東南アジアの音楽教育―東南アジア音楽理事会(SEADOM)に参加して(1)―
執筆者:今関 汐里
- 日時:
- 2019年3月14日(木)~16(土)
- 会場:
- インドネシア国立総合芸術大学ジョグジャカルタ校
Institut Seni Indonesia Yogyajarta(ISI)
近年、日本は、経済、文化など様々な面において東南アジア諸国連合(ASEAN)と非常に密接な関係にある。平成30年の外務省の調査では、日系企業が拠点とする国の上位12か国にシンガポール、マレーシア、フィリピン、インドネシア、タイ、ベトナムが名乗りを上げているほか注1、東南アジアからの留学生数も高い割合を占める注2。
今回は、筆者が参加した2019年3月14日~16日に東南アジア音楽理事会Southeast Asian Directors of Music(SEADOM)が主宰する第12回目の年次会議の様子についてレポートし、そこから見えてくる東南アジアの音楽教育の現状について考えてみたい。
SEADOMは、2008年にタイ、バンコクのマヒドン大学カレッジ・オブ・ミュージックで設立された。東南アジア諸国における文化、教育のネットワークの構築、次世代のための音楽家の職業訓練に焦点を当ててきており、年一回のペースで国際会議を開催し、議論を深めてきた。
SEADOMの主たる活動目的には、東南アジアにおけるプロの音楽家育成、各地域の音楽性の共有、施設、国家、そして地域レベルでの専門的技術、発展、そして実践の最良の方法を共有するためのプラットフォームの提供などが挙げられている。
2018年にはASEAN事務局により、ASEANに関連する最初の音楽関連のNGOとして認められた。ウェブサイトの情報によれば、現在は東南アジア全10か国から70名のメンバーが加盟しているという。
2019年の年次会議は、「東南アジアにおける音楽養育のための品質保証」および「東南アジアにおける音楽のクロスアーツ」というテーマが掲げられ、3日間に渡って開催された。参加者の多くは音楽教育機関の理事、現役の教師陣および学生。トランペットやクラシック・ギターなど西洋由来の楽器、ジャズや電子音楽等を専門とする者が多く、民族音楽の専門家は非常に少ないように見受けられた。
初日は、参加登録、オリエンテーション、開催地ISIジョグジャカルタ校のキャンパスツアー、ウェルカム・ディナーが開催された。ウェルカム・ディナーの最中には、東南アジア5か国注3各教育機関に所属する学生総勢19名が、地元インドネシアの民族音楽アンサンブルのガムラン注4を演奏した。彼らは年次会議の3日前にインドネシアに召集され、ISIジョグジャカルタ校の講師アーノン・スネコAnon Suneko氏のもとで特訓を重ねたという。彼らの専攻はピアノやヴァイオリン、クラシック・ギターなどの西洋クラシックにとどまらず、ジャズ、電子音楽など多岐にわたっている。彼らの多くは、実際に楽器に触れアンサンブルに加わるのは今回が初めてとのこと。伝統的なレパートリーに加え、作曲専攻学生の新作も披露された。
二日目からは基調講演、ディスカッションが行われた。まず、オランダのハーグ王立音楽院の副学長であり、音楽品質評価委員会MusiQuE(Music Quality Enhancement)の議長であるマルティン・パーシャルMartin Prchal博士によって基調講演が行われた。彼は自身が深く関わりを持つ、ヨーロッパの高等教育を例として挙げ、その制度と品質向上との関係について論じた。彼によれば、高等分野におけるヨーロッパの48か国の政府間協力(ボローニャ・プロセス)の主たる焦点には、3つのサイクルの導入(学士号、修士号、博士号)などに加え、品質保証の強化が挙げられているという。
パーシャル博士は、音楽教育機関に問われる「質」の例として「(音楽的)水準」と「(教育的)質」の二つを挙げ、それらに関して、教育機関内部と外部からの評価が必要不可欠であることを説いた。とりわけ、内部評価の認識を重視し、学生審査員の設置や学生からのフィードバックを積極的に取り入れること等が具体的な方法として提示された。
続くグループ・ディスカッションでは、この講演に基づき、東南アジアの音楽教育機関・教師に求められる「質」、それを保証あるいは高めると考えられるツール、SEADOMはそれにどのように貢献していけるか、が話し合われた。音楽教育機関・教師に求められる「質」は、パーシャル博士と同じく音楽的・教育的専門性を挙げる者が多く、学生と教師の連携を高めるために目安箱のようなものを設置し、学生に頻繁にアンケートを取ることなどが具体例として挙げられた。加えてSEADOMでの意見交換はASEAN全体の音楽的・教育的「質」の向上につながる、という意見が聞かれた。
3日目のパネル・ディスカッションでは、民族音楽学者、大学関係者などが登壇し、各自の専門分野における「質」の向上に関して意見が述べられた。スウェーデンのヨーテボリ大学のペトラ・フランクPetra Frank博士は、音楽教育における「質」を向上させるための唯一無二の方法は存在しない、と述べた。各学生の入学前の音楽的経験、スキルが異なるほか、彼らが目指す音楽的キャリアも様々であるため、個々に適した音楽教育を提供する必要性があるという。このパネルだけでなく、様々なグループ・ディスカッションの場でも彼女の意見に賛同する者の声は多く聞かれた。東南アジアの音楽教育事情は、国によって大きく異なり水準もまちまちであるため、交換留学、音楽における交流事業を推奨する彼らにとっては、身近な問題でもある。
このほか、各国に分かれての会議が行われるなど、3日間にわたって徹底的に音楽教育現場における「質」に関する議論が行われた。
次回は、SEADOMの年次会議の役割と意義について、東南アジア各国の音楽事情を踏まえつつ考えてみたい。
- 注1
- 海外在留邦人数調査統計(H30年度要約版):2019年3月31日閲覧。
- 注2
- 独立行政法人 日本学生支援機構「平成30年度外国人留学生在籍情況調査結果:2019年3月31日閲覧。
- 注3
- マレーシア、シンガポール、タイ、インドネシア、フィリピンからの学生が集まった。そのうちマレーシア人学生の2人は現在、オーストリアのシドニー音楽院Sydney Conservatorium of Musicに所属している。
- 注4
- 青銅製の銅鑼(ドラ)や打鍵打楽器、打楽器などが用いられる。