【国際コンクールレポート】"Music & Earth"(ブルガリア)
レポート:舟山太郎(ピティナ演奏会員)
4月下旬、ブルガリアの首都ソフィアにて第25回作曲家と器楽奏者のための国際コンクール"Music & Earth"が開催されました。4月22日のEarth Day(地球の日)を記念して創設された、地球や自然に関する曲をプログラムに含めるというユニークな特徴のあるコンクールです。期間中は関連コンサートやマスタークラスも連日開かれ、過去の受賞者である私のリサイタルも企画してくださいましたので、生徒をコンクールに誘って行って参りました。
私はこれまで関連コンサートの演奏者兼生徒の指導者としてこのコンクールにかかわってきましたが、今回は幸運にもオブザーヴァーという立場が加わりました。そのため、審査員用の資料を見ながら全参加者の演奏を聴き、審査員控え室に出入りすることになりました(採点はしない)。スケジュールは、ソフィア到着翌日に他の町でのリサイタル(当日バスで片道3時間移動)、2日後にソフィアでリサイタル、その次の日からコンクールが始まり参加者の演奏を聴き続ける傍ら生徒の世話……と文字にするとややハードに見えますが、コンクールの演奏がバラエティに富んでいたこととスタッフの方々の気配りのおかげで充実した滞在が出来ました。
ピアノの審査員はJenny Zaharieva(芸術監督及び審査員長・ブルガリア)、Chantal Stigliani(フランス)、Xavier Lecomte de la Bretonnerie(同)、福井史枝(日本)の各氏。その他の楽器と作曲の専門家を加えた審査員団が全部門の参加者を審査することがこのコンクールのもうひとつの特徴です。演奏順は楽器も年齢も混在し、小学生のピアノの次は大学生のフルートトリオ、その次は高校生のクラリネット……といった具合でした。これでは審査が混乱するのでは?と思われるかもしれませんが、長年審査員を務めていらっしゃる福井先生によれば、入賞者はいつも収まるところに収まっているそうです。
このコンクールの年齢制限は上限が35歳で下限はありません。今回の最年長はトランペットの29歳、最年少はピアノの9歳でした。ピアノには最も多い25人が参加し、年長の大学生よりも10代前半の参加者達の好演が目立ちました。
マケドニアのArda Mustafaoglu(14歳)は既にたくさんのコンクールで優勝しておりコンクール慣れした様子。内部奏法のあるファジル・サイ「Black Earth」では緻密な演奏を聴かせました。「地球や自然に関する曲」の許容範囲は広く、面白い曲に出会えるのもこのコンクールの良いところです。ただ、曲の珍しさと演奏の質を両立できた参加者はそれほど多くなく、それに最も成功したのは彼でした。リハーサルに比べて本番は、序盤のベートーヴェンで調子が上がりきらなかったことが惜しまれます。
ブルガリアの双子HasanとIbrahimのIgnatov兄弟(13歳)はピアノ、連弾、作曲(2人で合作)の3つにエントリーし、能力の高さとスター性を見せました。彼らは以前、ヨーロッパの大規模歌謡コンテスト「ジュニア・ユーロヴィジョン」に国代表で出場して入賞。ブルガリアでは有名人なのだそうです。自分達の演奏スタイルに自信を持って弾いていて、コンクールというより彼らのコンサートを聴いているようでした。私にも彼らの能力はよく伝わった反面、速いパッセージでは指が廻りすぎて内容を伴わない音を出していたのが気になりました。
私が連れて行ったHimari Inagaki(13歳)は海外のコンクールは初参加。唯一の日本からの参加者でした(もう一人日本人がエントリーしていたが棄権)。演奏順は参加者中一番と言っていいほどの音量の大学生の次でした。大学生の爆音の後、1曲目のリスト「森のざわめき」をデリケートな響きで弾き始めると、ある審査員から「すごい……」と感嘆の声が漏れました。彼女の演奏は丁寧で完成度が高かったと思いましたが、それを繊細と取るか大人しいと取るかは紙一重です。審査員に彼女の良さが伝わっていることを願い、最終日の結果発表を待ちました。
このコンクールに予備審査はなく、年齢制限をクリアしていれば参加できますが、参加者の演奏は一定以上のレベルが保たれていました。その中で耳を惹かれるのは、聴く事にも優れている参加者、曲への共感を適切に伝えている参加者でした。
会場は天井が高く、ピアノの音が客席側にストレートに届かず会場全体に鳴り響きます。コンクールのために状態の良いヤマハのフルコンが運び込まれたのですが、音が鳴ってから消えるまでの響きをよく聴いていた参加者とそうでない参加者の音色の差が大きく、まるで別のピアノを弾いているようでした。普段から「聴く耳」を追求し、リハーサル時間を有効に使うことの大切さを改めて感じました。
今回の参加者の多くは言いたい事をはっきり主張した演奏をしていて、その演奏に映し出される彼らの内面を興味深く聴きました。ただしその主張が曲に合っているかと言うと、そうでない参加者もいました。楽曲分析をしたり作曲家について調べることで理解を深めることができますが、それを演奏に表す段階で差が付いたように思います。参加者全体の傾向として変化の手段にフォルテを多用しすぎている(そのフォルテの種類も少ない)と感じました。そう感じたのは私だけはなく、審査員控え室でもその話題が出ました。一方、ひとつひとつのフレーズの性格を掴み、音色と間合いのセンスよく聴衆に伝えていた演奏は楽器や年齢に関係なく光っていました。
- 1位
- Himari Inagaki (13) 日本
- 2位
- Arda Mustafaoglu (14) マケドニア
- 3位
- Ibrahim Ignatov (13) ブルガリア
Hasan Ignatov (13) ブルガリア
Jordan Grigorov (26) ブルガリア
Arexander Stoyanov (15) ブルガリア
この他に特別賞あり
「レベルは高かったと思います。今回は13歳の参加者達が活躍しましたね。ピアノ、打楽器、その他でも」とZaharieva先生。ピアノでは上位は一人を除いて中高生が占めました。曲の難易度は高くないものの上記2点がよく出来ていた年少の参加者がおり、彼は"芸術的な演奏に対する特別賞"を受賞しました。私は採点にかかわっていませんが、このコンクールが彼のような参加者も評価したことを嬉しく思います。全体の大賞はいずれも経験豊富な大卒のトランペット&ピアノのデュオとヴァイオリンが分け合いました。
ガラコンサートには2位以上と特別賞のうち1名が出演し、満員の聴衆の前でのびやかに演奏していました。お客様にブラヴォーと言っていただけること、終演後に好意的に声をかけていただけることは若い出演者たちの励みになるでしょう。大賞のトランペット&ピアノデュオが民族舞踏を基にした曲「ホロ・スタッカート」で場を沸かせて幕を閉じました。
ブルガリアへ行くのは今回が5回目でしたが、これまでにも増して有意義な経験をさせていただきました。この貴重な機会を与えてくださったZaharieva先生、支えてくださったスタッフの方々に感謝し、また次回お会いできることを願いながら帰途に着きました。