浜コン:「審査員は何を考え、何を聴くか」インタビュー(1)キム・デジン先生
2009/11/12
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国際コンクールレベルでは、超一流の審査員は、何を聴き、どのように判断を下しているのでしょうか。また、コンクールというものをどのように捉えているでしょうか。
これから「コンクール」というステージを目指す勉強中の皆さんに、あるいは、それを見守る指導者の皆さんに、国際コンクールの審査員の見方・感じ方を知っていただくために、浜松の審査員にインタビューをしていきます。
第1回は、今や、世界最高の指導者の一人といってもよい、韓国国立芸術大学のキム・デジン先生です。2006年リーズ国際第1位のSunwook Kimや、2009年クライバーン第2位のYeol-Eum Sonなど、国際コンクールで今もっとも実績を挙げている驚異の指導者は、どのようなことを考えながらコンクールを聴き、生徒たちを指導しているのでしょうか。
--審査期間中の貴重なお時間をありがとうございます。まず、コンクールの場で、未知のピアニストたちに初めて出会うとき、先生はどのような点を特に聴いていらっしゃるのでしょうか。
K:それは重要ですが難しい質問ですね。コンクールでは、ほとんど教えたことも聴いたこともない人たちの演奏を初めて聴くことになるわけですからね。
私は、作品ではなく、「コンテスタントがどのような人間なのか、どのようなものを持っているのか」を聴くようにしています。具体的には、テンポやリズムについての良質なセンス、良い音色・音質、ペダルの使い方、自分の音を聴いているか、など、その人がピアニストとして素晴らしい演奏活動をしていくに足る能力を備えているのか、を聴いています。
私にとっては、「作品の解釈」というのは実はあまり重要ではありません。今や世界中の様々な人が等しくクラシック音楽を演奏する時代、解釈は千差万別で当然です。それよりは、コンテスタント自身に注目するようにしています。
--なるほど。では、先生が指導者の立場として、生徒さんをコンクールに送り出すときには、どのようなアドバイスをしていますか。あるいはコンクールをどのような場と捉えていますか。
K:コンクールは、まず、非常に良い演奏の機会である、といえます。良い審査員、そして良い聴衆(コンクールを聴きに来る聴衆というのは聴衆の中で最も良質といってよいでしょう、それだけ熱心なのですから)の前で演奏するというのは、何にも代え難い勉強です。
また、コンクールでは、DVDやCDで演奏が配布されることが多いですから、それを聴き直して、自分の演奏の目的と合致していたか、実際にはどのようなことが自分の演奏に起きているのか、そしてそれをどう改善するのか、を聴き直すことは非常に重要です。コンクールは参加する者にとって自分をうつす「鏡」なのです。
さらに、私は、生徒たちがコンクールで他のコンテスタントたちを聴いているか、にも注目しています。他のピアニスト、特に他の国の、異なるバックグラウンドを持った人たちの演奏を聴くというのは、非常に重要な経験です。私自身にとりましても、スケジュールをやりくりしながら審査員という仕事をさせていただいているのは、他の人、ここではコンテスタントの皆さんですが、彼らの演奏を聴くことが好きだからです。他人の演奏を聴くということは非常に大切だと考えます。
--今度は、もう少し大きな視点に立っての質問ですが、現代のピアノ業界・音楽業界において、コンクールというのはどのような存在であると、先生は考えていらっしゃいますでしょうか。また、どのように利用すべきでしょうか。
K:それは、むしろ私自身もいつも自分の心に尋ねている質問です。コンクールというのは、「善の悪 good evil」であると思います。良い面と悪い面があるのです。
コンクールというのは、自分を紹介する格好の場ですし、昔からそのような意味合いで用いられてきました。かつては、コンクールの場には、多くのコンサート・マネージャーが来場し、1位の子とコンサートや録音の契約を交わしていたものです。けれど、今や時代は変わり、マネージャーたちはコンクールに来場しなかったり、来場しても、機械的に優勝者と契約するということはなくなりました。ですから、たとえコンクールで優勝しても、1、2年の褒賞コンサートをこなしただけで結局また仕事がなくなり、他のコンクールに出るという循環を繰り返すようになってしまうのです。本当に多くのコンクールがあり、今の生徒たちはかわいそうだな、と思うところです。
それゆえに、と申しましょうか、コンクールを受ける目的や準備について、きちんと考えて臨む必要があるのです。コンクールに臨む以上は、優勝・入賞したら、すぐに多くのコンサートプログラムを用意できる、というくらいのレパートリーが必要です。ですから、何年も同じ曲を使いまわしてコンクールに出続け、ようやく入賞をつかむ、というのは良い考え方ではなく、むしろコンクールをうまく使って、どんどん新しいコンサート・レパートリを構築していくべきだと思います。
--非常に有益なご助言ですね。ですから先生のお弟子さんには、幅広いレパートリーを持ったプロフェッショナル方が多いのですね。ところで、韓国、特に韓国国立芸術大学の教育システムと教授陣は本当に素晴らしいと思います。韓国の教育・指導の良い点、足りない点について、どのようにお考えでしょうか。
K:韓国の教育の良い点、それは私にもはっきり申し上げられません。「良い教師が良い生徒を作る」のか、「良い生徒が良い教師を作る」のか、どちらともいえませんから。私は幸いにして、Sunwook KimやYeol-Eum Sonなど、本当に素晴らしい生徒に恵まれましたので、よく「あなたの指導法の秘密を教えてください」と聞かれるんですが、秘密なんてないんです。
私が留意していることを申し上げるならば、それは生徒を「長いこと見守る」ということです。私の場合は、9、10歳で入門させ、10年以上教えるケースが多いです。長い時を一緒に過ごすことで、彼らの心の中にどのような変化が起きているのかを注意深く観察するのです。
ですから、私は、もちろん作品をレッスンしますが、作品そのものを教えるわけではないと思っています。それこそ、今は、CDでもYou Tubeでも、いくらでも過去の大演奏家たちの作品解釈や演奏法を研究する手段はあります。むしろ私は、作品ではなく「生徒を」教えるように心がけています。コンピュータに例えれば、ソフトではなくハードウェアを作ると申しましょうか。
例えば、生徒がテンポを急ぐ(走る)傾向があるときには、それは彼らの話し方や歩き方にも必ず出てきます。そのような生徒の一つ一つの心の動きや表情、日常の変化を、よく観察するようにしています。
また、韓国の教育の足りない点ということでは、やはり多くの若い人たち、特に男の子たちがピアノを専攻したがるので、非常に競争が激しくなり、それこそ「コンクールの結果」ということに非常にこだわるようになってしまっていることですね。誰かを押しのけるコンクールという機会にしかモチベーションを感じない、というのは、非常に危険なことだと思っています。
--短い時間の中で色々と貴重なお話をありがとうございました。
物静かな雰囲気ながら、理知的で、生徒さんたちへの愛情溢れるキム・デジン先生のお話は、まさしく、この先生から韓国の素晴らしい若い才能が巣立っていっているのだ、ということを確信させるのに十分な説得力でした。
第2回は、フランスのドミニク・メルレ先生を予定しています。
これから「コンクール」というステージを目指す勉強中の皆さんに、あるいは、それを見守る指導者の皆さんに、国際コンクールの審査員の見方・感じ方を知っていただくために、浜松の審査員にインタビューをしていきます。
第1回は、今や、世界最高の指導者の一人といってもよい、韓国国立芸術大学のキム・デジン先生です。2006年リーズ国際第1位のSunwook Kimや、2009年クライバーン第2位のYeol-Eum Sonなど、国際コンクールで今もっとも実績を挙げている驚異の指導者は、どのようなことを考えながらコンクールを聴き、生徒たちを指導しているのでしょうか。
--審査期間中の貴重なお時間をありがとうございます。まず、コンクールの場で、未知のピアニストたちに初めて出会うとき、先生はどのような点を特に聴いていらっしゃるのでしょうか。
K:それは重要ですが難しい質問ですね。コンクールでは、ほとんど教えたことも聴いたこともない人たちの演奏を初めて聴くことになるわけですからね。
私は、作品ではなく、「コンテスタントがどのような人間なのか、どのようなものを持っているのか」を聴くようにしています。具体的には、テンポやリズムについての良質なセンス、良い音色・音質、ペダルの使い方、自分の音を聴いているか、など、その人がピアニストとして素晴らしい演奏活動をしていくに足る能力を備えているのか、を聴いています。
私にとっては、「作品の解釈」というのは実はあまり重要ではありません。今や世界中の様々な人が等しくクラシック音楽を演奏する時代、解釈は千差万別で当然です。それよりは、コンテスタント自身に注目するようにしています。
--なるほど。では、先生が指導者の立場として、生徒さんをコンクールに送り出すときには、どのようなアドバイスをしていますか。あるいはコンクールをどのような場と捉えていますか。
K:コンクールは、まず、非常に良い演奏の機会である、といえます。良い審査員、そして良い聴衆(コンクールを聴きに来る聴衆というのは聴衆の中で最も良質といってよいでしょう、それだけ熱心なのですから)の前で演奏するというのは、何にも代え難い勉強です。
また、コンクールでは、DVDやCDで演奏が配布されることが多いですから、それを聴き直して、自分の演奏の目的と合致していたか、実際にはどのようなことが自分の演奏に起きているのか、そしてそれをどう改善するのか、を聴き直すことは非常に重要です。コンクールは参加する者にとって自分をうつす「鏡」なのです。
さらに、私は、生徒たちがコンクールで他のコンテスタントたちを聴いているか、にも注目しています。他のピアニスト、特に他の国の、異なるバックグラウンドを持った人たちの演奏を聴くというのは、非常に重要な経験です。私自身にとりましても、スケジュールをやりくりしながら審査員という仕事をさせていただいているのは、他の人、ここではコンテスタントの皆さんですが、彼らの演奏を聴くことが好きだからです。他人の演奏を聴くということは非常に大切だと考えます。
--今度は、もう少し大きな視点に立っての質問ですが、現代のピアノ業界・音楽業界において、コンクールというのはどのような存在であると、先生は考えていらっしゃいますでしょうか。また、どのように利用すべきでしょうか。
K:それは、むしろ私自身もいつも自分の心に尋ねている質問です。コンクールというのは、「善の悪 good evil」であると思います。良い面と悪い面があるのです。
コンクールというのは、自分を紹介する格好の場ですし、昔からそのような意味合いで用いられてきました。かつては、コンクールの場には、多くのコンサート・マネージャーが来場し、1位の子とコンサートや録音の契約を交わしていたものです。けれど、今や時代は変わり、マネージャーたちはコンクールに来場しなかったり、来場しても、機械的に優勝者と契約するということはなくなりました。ですから、たとえコンクールで優勝しても、1、2年の褒賞コンサートをこなしただけで結局また仕事がなくなり、他のコンクールに出るという循環を繰り返すようになってしまうのです。本当に多くのコンクールがあり、今の生徒たちはかわいそうだな、と思うところです。
それゆえに、と申しましょうか、コンクールを受ける目的や準備について、きちんと考えて臨む必要があるのです。コンクールに臨む以上は、優勝・入賞したら、すぐに多くのコンサートプログラムを用意できる、というくらいのレパートリーが必要です。ですから、何年も同じ曲を使いまわしてコンクールに出続け、ようやく入賞をつかむ、というのは良い考え方ではなく、むしろコンクールをうまく使って、どんどん新しいコンサート・レパートリを構築していくべきだと思います。
--非常に有益なご助言ですね。ですから先生のお弟子さんには、幅広いレパートリーを持ったプロフェッショナル方が多いのですね。ところで、韓国、特に韓国国立芸術大学の教育システムと教授陣は本当に素晴らしいと思います。韓国の教育・指導の良い点、足りない点について、どのようにお考えでしょうか。
K:韓国の教育の良い点、それは私にもはっきり申し上げられません。「良い教師が良い生徒を作る」のか、「良い生徒が良い教師を作る」のか、どちらともいえませんから。私は幸いにして、Sunwook KimやYeol-Eum Sonなど、本当に素晴らしい生徒に恵まれましたので、よく「あなたの指導法の秘密を教えてください」と聞かれるんですが、秘密なんてないんです。
私が留意していることを申し上げるならば、それは生徒を「長いこと見守る」ということです。私の場合は、9、10歳で入門させ、10年以上教えるケースが多いです。長い時を一緒に過ごすことで、彼らの心の中にどのような変化が起きているのかを注意深く観察するのです。
ですから、私は、もちろん作品をレッスンしますが、作品そのものを教えるわけではないと思っています。それこそ、今は、CDでもYou Tubeでも、いくらでも過去の大演奏家たちの作品解釈や演奏法を研究する手段はあります。むしろ私は、作品ではなく「生徒を」教えるように心がけています。コンピュータに例えれば、ソフトではなくハードウェアを作ると申しましょうか。
例えば、生徒がテンポを急ぐ(走る)傾向があるときには、それは彼らの話し方や歩き方にも必ず出てきます。そのような生徒の一つ一つの心の動きや表情、日常の変化を、よく観察するようにしています。
また、韓国の教育の足りない点ということでは、やはり多くの若い人たち、特に男の子たちがピアノを専攻したがるので、非常に競争が激しくなり、それこそ「コンクールの結果」ということに非常にこだわるようになってしまっていることですね。誰かを押しのけるコンクールという機会にしかモチベーションを感じない、というのは、非常に危険なことだと思っています。
--短い時間の中で色々と貴重なお話をありがとうございました。
物静かな雰囲気ながら、理知的で、生徒さんたちへの愛情溢れるキム・デジン先生のお話は、まさしく、この先生から韓国の素晴らしい若い才能が巣立っていっているのだ、ということを確信させるのに十分な説得力でした。
第2回は、フランスのドミニク・メルレ先生を予定しています。
ピティナ編集部
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