スイス・ヴェルビエ音楽祭レポート/ 恒川洋子さん
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リポート◎恒川洋子(ベルギー在住・音楽ジャーナリスト)
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シャルル・デュトワ指揮による、メシアンのトゥーランガリラ交響曲。
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ヴァレリー・ソコロフ(vl)とダヴィッド・フレイ(pf)によるデュオ。
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一皮むけた感のあるキーシンのリサイタル。
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レーピン、ラン・ラン、マイスキー、クヴァストホフ等、豪華な共演!
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デュトワ指揮&キーシンによるショパン協奏曲第2番。
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「トゥーランガリラ交響曲」でのティボデ。
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「ピアニストの夕べ」にて、アックス、バックス、ゲルネル、ユージャ・ワンなどによる4台8手。
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ユーモラスなパフォーマンスをみせるアーティスト達!
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新鮮な感動を呼ぶ、アルゲリッチのベートーベン協奏曲第2番。
今年はちょうどこの音楽祭の時期に、ツール・ド・フランスがこのヴェルビエを通るところが世界中に生中継され、ますます多くの人に知られる良いきっかけとなった。
アルゲリッチ、キーシン、デュトア、テミルカノフ、マズール、クァストッフ、シェドリンを始めとする五つ☆スター達が愛してやまない、スイスの大自然に囲まれながら過ごす17日間の夏の音楽祭。
例年同様音楽祭直前の質の高いアマチュア室内楽コンサートにはじまり、芸術に触れる機会を与える子供アトリエ、音楽家たちと交流できる早朝ハイキング、そしてバイオリン、ピアノ(D.バシュキロフ、S.コバセヴィッチ、N.ゲルナー)、声楽、室内楽のマスタークラスが音楽祭期間中に開催される。
音楽監督のマルタ・アームストロームは新しいプログラムに挑むことをためらわない。デュトワ指揮、ティボデの弾くメシアン作「トゥーランガリラ交響曲」は弾き手も聴き手も大変なエネルギーを要する。「リズムがリズムだったから、ずっと弾きながらカウントしていたよ」と演奏後楽屋で汗だくになって語るティボデ。彼のプログラムのレパートリーの広さと充実した演奏はいつも多くのファンを楽しませてくれる。
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スザン・グラハム
さらに新しい要素としてオペラが初登場。ルネ・パップ、スザン・グラハム、トーマス・クァストッフ等世界中からのスター歌手が集まった。またキリ・テカナワによる「ドン・ジョバンニ」のマスタークラスは毎日大人気。「舞台とはまた違ったアーティスト達の姿に接するのも実に面白く、大切に思う。」とマスタークラスに通っていたクレール・ファンチーさん(19歳)は語ってくれた。いつも噂に聞いていたこのヴェルビエ音楽祭に憧れて初めて足を運ぶ。何かをつかんで帰りたい、音楽と自分について考えるのに良い機会を持てたとも話してくれた。(※)
今年はアーティストにとっても、音楽祭関係者、長年サポートしてきたボランティアの人々、そして音楽愛好家達にとっても大きな分岐点となった。
昨年来の金融危機でこの音楽祭の大パトロンであったUBSが撤退することになり、この音楽祭の顔であったユース・オーケストラも VFO (Verbier Festival Orchestra) と改名、団員も三年契約となった。
「世界中に散らばった団員と毎夏再会し、お互いにあちこちの情報交換をする。一緒に一か月以上も共同生活するのはそれなりに大変だが、それは音楽と同じくらいに大切な絆のように思える。」「これからも日本とヨーロッパのかけ橋となって頑張っていきたい。」とVFOの真野謡子さんと高梨真実さん。
こんなご時世だからこそ、実力のある本物はこの厳しいふるいにかけられながらますます磨かれるのかもしれない。もちろん強い「運」、音楽を追及する気高い「心」もこんな時だからこそ問われてくるのかもしれない。
ダビッド・フレイのバッハのパルティータ第六番BWV830、アレシオ・バックスのプロコフィエフのプレリュード、ジュリアン・カンタンのバルトークのピアノとバイオリンのソナタ第二番Sz 76 (共演ミリアム・コンゼン)を聴いていると、音楽をとことんまで追求し、成長してやまないそれぞれの持ち味や感性が今年もまた一段と魅力的であった。
特に三十代、四十代を迎えた一流ピアニスト達にとって、先はなかなか見えにくくなっているようだ。そんな中、紆余曲折しながらも一皮むけた感がするのがキーシン。彼の音楽的解釈は必ず話題を呼ぶ。今回のショパンの協奏曲第一番を聴いていると、いままでの「ロシア的」な演奏から、音の何かを絞りだすような演奏に変わってきたように思った。様々な言語に興味を持ったり、ヘブライ語でシェイクスピアの詩を朗読したりと、自分なりの興味を極めようという強い意志が見えてきたように思う。
そしてまた驚かせてくれたのが彼のピアニストとして以外の一面。マイスキー、ジョシュア・ベルたちと共にヒョウキンなふりつけを披露してくれた。(是非www.medici.tvでご覧ください。) この様子を客席からランランが楽しみながら眺めているのもこの音楽祭ならではの光景。そしてそのランランが演奏するチャイコフスキーの協奏曲第一番をアルゲリッチはどのように聴いていたのだろうか?アーティストがアーティストを聴く。語り合い、励まし合う。そして新たな共演者として輪が広がる。普段は時間的、距離的に難しいことが、ここではとても自然に当たり前に実現できてしまうのである。
アルゲリッチのベートーベンの協奏曲第2番を聴いた人は、きっとこの作品を新作を発見したような気持ちで楽しめたのではないだろうか?カデンツァをドキドキしながら聴く心地良さはなんとも言えない満足感で一杯であった。
一方でブラームスのヴィオラとピアノのソナタ ヘ短調op130 n1で、静かな深い音楽的アプローチを魅力的に聴かせてくれたのがステファン・コバセビッチである(共演Kim Kashkashian)。 一音一音を身を削るようにして演奏し、正確さを追及する純粋な人柄が鍵盤を通して伝わってくる。彼の演奏は人をほっとさせ、そして音楽の持つ深みや原点に戻りたい気持ちにさせてくれる。最近どの国際コンクールでも目立つスピードまかせのテクニックだけが華やかに書きたてられる新世代の演奏家とは対照的であった。
それにしてもこの夏は北京出身の新星ユジャ・ワン(王 羽佳)の名前をなんど耳にしたであろう?見事なテクニック、そして潔い演奏ぶりは多くのピアノファンを喜ばせた。特にペトリュシカは聴きごたえもあり選曲としても彼女に合っていた。
来年度は2010年7月16日~8月1日までの開催予定。ぜひ現地でお会いしましょう!
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「全ては何を軸にし大切にしていきたいかを見極めることだと思う。音楽に費やす時間と同じくらいプライベートの時間を大事にしている。親しい友人や家族はエネルギーの源」と話すダヴィッド・フレイ。話題性の多いフランス人ピアニストの一人。
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チャイコの協奏曲の一番を弾き終えた汗だくのランランと四列目の客席で聴いていたマルタ・アルゲリッチ。楽屋にて。
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音楽祭期間中はヴェルビエ山取り立てのきのこもたんと頂ける!こりこりして実においしい、自然よ、万歳!
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トロトロと溶けるラクレットは大自然の中だとまた格別な味!観光局ディレクター、パトリック主催の恒例ラクレット・ランチ。
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ネルソン・ゲルナーのマスタークラス後のクレア・ファンチさん(左)。
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ヴェルビエでお茶をすると言えばここ「ミルク・バー」。乳製品、特にMyrtilleシェーキは抜群に美味しい。