日々雑感~レッスン現場で思うこと その2 調には特徴がある
先日のレッスンでのことです。中学生のHさんが、バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻第3番を持ってきました。この曲は嬰ハ長調。まだ譜読みがおぼつかないところもあり、フーガのテーマを歌ってもらいました。すると①のようになってしまいました。(赤字に注目)たしかに「ミのシャープ」というのは抵抗があります。「ファ」と歌いたくなるのもわからないではありません。今度はこのテーマをこの「ミの♯」に気持ちを入れて弾いてもらいました。すると、テーマの持つリズム、キャラクターがはっきりしてきました。
このフーガのテーマは、最高音に抵抗のある「ミの♯」を使うことにより、曲のキャラクターをはっきりさせているといえます。ちなみに応答テーマも最高音が「シの♯」でありドのナチュラルと異名同音です。どちらも♯がついても白鍵です。バッハはこのフーガのテーマをこのような方法で、キャラクターを明示しているのでしょう。
②嬰ハ長調の音階を見ると、第3音と導音が、「白鍵の♯」です。これは興味深い。というのも音階の第3音は長調か短調かを規定する音で第4音(下属音)と半音の音程なので、第3音から下属音への上昇志向が認められます。また、導音は主音に行こうとする力を持つ音です。②つまり「上に行こう」とする音、音階のキャラクターをはっきり規定する音が「白鍵の♯である」ということです。
③ 確か、国内の某出版社の楽譜に、この曲がオリジナルの嬰ハ長調と付録で変ニ長調に書き換えられている楽譜を目にしたことがあります。変ニ長調には、いま述べたようなことは起きていません。
シャープやフラットの位置関係などによって、その調固有のキャラクターができる可能性があるということです。前にも述べましたが、ベートーヴェンが変イ短調(変ハ長調という最も扱いにくい調の平行調)で「葬送行進曲」(ピアノソナタ第12番)と「嘆きの歌」(ピアノソナタ第31番)を書いていることも、このような調号の位置関係から来るキャラクターを使っているのでしょう。
このようなことも含め、音楽を考え、演奏していくと、演奏そのものも変わってきます。
※本稿は大竹道哉先生がご自身のfacebookページに掲載された文章を加筆修正のうえ転載したものです。
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