ピリオド楽器に親しむ 第一回 ~フォルテピアノに触れる
日時:2018年7月20日(金)~22(日)
会場:さいたま市プラザウエスト
フォルテピアノ演奏の第一人者、小倉貴久子氏プロデュースのもと、第1回フォルテピアノ・アカデミーSACLAが、3日間にわたってさいたま市プラザウエストにて開催された。テーマは「古典派時代のフォルテピアノにどっぷり浸る3日間」。時代もタイプも異なる7種類の打弦鍵盤楽器が集められてのレッスン、コンサートの模様をレポートする。
アカデミーには受講生と聴講生という二つの形で参加できる。受講生は3日間、一日40分、小倉氏のレッスンを受講することができるほか、コンサートへの入場や、練習室での個人練習が可能。最終日には、3日間の成果を演奏会にて披露できる。聴講生は、一日レッスン聴講とコンサートへの入場が可能。そのほか、各日体験コーナーが設けられており、事前申し込みをすれば、その時間に多目的ルームに設置された5台の楽器を小倉氏のアドヴァイスのもと体験できる。
会場の楽器は、コンサートやレッスンの合間に、フォルテピアノ製作家・修復家の太田垣至氏によって調律・調整が綿密になされ、受講生は常に最良の状態の楽器に触れることができた。
7台の打弦鍵盤楽器について、ここでは時代順に紹介しよう。
15世紀のアルノーの図面をもとに、久保田チェンバロ工房の久保田彰氏が製作。15世紀当時、実際に製作されていたかどうかは不明で、久保田氏の経験と知識をもとに製作された。音域は3オクターヴ(c~c3)。
バルトーロメオ・クリストーフォリは1700年ごろに「弱音と強音を持つチェンバロGravicembalo col piano e forte」を発明した。この楽器の名称はやがて短縮され、現在のように「フォルテピアノ」、「ピアノ」と呼ばれるようになった。打鍵によって強弱の変化を可能にしたクリストーフォリの発明は、今日のモダン・ピアノの祖先といえる。久保田氏製作。
キーの後方についているタンジェントと呼ばれる真鍮片が弦を叩くことで音が出る。キーを押している間、その真鍮片が弦を押し上げたままとなる。そのため、打鍵している指をわずかに動かすことでヴィブラート(ベーブング)をかけることができる。音量は小さいが、強弱や微細なニュアンスをつけることも可能。C. Ph. E. バッハは『正しいクラヴィーア奏法』の中でクラヴィコードでの練習を勧めている。音域はF1~f3。深町研太製作。
キーの後方に乗った木片が弦を打つことで発音される。タッチによって強弱、微妙なニュアンスを付けることが可能。G1~e3の音域。久保田彰氏製作。
ヴィーン(跳ね上げ)式アクションのフォルテピアノ。膝レバーの操作で、ダンパーの解放とモデラート(弦とハンマーの間に薄い布を挟む)が可能。音域は5オクターヴ。太田垣至氏製作。
ヴィーン(跳ね上げ)式アクションのフォルテピアノ。膝レバーによって、ダンパーの解放とモデラートの操作が可能。鍵盤が浅く、軽いタッチや明るい音色が特色。F1~g3の音域。C. マーネ製作。
イギリス(突き上げ)式アクションのフォルテピアノ。スクエア型は、グランド・タイプに比べて安価で小さいこともあり、19世紀初頭にかけて市民の家庭に普及した。左足で操作するダンパーペダルが付いている。F1~c4の音域。
これらの楽器のうち、デュルケンとクラヴィコードは、受講生のための練習室に移され、残る5台でレッスンが行われた。
今回レッスンに参加した8名の受講生は、多くの人がモダン・ピアノの学習者や指導者であり、フォルテピアノ初心者か、普段演奏する機会の少ない人が大多数であった。男性2名、女性6名で、年齢層も幅広い。各自、弾きたい曲を3曲持ってきて、作曲家や作品に適した楽器でレッスンを受ける。例えば、モーツァルトの曲ならA. ヴァルターのフォルテピアノで、J. B. クラーマーの曲ならブロードウッドのスクエア・ピアノで、ジュスティーニならクリストーフォリのピアノで、J. S. バッハの曲ならクラヴィコードやタンゲンテンフリューゲルでといったように。作曲家が実際に触れていたであろう楽器で演奏し、同時代の楽器でこそ再現可能なアーティキュレーションや音色からその作品の魅力を感じ取ることも、本アカデミーの狙いの一つでもある。
初日のレッスンではどの受講生にも戸惑いの表情がみられた。フォルテピアノ(特にヴィーン式)は、普段演奏しているモダン・ピアノよりもはるかにキーが浅く、タッチも軽い。そのため、指先の微妙なコントロールが要求されるのだが、どの受講生もその難しさに苦戦している様子だった。小倉氏は、モダン・ピアノの演奏時との身体運動面での違いとして、「鍵盤に対する重さのかけ方」を挙げた。今日のモダン・ピアノの演奏時には、肩、上腕、前腕の重みを鍵盤にかけることが要求され、それによって重厚で豊かな響きの音を鳴らすことができる。その一方で、木枠で作られており非常に繊細なフォルテピアノでは、そうした重みをかける奏法はご法度である。強く豊かな響きは、指の打鍵の速度を速めることによって得ることができるという。
また、小倉氏は、アゴーギクやアーティキュレーションの重要性について受講生に丁寧に指導を行った。記譜されているすべての音を同等に扱うのではなく、フレージングなどから、それぞれの音に優劣(階層構造)を付けて自然な表現方法を身につけることを促した。特に装飾音や和音(アルペッジョ)を演奏する際に、アゴーギク※は、聴衆に即興的な印象を与え、18、19世紀の演奏習慣により近づくという。つまり、楽譜上に書かれている音を、書いてある通り杓子定規に演奏するのではなく、そこに演奏者独自のニュアンスを加えて個性を出すことが求められる。
受講生は、最初こそモダン演奏との大きな違いに困惑していたものの、小倉氏の丁寧な説明と実演を注意深く聞き、体の使い方や自分の演奏する音に熱心に向き合っていた。
- 基本的な拍に対して音価やリズムを微妙に変化させる音楽表現のこと。
次回は、モダン・ピアノ学習者にとってのフォルテピアノ演奏がもつ有用性と、フォルテピアノの楽しみ方、さらにはこの野心的な試みの可能性について考えてみたい。
執筆:今関汐里