先生・生徒・保護者のレッスン室コミュニケーション 第5回「輝く強みは七難隠す」
智史君(中1) |
私(先生) |
コンクールを午後に控えた朝、智史君が暗い顔をしてレッスンにやってきました。
- どうしたの?元気がないね・・・
- いえ、別に・・・
演奏を聞いてもやっぱり元気がありません。
午後にはステージで弾かなければいけないと言うのに、まだ音が外れていたり、きれいに粒が揃っていなかったり、と弾けていないところが気になって、自信がなくなっていたのではないか、と思いました。
親子喧嘩でもしたのかな?出来ていないところを指摘されて自信がなくなったのかな?と思いながら、何せコンクール当日なので、どこか自信が持てるところを見つけて、テンションを上げて、笑顔でコンクールにのぞんでもらおう、と思い、しばらく私も元気百倍でレッスンをしたのですが、どうも聞く気がない、意欲がない、目が死んでいる。
うまくいきません。
こんな状態では、とてもレッスンは出来ないな、と思い、本番前ではありましたが、その事実を智史君に正直に話し、選択してもらう事にしました。
- ねぇねぇ智史君。僕はもう今日は無理だな、と思ってるのかな?
- なんか弾けるような気がしない。音がはまらないし・・・
- そうか。絶好調とはいかないかもしれないけど、今のままでも十分弾けてるよ。でもきっと智史君はこれじゃ嫌なんだよね?
- はい(うなだれて・・・)
- どんな演奏になったらいいのかな?今日どんな演奏がしたいのかな?
- もっとうまく弾きたい
- なるほど!でも智史君は今、全然先生の方を見てもいないし、先生が弾くのを聞いてもいないよね。もしかしてここに来るのも気がすすまなかったのかな?
- ・・・・
- 先生はどっちでもいいよ!このままの演奏で行くか、それとももう少し一緒にやってみるか、自分で決められる?
- やります(涙ぐんで)
- そうか。やるならもうちょっと元気に頑張ろうよ。先生も一生懸命やるけど、智史君の協力がないとこの作戦は成功しないの。一緒にやってくれる?協力してくれる?
- はい
その会話のやりとりが、智史君の気持ちのリセットには必要でした。
どうやっても上向きにならない気持ち、自分の出来ない事に腹を立て、「どうせやってもあと60分では弾けるようにならない・・・」と思う気持ちを手放せずにいたのでしょう。
それからはすべてを水に流して作戦会議です。
しばらく弾くことをやめて、どう弾くかを確認しあいました。
智史君の魅力は、集中力と音楽性、イメージ力です。
本番前に少々の変更をしても、持ち前の柔軟さと集中力で、さらに魅力的な演奏が出来る子です。
一緒に鍾乳洞を探検するストーリーを作っていくうちに、あと1時間のレッスンで、ワクワクするような音楽に仕上げられそうな空気が出てきました。
智史君の表情も変わり、持ち前の集中力を発揮して、「智史君にしか出来ない演奏」「誰もやらない演奏」作りに向けて、一生懸命アイデアを出してくれました。
逆に智史君の弱いところは、テクニックと持続性でした。
テクニックが不足していること、そのことで本番が怖くなり、逃げ出したくなったり、気持ちが後ろ向きになったり・・・。
長所であれば、1時間でぐっといいところを輝かせることができますが、苦手を克服するには長期計画で臨まなければいけません。
薬でも、速攻で効く劇薬と、漢方のようにじっくりと体質改善をしていくものがあります。
ならば、ここでは速攻で効く魔法の薬(強み)を使わなければ!
出来ていないところは思い切って捨てましょう!
苦手なところにエネルギーをかけることをやめ、自分がワクワクするような演奏をすることにのみスポットを当てたレッスンをして、智史君は笑顔で帰っていきました。
1時間余り前に、レッスン室に入って来た時の顔を保存しておけばよかったと思うくらい、ビフォーアフターの違いは歴然でした。
数時間後のコンクール会場で、智史君の演奏を聴きましたが、心が震える演奏でした。
テクニックの弱いところが見え隠れしましたが、それ以上に聴かせどころ、魅せどころのつぼを押さえた「引き込まれる演奏」でした。本人もすごくいい顔をして帰ってきました。
- いい演奏ができたね~~!先生は今の演奏大好きだったけど、智史君は?
- 今までの中で一番いい演奏ができました!
- よかったね~。結果がどうなっても、もう先生は大満足だよ!
本当にそう思いました。
やっぱり、輝く強みは七難隠すんだな、と痛感した出来事でした。
そして同時に、じっくりと改善していく漢方薬(苦手)の方も、飲み始めが早ければ早いほど効果が早く出るので、また違う作戦で長期体質改善に臨まなくてはいけません。
ちなみに、智史君は上位3人に入り、全国大会に進むことになりました。
本人はもちろんですが、私にとっても、ちょっと信じられないくらいびっくりした出来事でした。