ファイナリスト12名決定― エリーザベト王妃国際コンクール(1)
1938年優勝者のエミール・ギレリスから始まり、レオン・フライシャー(1952)、ウラディミール・アシュケナージ(1956)、内田光子(1968)、若林顕、仲道郁代(1987)、最近ではセヴェリン・フォン・エッカードシュタイン(2003年)、アンナ・ヴィニツカヤ(2007年)などの優勝・入賞者を輩出してきたエリーザベト王妃国際コンクール。そのレベルの高さから、世界最難関コンクールの一つと言われています。
今年は5月3日-8日予選、5月10日-15日セミ・ファイナル、5月24日-29日ファイナル の日程で行われています。既にセミ・ファイナルまで終了していますが、多くの示唆を与えてくれるこのエリザベト王妃国際コンクールを通して、才能教育や音楽表現について考える機会になればと思います。参加者・審査員・関係者インタビューを交えながら、ファイナルで要求される音楽構築力、セミ・ファイナル選曲から見えるピアニストの個性、審査員マスタークラスリポート、行き届いた運営体制、温かい聴衆とホスピタリティ精神、斬新なベルギー文化事情などもお届けする予定です。
ファイナリスト決定!
予選6日間、セミ・ファイナル6日間にわたる審査の結果、下記の通りファイナリストが発表されました。(決勝演奏順)
ファイナル課題は、ソナタ1曲(ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトのソナタより選曲)、新曲課題の協奏曲(2009年度作曲部門優勝者による委嘱作品)、参加者自身の選曲による協奏曲1曲。オーケストラはベルギー国立管弦楽団、マリン・アルソプ指揮。
●Monday 24/05 [20:00]
Yuri FAVORIN(ロシア)/ベートーヴェン:ソナタ29番、リスト協奏曲第1番
KIM Da Sol(韓国)/ハイドン:ソナタXVI:31、ブラームス協奏曲第1番
●Tuesday 25/05 [20:00]
PARK Jong-Hai(韓国)/シューベルト:ソナタD784、プロコフィエフ協奏曲第3番
SUNWOO Yekwon(韓国)/ベートーヴェン:ソナタ第24番、ラフマニノフ協奏曲第3番
●Wednesday 26/05 [20:00]
Hannes MINNAAR(オランダ)/ベートーヴェン:ソナタ第7番、サン・サーンス協奏曲第5番
Takashi SATO(日本)/シューベルト:ソナタD959、プロコフィエフ協奏曲第1番
●Thursday 27/05 [20:00]
Andrejs OSOKINS(ロシア)/モーツァルト:ソナタ第5番、プロコフィエフ協奏曲第3番
KIM Tae-Hyung(韓国)/ベートーヴェン:ソナタ第6番、ブラームス協奏曲第1番
●Friday 28/05 [20:00]
KIM Kyu Yeon(韓国)/ベートーヴェン:ソナタ第31番、プロコフィエフ協奏曲第2番
Evgeni BOZHANOV(ブルガリア)/ベートーヴェン:ソナタ18番、ラフマニノフ協奏曲第2番
●Saturday 29/05 [20:00]
Claire HUANGCI(アメリカ)/ベートーヴェン:ソナタ第21番、プロコフィエフ協奏曲第2番
Denis KOZHUKHIN(ロシア)/ハイドン:ソナタXVI:49、プロコフィエフ協奏曲第2番
*上記は新曲以外のプログラム。新曲は、各自出演日の1週間前に渡されます。なおファイナルは全てライブ中継予定。詳しくはこちらへ!
表現を完成させるためのテクニック ― セミ・ファイナルの演奏より
セミ・ファイナルでは前山仁美さん(2006年特級グランプリ)、佐藤卓史さんを含む24名が、モーツァルト協奏曲と新曲課題曲1曲を含む約50分のリサイタルを披露。さすがレベルの高さを印象づける演奏が続出しました。
特にこの段階では、深い作品解釈とテクニックの融合が不可欠であると言えるでしょう。テクニックといっても、指が動く、粒が綺麗に揃っているといったことではなく、自分の表現したい音楽に沿った音色や音質が出せること。画家が多彩な筆致や色彩で絵を描くように、ピアニストは鍵盤上で作曲家が楽譜に残した様々な世界を描きわけるために、多彩な音を要求されます。例えば「美しい音」といっても、どんな美しさなのか。自然で心地よい美、瑞々しい美、透き通るような清純な美、大胆な美、潤いのある美、夢幻の美、幻想的な美、陰りや悲哀を含む美、整然とした美、崇高な美、退廃的な美、魔的な美、破壊と創造のエネルギーから生まれる美・・・。求める美、求める音は、各ピアニストの演奏解釈によって様々です。
各自の音楽解釈から必然的に出てくる音やフレーズ、そしてそれを伝える力。それらが有機的に結び合い、特に印象的な演奏をしたピアニストは、エフゲニー・ボザノフ(Evgeni BOZHANOV/ショパン:ノクターンop.62-1、新曲)、デニス・コジュキン(Denis KOZHUKHIN/新曲)、キム・テヒョン(KIM Tae-Hyung/シューマン:幻想小曲集)など。日程の都合で筆者は聴けませんでしたが、ユーリ・ファヴォリン(Yuri FAVORIN)の新曲解釈も聴衆の注目を集めました。
また残念ながらファイナルには進出できませんでしたが、オルガ・コズロヴァ(Olga Kozlova/ベートーヴェン28番)の和声感と構築力も見事。テクニック的に今一歩及ばずながら、ヴェロニカ・ボモヴァ(Veronika Bohmova/リスト:軽やかさ)、バーバラ・ネポニャシュチャヤ(Varvara Nepomnyashchaya)も独特のリリシズムを感じさせる演奏でした。新曲を暗譜したクリストファー・フォルツォーネ(Christpher Falzone)の秘めたる才能も、聴衆の高い関心を誘いました。
また、前山仁美さんも「モーツァルトの協奏曲は長調が多い中、モーツァルトが短調で何を表現したかったのかを追求したい」と選んだ協奏曲第20番を好演。予選も含め、「とても美しい音」と聴衆から賞賛の声が上がっていました。
なおセミ・ファイナル以降全ての演奏はwebライブ・ストリーミング、及びオンデマンド視聴頂けます。詳しくはこちらへ!
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/