期待していましたが、20年経った今でも私とあと少ししかいません。なぜでしょうか?それは才能の問題ではなく、やはり機会が少ないんですね。それがフェローシップを創設した理由です。それから、私が感謝を表したい人がいます。実は私には音楽とは直接関係ないメンターがいます。滝富夫さんという日本人ビジネスマンの方で、アン・クラインやダナ・キャランのオーナーです。知り合ったのは私が21歳の頃で、当時私が持っていたスウィング・バンドを率いて、彼の結婚式で演奏したのがきっかけでした。
その後、ある日彼に電話しまして、「私はどうしても指揮者になりたいんです。サポートして頂けませんか?」と話しました。そうしましたら、「もちろん!」と。それ以来ほぼ20年間、私がNYで設立したコンコーディアというオーケストラを支援して下さっています。またタキ・コンコーディア指揮者フェローシップ(Taki Concordia Conducting Fellowship)を共同創設しまして、若い指揮者、特に女性指揮者をサポートしています。彼は音楽に関しては何もわからないのですが、(その指揮者が)どんな才能なのかをコンセプトで示し、将来を信じて支援して下さっています。実は先週もNYでランチをご一緒したのですが、本当にとても素晴らしい方です。
コミュニティや企業の女性リーダーとも接触するプログラム
今ちょうど2年間のフェローシップを始めたところで、今年はルーマニア人女性指揮者が受賞しました。2011年米国にて10週間にわたるプログラムの契約を交わしたところなのですが、実はこれコンサートだけではないんです。コミュニティや企業で働くビジネスウーマンや女性リーダーとも接触しながら、社会における女性のリーダーシップや次世代へのメンター的役割を育成していくという、より大きなコンセプトのプログラムになっています。
私自身は2006年にダボス会議に招待されまして、様々な分野におけるリーダーの方々にお会いしたり、国際社会における女性リーダーシップなどについて対話する機会がありました。こうしたネットワーキングもどんどん進めたいと思っています。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/