ハンガリーの作曲家クルターグの90歳を祝うフェスティヴァル
Rep.降矢美彌子(宮城教育大学名誉教授)
ハンガリーの作曲家クルターグ・ジェルジュの90歳を祝うフェスティヴァル「Kurtág 90」、連続のガラ・コンサートが、2016年2月14日─22日に、毎夜、ブダペシュト・ミュージック・センター(BMC)大ホール、リスト音楽大学大ホール、芸術宮殿(MÜPA)、ハンガリー国立オペラハウスなどで行われた。
この壮大なガラ・コンサートでは、クルターグのあまり聴かかれることのない作品も含めてクルターグのほとんどすべての作品が、多くのハンガリーと外国人演奏家50名余によって演奏された。演奏者の多くは、クルターグがリスト音楽アカデミー時代から教えた演奏家や、初演などによって彼の作品を世界的に著名な演奏家たちだった。
主な演奏家:コチシュ・ゾルターン、 ガーボル・チャロッグ、アンドラーシュ・ケラー、エトヴェシュ・ペーテル、ラーチ・ゾルタン、ナタリア・ザゴリンスカヤ、ユリアネ・バンセ、ピエール=ローラン・エマールなど多数50人を超える演奏家と演奏団体。会場は、ブダペシュト・ミュージック・センター(BMC)大ホール。
また、2冊の新譜記念楽譜も出版された。ンガリーのピアニストコチシュ・ゾルターンのためクルターグ自身が2006年に1974年から収集し、コピーされた『遊び ピアノのために』の手書きの原譜『コチシュ・ゾリのためのノート』と『エジプトのカップルー未知への途中(アップライトピアノをソルデイーノ・ペダルで』。コチーシュは、スクリーンに、手書きのマニュスクリプトを映し出し、エピソードを語りながら演奏した。すぐれた映像作家クルターグ・ユディット(孫娘さん)のドキュメンタリー映画も上映された。ガラ・コンサートは、BMCで行われたが、翌22日には、国立オペラ劇場で、菊池裕美(ヴァイオリン)・波木井賢(ヴィオラ)による代表作「コンチェルタンテOp.42-ヴァイオリン・ヴィオラとオーケストラのための」が演奏され、クルターグ夫妻は、これまでで一番美しかったと喜ばれた。コンサートをぬって、2回のラウンドテーブルディスカッションや講義も並行して行われた。
ハンガリーの作曲家Kurtág György(1926.2.19-)は、現ルーマニア領、ルゴシュ生まれ。2016年2月19日で満90歳を迎えた。クルターグは、残念ながら来日することがなく、そのことは、日本にとって、また、作曲家クルターグにとって、本当にもったいないことだったと改めて思う。したがって日本では、作品が演奏されることがほとんどない。クルターグの作品は、声楽曲、室内楽、協奏曲、民族楽器ツンバロンの作品、オーケストラ作品、合唱曲、ピアノ曲、ヴァイオリンなどの作品と多岐にわたっている。主な作品としては、以下の作品などがあげられる。
「弦楽四重奏第一番」Op.1(1959年)、「ピーター・ボルネミサの語りしきこと-ソプラノとピアノのための」Op.7(1963-1968年)、「ミハーイ・アンドラーシュへのオマージュ~弦楽四重奏のための12のミクロリュード」Op.13(1997年)、「亡きR.V.トュローソヴァのメッセージ / リンマ・ダロスによる21の詩」Op.17(1976-1980年)、「絶望と悲しみの歌」Op.18(1980-1994年)、「カフカ断章」Op.24(1987年)、「...幻想曲風に...(...Quasi una fantasia...)」Op.27-1(1987-1988年)、「ダブル・コンチェルト」Op.27-2(1990年)、「オフィチウム アンドレア・セルヴァーンスキを追悼して」Op.28(1988-1989)、「石碑―管弦楽のための」Op.33(1994年)、「ヴァイオリン、ヴィオラとオーケストラのためのコンチェルタンテ 裕美と賢へ」Op.42(2003年)、「ヒパルティータ」Op.43(2000-2004年)、「アンナ・アフマートヴァによる4つの詩」(1997-2008年)。1作品ではないが小品集『あそび ピアノのために(全8巻)』も代表的な作品だ。
クルターグは、世界中のほとんどの賞を受賞しているが、2015年6月、スペインのBBVA財団の2015年の現代音楽カテゴリーで、「稀な表情豊かな強烈さ」に対してフロンティアの知識賞を受賞した。国際審査員は、クルターグが際立っているのは、彼の音楽の素材ではなく、その精神にあり、その言語の信憑性、そしてそれは形式主義と表現との間で、自発性と反射との間の境界線を横切るような信ぴょう性にあると書いている。クルターグは、ヨーロッパの現代音楽シーンにおいてリゲテイ、シュトックハウゼンやブーレーズの世代の名前に連なる。クルターグは、現在をサミュエル・ベケットの『エンド・ゲーム』の作曲に命を削っている。18日のガラ・コンサートでは、始めの部分の短い初演を行い、続けてクルターグはステージに登って、レッスンを少し行った。
クルターグは、自分の作曲に対して、音楽史上の全ての作曲家の作品を徹底して学んだと言われているが、2月21日の「ほとんど知られていないクルターグ 古い音楽の庭の花」は、そのことが本当に実感されるコンサートであった。古い音楽の庭の花では、バルトーク、バッハ、ケージ、ウエーヴェルン、リゲテイ、モーツアルト、ムソルグスキー、ベートヴェン、ハイドンなどからの学んだことが彷彿される作品が演奏された。
クルターグの『遊び ピアノのために』全8巻は、特に1・2巻は、図形楽譜が多く、子どものための作品のようにも受け取られているが、例え、Ⅰ巻や2巻からの作品であっても、子どもと大人、アマチュアとプロフェッショナルを区別しないクルターグの作品の作品としての素晴らしさが全開という素晴らしい演奏だった。それは、たった7音でできていても、音楽史に輝く作品だと納得された。なお、ご子息のクルターグJr.は、作曲家でエレクトロニクスの演奏家だが、80歳記念演奏会の時初めて共演した。90歳記念演奏会では、何曲か共作を演奏し、クルターグの新しい世界を示唆した。
ページ数の関係で、リスト音楽アカデミー大ホールでの、2月19日の誕生日当日の音楽会のプログラムと演奏者をレポートする。全体を聴いての印象は、音楽史上、90歳まで現役として活躍している作曲家はほとんどなく、さらにクルターグの作品は、すでに音楽史の遺産となっているという実感だった。また、クルターグは、作曲、演奏、指導の3つを一つの生きざまとして生涯取り組んだが、ハンガリーにそれらの教えを受けた素晴らしい演奏家が沢山育ったのだと言うことも感慨深く実感された。コンサートは連日満席、世界の各地から聴衆が集まった。クルターグご夫妻は、全音楽会を聴かれた。昨年11月25日録音のクルターグ夫妻のバッハ連弾編曲集から3曲のYouTubeアドレスを載せる。是非、お聴きいただきたい。クルターグの代表作の多くがYouTubeにアップされている。是非、お聴きいただきたい。以下は、クルターグ夫妻によるバッハ―クルターグピアノ連弾編曲の演奏である。
2月19日(金)19:30
リスト音楽院大ホール(Zeneakadémia)
プログラム
クルターグ・ジェルジュ(Kurtág György):
「メッセージ」(Üzenetek)
「チェロとピアノのための二重奏曲」(Kettősverseny csellóra és zongorára) Op.27. Nr.2.
「...クワジ ウナ ファンタジア(幻想曲風に)...」(...quasi una fantasia...) Op.27.No.1
「オーケストラのための新たなメッセージ」(Új üzenetek zenekarra) Op.34 / a
クルターグ・ジェルジュ、クルターグ・ジェルジュ・ジュニア、オリヴィエ・ツェンデト:
「対話─シンセサイザーと室内オーケストラのための」
(Zwiegesprach-dialógus szintetizátorra és kamarazenekarra)
クルターグ・ジェルジュ(Kurtág György)
「荘厳な小さな音楽」(Petit Musique solennelle) ― ハンガリー初演
出演者
ピアノ:ピエール・ローラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard)
タマラ・シュテファノヴィチ(Tamara Stefanovich)
チェロ:ルイズ・ホプキンス(Louise Hopkins)
エレクトロニクス、鍵盤楽器:クルターグ・ジェルジュ・ジュニア(ifj. Kurtág György)
聖エフレーム男声合唱(Szent Efrém Férfikar)
コンチェルト・ブダペシュト(Concerto Budapest)
指揮:ケッレル・アンドラーシュ(Keller András)