会員・会友レポート

ベルギー・エリザベト王妃国際コンクール直前リポート/恒川洋子さん

2007/04/01

2007 Queen Elisabeth International Competition
エリザベート王妃国際コンクール、今年5月いよいよ開幕!

リポート◎恒川洋子(ベルギー在住)
協賛/RTBF ベルギー国営ラジオ局 クラシック専門プログラム Musiq 3

 世界4大国際コンクールの一つに数えられる、エリザベート王妃国際コンクール。DVD審査の末、第一次予選出場者が2月末に発表された。今年はセミファイナルからストリーミング配信も行われる予定で、日本からも視聴が可能になる。
 膨大なレパートリーが要求されると同時に、何よりも「音楽性」を重視する伝統を持つこのコンクールで、今年はどんなピアニストの演奏と出会えるだろうか?ベルギー在住ジャーナリスト・恒川洋子さんにレポートしていただいた。前回優勝者のセヴェリン・フォン・エッカードシュタイン氏始め、過去の参加者や事務局長などの話も交え、コンクールの特徴やブリュッセルの街の魅力もお伝えする。


エリザベート王妃

一流の音楽性を問われる国際コンクール


決勝が行われるボザール(Palais des Beaux-Arts de Bruxelles、通称"Bozar"で親しまれている)。アールヌーボーの巨匠オルタの設計による。


ボザール内「アンリー・ルブフ」ホール。

 世界的なピアニストを生んだエリザベート王妃国際コンクール。これまでの入賞者の顔ぶれは・・・Arturo Benedetti Michelangeli(7位,1938)、 Emil Guilels(1位,1938)、 Leon Fleisher(1位,1952)、Maria Tipo(3位, 1952)、Vladimir Ashkenazy(1位,1956)、 Lazar Berman(5位,1956)、Jerome Lowenthal (9位, 1960)、Elisavieta Leonskaya(9位,1968)、内田光子(10位,1968)、Emmanuel Ax ( 7位,1972)、Cyprien Katsaris(9位,1972)、Brigitte Engerer(3位,1978)、Sergei Babayan(10位,1991)等など。1937年にイザイ国際コンクールとして始まり、冷戦中にはアーティスト達の劇的なエピソードに彩られつつ、今日四大国際コンクールの一つに数えられるに至った。

最近ブリュッセルに居を移した2003年度ピアノ部門の優勝者Severin von Eckardstein氏と、さらに1999年にこのコンクールに参加したFernando Rossano氏の両氏から、コンクールの思い出や参加者へのメッセージを頂いた。


過去の優勝者、参加者からのメッセージ

Severin von Eckardstein氏/2003年度優勝
~自分の音楽性と向き合い、短期間で形にする大切な時間


2003年度優勝者エッカードシュタイン。ベートーヴェンのソナタ第27番を熱演。© S. van der Straten

「セミファイナルを前にチャペルで一週間過ごし、そこでは電話はもちろんのこと全ての外部とのコンタクトが禁止されますが、大変前向きな緊張感と集中力が養われました。音楽中心の生活の中でとことん自分の音楽性と向き合い、それを短期間で形にする大切な時間を持つことができて良かったと思う。ホストファミリーから受けた細やかで豊かなサポートも大切でした。

 第一次予選を通過した後、先生を訪れるためにいったんベルリンに戻り、それから再びブリュッセルにきたら、なんとどこに行っても声をかけられて驚きました。路上であろうと、レストランであろうと、とにかくいたるところで声をかけられた。噂に聞いていた以上に、みんなのコンクールに対する親しみと関心が高く、本当に驚きました。」


Fernando Rossano氏 /パリ国立高等音楽院 講師~前向きなスピリットで臨んで欲しい


フェルナンド・ロッサノ氏。手には今年の参加要項。

「何よりも大事なのは、どんなコンクールについてもいえることですが、コンクールの特色を精一杯自分のステップアップのために生かすように前向きな姿勢で向き合うこと。
 エリザベート王妃国際コンクールの特色の一つとして、第一次予選では、5つのエチュードを全て準備しなければなりません!そしてその中から、審査員が直前に指定した作品の音楽的構成を即座に練り上げる必要があります。(筆者注:第一次予選では演奏の1時間前に、エチュード5曲より1~数曲が審査員より指定され、出番前に曲順を申告しなければならない。ちなみに今年のセミファイナルの課題曲は、ベルギー人のピアニストKris Defoort氏が、キース・ジャレット氏に捧げた未発表の新曲)当時プログラムに入れた『ツェルニーの変奏曲』は名案だと思ったし、実際練習するのも楽しかったですね。
 たくさんの新たな曲を仕上げるという貴重な機会も設けてくれるこのエリザベート王妃国際コンクール。できれば1年、最低6ヶ月くらいかけて準備する必要があると思いますが、2ヶ月前に譜面を持ってくるような意外と無頓着な生徒も多い。指導する側の立場にたった現在、同僚ともそれがよく話題となります。


一次予選、セミファイナル会場の王立音楽院(Conservatoire Royal de Musique Bruxelles)。コンクール期間中にはマスタークラスが行われる。講師はクライネフ、マルガリウス、ウーセ、ケフェレック。


外部との接触が一切なくなり、とことんピアノと向き合う時間を過ごす、La Chapelle Musicale Reine Elisabeth。

 コンクールは見知らぬ土地で自分の演奏を発見する場でもあり、また普段の生活から離れ、新たな人々と知り合える機会をもたらしてくれます。審査員席にいる憧れの大ピアニストと、話をする機会もあるでしょう。そうしたことが、その後の音楽人生に計り知れない素晴らしい影響を与えうることは、経験上間違いありません。私自身、このエリザベート王妃国際コンクールではMaria Tipo女史と知り合えました。

 コンクール中は、人とまったく話しをせず自分の世界にこもる人もいれば、コンクールの地に上手く適応できない者もいる。結果に逆恨みしたり、優勝以外の入賞を拒む者もいますが、音楽に対して謙虚さがない者は、いずれすぐ馬脚を現すでしょう。優勝はあくまでも審査員が全員一致するから得られる評価であり、個性的な演奏は必ず意見が分かれて当たり前なんです。だからこそコンクールを受けると決めた時から、前向きなスピリットで挑んでほしいと思いますね。

 ブリュッセルでの楽しかった思い出の一つは、他の国際ピアノ・コンクールで知り合った世界各国の友人と、ここでまた再会し、サブロン広場で美味しい食事をとりながら、お互いの意見を交換したりしたこと。とても貴重な時間であり、大切な友人達です。」


 

ヨーロッパの中心、ブリュッセルの魅力とは?~前衛と伝統が、ともに大切にされる文化


コンクール事務局長のミシェル・エティエンヌ・ヴァン・ネステ氏。同コンクール運営に長く関わる。

 ヨーロッパの首都ブリュッセルは、土地柄ゲルマン系、ラテン系、スラブ系、ロシア系の作曲家の作品が自然と受け入れられており、また前衛的なものと伝統的な価値がともに大切にされている。そのため音楽会のプログラムも大変充実しているし音楽家にとって大変居心地が良く、エッカードシュタイン氏のようなコンクール経験者をはじめとする多くのアーティスト達が住み着いている。さらにEUや国際機関の関係者も多いため、ますます人間関係の幅が広がり、その結果世界中で演奏する機会にもめぐりあえるようだ。

 同コンクールのミシェル・エティエンヌ・ヴァン・ネスト事務局長は、以下のように語る。
 「コンクールは1ヶ月に及ぶ長丁場。事務局ではホスト・ファミリーの選択を各受験者の要望に応えられるように気を配っています。フェアーな審査を行うため審査員は事前に発表しないし、お互いにコンクール中は審査の話題はしないのが原則。コンクールを3年サイクルに方針を改めたのも、一番良い時期を選び志願して貰えるようにとの配慮です。ファイナルに残らなくてもこのコンクールを機に、自分の中の素晴らしい可能性を感じて欲しい。例えばクライネフ氏等の素晴らしい先生方が集まるマスタークラスに参加するもよし、音楽仲間や友達を増やすのもよし、街中で新しいものに出会うもよし。きっかけはなんであろうと良いんです。このコンクールをステップと考え、それを通していろいろな経験を積み、自分らしい音楽性の方向をいつまでも大切にし演奏活動をすることが大事ですね。」

 さらに日本の関係者もこのコンクールを支えている。エティエンヌ・ヴァン・ネスト事務局長は、PTNAがコンクール後のアーティストの活動(例えばSeverin von Eckardstein氏のコンサートをアレンジ)を暖かく応援してくれていることをどれほど大事に思っているか、また日本音楽財団についても大変貴重な楽器のレンタルが明日の素晴らしいコンサートやアーティストに大変貢献している等について滔々と語り、このコンクールへの日本の関係者の支援を高く評価している。


いよいよ5月からスタート!~今年はライブストリーミング配信も

グラン・プラスはブリュッセルの中心的存在の広場。11~12世紀には市場が栄え、13~16世紀より政治の中心地と定められ、数多くの行政機関の建物が建てられた。今でも中世の建造物が広場を囲む。「絢爛たる劇場」とジャン・コクトーは称した。
代々ベルギー王室御用達のCD-DVDショップの若旦那ベルトラン。2007年度ピアノコンクールCDも6月9日より発売される。
音楽博物館(Musee des instruments de Musique)。この坂道を上がると王立音楽院、下がっていくとボザール。コンクールに通う人にとって、この道を通るたび沢山の思い出が蘇ってくるそうだ。

グラン・プラス界隈にあるベルギー伝統料理の店"Aux Armes de Bruxelles"に行くと、いつも鮮度の良いムール貝が。

 いよいよこの5月7日から2007年度エリザベート王妃国際コンクールのピアノ部門が開幕する。
 ベルギー王立ブリュッセル音楽院で行われるセミ・ファイナルまでは二十五歳未満は入場無料、マスタークラスの一般聴衆の聴講も無料。このマスタークラスが行われる楽器博物館(MIM)には見事な鍵盤楽器のコレクションがある。数歩坂道を下るとそこには代々ベルギー王室ご用達で、日本の皇太子同妃両殿下も立ち寄られたCD-DVD店 "BOITE A MUSIQUE"がある。ここではエリザベート王妃コンクールにまつわるお話も伺えれば、思いがけないアーティストとばったり出会えることもある。

 コンクールの会場となるパレ・デ・ボザールは、アールヌーボーの巨匠オルタの設計であり、これ自体に鑑賞の価値がある。また市の中心にある王立モネ劇場は、そこでのオペラ上演(D. F. E.AUBER作「ポルティチのおし娘」)が19世紀のベルギーの独立運動の発端になったという由緒のある場所であり、現在大野和士氏が音楽監督を務めている。ここでオペラ鑑賞をしても良いし、貴族の館からそのままごっそりと秘宝を運んできたようなオークションハウスやコンクール会場界隈の蚤の市や骨董市を覗くのも興味深い。
 陽が長く大変気持ちの良い季節であり、ヴィクトル・ユーゴーが「世界一美しい広場」と絶賛し、ジャン・コクトーが「絢爛たる劇場」と呼んだ大広場「グラン・プラス」(ユネスコ世界遺産)の石畳に覆われた情緒あふれる街並を散歩するのもよい。またなんといっても食通が集まるベルギー。創作料理のシェフの多い市内や近郊のレストランで舌鼓を打ったり、ビール王国ベルギーならではの数百種類を超えるビールを堪能したり・・・とにかくコンクールと同じくらい楽しめる!

2月よりチケットの予約も受け付け開始。特にセミファイナル、ファイナルのチケットはすぐ完売になるのでお早めに!

「各国の 精鋭つどう ブリュッセル」
「ピアニスト 夢生む力 競い合う」
「それ急げ 石畳駆け 会場へ」



★★★
ベルギーの国営ラジオ放送RTBF Musiq 3のサイトでは、セミファイナルからライブ・ストリーミング放送がなされます。
その他コンクールに関しての詳細の問い合わせはこちらへ(英・仏・蘭・独)。


ピティナ編集部
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