ラ・ロック・ダンテロン音楽祭リポート/恒川洋子さん
ファンキーでノリノリのコンサート!この夏もジャズ・ファンだけでにとどまらずクラシック・ファンもすっかり虜にした小曽根真さん!
リポート◎恒川洋子(ベルギー在住・音楽ジャーナリスト)
「こだわり」を追求するピアノマニアの音楽祭と言えば、真夏の南仏で一か月にわたって開かれるラ・ロック・ダンテロン音楽祭(今年は7/24-8/22)が挙げられるだろう。
ピアニストの登場を待つステージ。おしゃべりに興じていた聴衆が、一瞬静まり返る。
演奏するピアニストの多くは、この音楽祭にまるで何かを信じ託しにくるように毎年戻ってくる。ピアノを愛する聴衆をとにかく喜ばせたいと駆けつける者、若手ピアニストとして世界に発信したい者、プロバンスの照りつける太陽と心地よい香りや食材を求めてくる者などと思いはさまざまであろう。
聴衆はといえば、世界各地から今年は8万人ほどの人が集り、朝のマスタークラスから真夜中のコンサート後の打ち上げまで、ピアノをテーマに語り合う。ここを訪れる人の多くは、音楽が本職ではないとしても、音楽が生活の一部となっている人たちである。それだけに耳が肥え、批評も厳しい。質の高いものを一緒に追及 し育てていこうとする姿勢は、実に気持ちよく幸せを感じさせる。この音楽祭には家族連れやリピーターが多いが、「三十年近くもこのプロバンスで毎夏家族でヴァカンスを過ごしているが、この音楽祭は欠かせない。」とピアノを始めたばかりの孫を連れた老夫妻が話してくれた。
またラジオ局も大きな役割を果たす。音楽祭期間中は生放送が流れ、この音楽祭のプロデューサーのルネ・マルタン氏やピアニストのフィリップ・キャサール氏による見事な解説を聴いて車で駆けつける人もいる。こうした雰囲気の中、実に凄い顔ぶれのアーティスト達が忙しく出入りしているのである。そして「忙しく出入 りしている」のはピアニストだけではない。ピアノもアーティストに合わせコンサート会場から別の会場へと畑で使うトラクターに引かれ気持ちよさそうに風を切り移動して行く。この音楽祭へ足を運んだ者だけ目にする面白い光景でもある。
モーツァルト、ドビュッシーを弾くチッコリーニ。音楽、ピアノ、そして空間が一体に。
「このベヒシュタインに本気で惚れた。この秋のミラノでのコンサートには是非このピアノで演奏したい。」と子供のように目を輝かせながらアルド・チコリーニ氏が演奏直後に話す。ピアニストとピアノがまるで一つに溶け合ったようなそんな演奏は、とても言葉では表現できない神がかった感動を与えてくれる。この夏84 歳を迎えた巨匠アルド・チコリーニ氏の演奏は、年を重ねるごとにますます研ぎ澄まされ、曲の完成度がますます高まっている。それでも「満足」した演奏ではないと本人は渋い顔をして語る。選曲はモーツァルトのピアノソナタ第11番イ長調 K331「トルコ行進曲付」 、ピアノソナタ第13番変ロ長調 K333、ドビュッシー プレリュード第1集。
陽気なストリートミュージシャン。
夏の強い日差しを避けて、池のほとりで涼む人々。
南仏名物の香り高いオリーブが、屋台にずらっと並ぶ。
こんな時、「私は弾けていたのに、一番だと思うのに、なんで彼らよりも順位が後なのでしょう?」などと国際コンクール会場で嘆いていた若者達を思い出す。音楽は競うものではないとどうして思わないのか、不思議で仕方がない。音楽は芸術であり、多角的な視点、思考と趣向があるということに気付き、もっとこだわって欲しいと思う。だが彼らにとっては有名になることばかりが目的となり、コンサートの契約を交わすためにはとにかく他のアーティストより優れてなければならないと自縄自縛し、有名コンクールばかりを巡って一喜一憂している。そんな彼らに是非このような演奏を聴いて欲しいと切に思うのである。
最近あるコンクールの審査員がもらした言葉を思い出す。「テクニック」と言うよりも、「メカニック」と言う方が正しい。最近の若者はメカニック的にはとても長けている。しかし音楽と誠実に向き合うということからはかけ離れた次元にいて、驚くほど速いテンポと正確さを目指して必死で練習していると言うのである。 確かに最近話題性の高い若手アーティストの多くは、そんなけれんに満ちた演奏スタイルを上手にアピールしているし、それをはやしたてるメディアにも責任はあるであろう。
今年のテーマは、生誕を祝ってメンデルスゾーンとハイドン。Philippe Herreweghe 指揮の下、Collegium vocale Gent聖歌隊の実に美しくそして音域の広く豊かで透きとおった声によるハイドンが、ルルメルの教会内に響き渡る。そして日も暮れ蝉も涼む頃になると、フロリアン城公園をはじめとする各会場で、夜の部のコンサートが始まるのである。
フロリアン城公園では、ジャン・エフラム・ヴァブゼによるハイドンのピアノ協奏曲第11番ニ長調が、実にユニークで新鮮な解釈で楽しませてくれた。同じ会場でショパンの24のプレリュードを演奏した今年初顔の広瀬悦子さんも、この晩客席サイドで耳を傾け「こんなに楽しく聴けるハイドン、最高!」とニコニコ顔。
コンサート会場に向かう聴衆。「今日はどんな演奏を聴けるのかしら?」
ジャン・エフラム・バヴゼ
広瀬悦子さん
話題に尽きないグレゴリ・ソコロフの演奏。ピアノをやさしく囲む程度まで照明を さげ、そして響く一音一音に詰まった愛情、情熱そして誠実さ。誰もが息をのむ。
素晴らしいピアニストたちによる無限の解釈から生まれる演奏から瞬時の「うまみ」を絞り出しに是非足を運んでみてはいかがでしょう?
「南仏で 必ず出会う 感動と」