<海外訪問記>第一回 上海音楽院国際ピアノ・フェスティバルに参加して/川崎みゆき先生
ジーナで感じた「アジアパワー」の根源を探して
フェスティバルが行われた会場
会場前には講師陣の写真パネルが
昨年の六月、はじめてアメリカ/ソルトレイクシティで行われたジーナ・バックアゥワージュニアピアノコンペティションを視察に訪れた時、国際コンクールのレベルの高さに愕然・・・というよりアジア勢の圧倒的なパワーに驚きました。香港・深川・北京・韓国・・・他の国とは何かが違う!同じアジアである日本とも何かが違う!!これは一体何なのか!!!コンクール開催中、コンペティターの演奏を聴きながら、その疑問が頭から離れる事はありませんでした。
近年、あらゆる分野で頭角を現している中国。その魅力にとりつかれた私は、日本に帰ってからも「中国に行きたい?中国の音楽教育を知りたい?」とつぶやく日々を送っていたら、中国音楽教育に大変詳しい森岡葉先生から「2005年1月11日からはじまる第一回上海音楽院 国際ピアノ・フェスティバルにいらっしゃいませんか?」とのお誘いをいただきました。
この「国際ピアノ・フェスティバル」とは、中国で最も古い歴史をもつ上海音楽院が未来のピアニストの育成と国内の教師、学生の啓蒙を目的に、中国で初めての大規模な国際ピアノ・フェスティバルを企画した、との事。2005年の年明けに始まると言う事もあり、初めはどうしようかと悩んでいましたが、去年のジーナで優勝したRechel Cheungやエトリンゲンで二位・ジーナでは優勝候補の一人と言われながら。本選コンチェルト審査でピアノトラブルにより本領が発揮されなかったQizhen He、また「7歳で9度をつかむ手と10の音を聴き分ける耳をもつ」がキャッチフレーズ???のShenglang Zhang等、個性あふれる子供たちが集まると聞き、慌てて航空チケットを手配し、5日間という強行スケジュールで上海に行く事を決意しました
5名の著名教授による、特徴あるマスタークラス
講師のパウル・バドゥラ・スコダ先生
スクリーンをバックにして
講師は、パウル・バドゥラ・スコダ、ディミトリー・バシュキロフ、ラザール・ベルマン、ピエール・レアックと上海音楽院主任であるHung Kuan Chenの五名。午前・午後と各講師がレッスンを行った後、夜は講師による演奏会という、充実した内容でした。熱気溢れるレッスン会場やコンサートはいつも満席で、今回のフェスティバルが中国でとても注目されている様子が伝わりました。また個性溢れる講師群も大変な人気ぶり。バシュキロフ先生のラフマニノフ、ベルマン先生のプロコフィエフのコンチェルト、レアック先生の様式に対するアプローチ、スコダ先生のベートーヴェン講座は特に素晴らしく、多くの参加者が彼らの素晴らしさを褒め称えていました。(※スケジュールの関係でHung Kuan Chenのレッスンを拝聴する事が出来ませんでした)
私も露×北京語、仏×北京語といった、とても苦しい言語環境?での参加ではありましたが、本能の赴くままレッスンを拝聴。久しぶりに日常を忘れて音楽三昧に日々を過ごし、パワーがみなぎっていくのを感じました。
Rechel Cheungは前評判もあり、多くのギャラリーが詰め掛けていました。1991年9月生まれの彼女は14歳。思ったより小柄だなと感じましたが、ジーナのコンクール同様、見事な集中力で「バッハの半音階的幻想曲とフーガ」やフォーレの「ノクターン」を表現していました。すばらしいテクニックを持つQizhen Heと7歳でショパンエチュードやリストを弾ききっていたShenglang Zhangは、最後の披露演奏会に選ばれ、将来を期待させるような堂々とした演奏を披露していました。今回の受講年齢の制限はなかったのですが、7歳から18歳までと、多彩な顔ぶれで聴く方も楽しい時間を過ごす事が出来ました。
生徒の熱演と、講師の温かく的確な指導
が続く。
全体を通してレッスンやセミナーの内容(曲の解釈や生徒に対する問題点等)は、日本で行うものとほぼ変らないと思いましたが・・・大きく異なるのは聴講の人々。いつもは最前列をキープして熱心にメモをとっているオジサンが、沈文裕(2003年エリザベート王妃国際コンクールで第二位)の先生である※大昕先生だったり、ニコニコ話しかけてくる学生のような方が四川音楽院で教えている先生であったり。他にも「列車で10時間かけて来ました?」という先生等、本当に熱心かつバイタリティ溢れる人が多く、何となく昔の日本のイメージと重なりました。
ただ一つだけ困った事が・・・演奏中は記者会見の様に写真をパシャパシャ撮るし、スタッフに録画は禁止と言われているのに、最新型のDVDで録画しまくり状態。演奏中なのにばたばた動き回ったりと、マナーについてはなんとか改善して欲しいな?と思わずつぶやいてしまう私。でも、他の方は何も気にしていないよう・・・これが、中国!?
休憩中にも色々な発見が!
右より川崎先生、森岡先生
レッスンの合間2時間の休憩は、楽しい食事タイムでもあります。
大学内に学食やレストランがあり、定食が5元(1元=約14円)ととっても安い!おなかいっぱい食べて、お茶をつけても8元!!北京語も上海語もわからない私は、周りのテーブルを見て食べたいものを見つけ、指で指して伝えます。上海は麺も鍋もくせのない上品の味。また魚介類も豊富で、とても色々な味を堪能しました。
上海音楽院の周りにはたくさんの楽譜屋&CD店があるので、食事が終ると楽譜やCDを探しにでかけます。こちらはVCD(DVDより画質が悪い)がとっても豊富。
よ?く探してみると有名音楽院教授が解説している「ハノン」や「チェルニー」といった模範演奏付きVCDが何種類もあり・・・思わず「ここに中国のピアノ教育のヒントがあるのかも」と思い、購入!中国は奥が深い。
教材は、バスティンやバーナム、トンプソンの演奏付き楽譜(導入教材の中ではトンプソンが売れているそうです)こちらの楽譜はCD付きの楽譜が多いのが特徴。他に指導書や研究書が数多く存在し、中国人の勉強熱心な一面も垣間見る事ができました。ちなみにピアノメーカーで「TOYAMA」なるものを発見!TOYOTA+YAMAHAってこと???
移動は、言葉が通じないし(ホテルや空港以外は英語が使えません)料金が安い事もあって、タクシーを利用しました。町並みを見ていると、近代的な建築物が次々と作られていく中、職がなく路上で外国人相手に商売をする人が目立ちます。今は貧富の差を感じるものの、2008年の北京オリンピックや2010年の上海万博博覧会に向けて、ますます発展しつづけるであろう中国を予感・・・。
激動の歴史を生き抜いてきた人々の、芸術への強い愛情を実感
今回フェスティバルを通して、生きる事・そして学ぶ事に対して非常に前向きな国であると強く感じました。ハングリー精神ともいえる背景には、広大な地と多くの人口、そして文化大改革(1966?1976)等々の出来事があっての事だと思います。様々な歴史を生き抜いてきた人々の強い精神と芸術を愛する気持ちが、今の中国音楽教育を突き動かしているのではないかと感じました。
フェスティバル終了後、参加されていた先生が「次はロシアに行って勉強してきます!」とおっしゃっていました。最終日にベートーヴェン/情熱を講義された。スコダ氏の演奏にも75歳という高齢にも関わらず、未来への挑戦を感じさせるオーラが見えました。
私も可能な限り、自らの足で経験をし、積極的に前進してゆきたいと思います。
短期間の参加ではありましたが、非常に有意義な時間を過ごす事が出来ました。
また来年も開催されるそうなので、次回は国際ピアノ・フェスティバルの前に行われているフー・ツォン先生の(第5回ショパン国際ピアノコンクールでアジア人としてはじめて上位入賞を果たしたピアニスト)マスタークラスと一緒に聴講できたらいいな!と思っています。
※ フー・ツォンは亡命して長年故国に戻ることができなかったのですが、1980年頃から毎年帰国してからは演奏会を開いたり、北京、上海の音楽院で教えています。とくに生まれ故郷の上海音楽院の自由な雰囲気が気に入っていて、昨年から12月から1月にかけて2ヵ月間、ゆっくりと時間をかけて学生達にレッスンしているそうです。(森岡先生より)
リポート・文◎川崎みゆき先生(当協会正会員、課題曲選定委員、室内楽・協奏曲委員)