ピアノステージ

Vol.13-2 親学講座(2) 小倉 郁子先生

2010/09/24
親学講座(2) 情緒と感性を育むために「技術習得」編 レクチャー:小倉郁子先生
イラスト:ふじいみか

 子育ては、人生最大の投資だと、私は思います。子どもという知的財産を、自分の手で育ててこの世に残すということは、私たち親に課せられた使命だと思います。20年近くかけて自分が育ててきた子どもという作品が、親である自分の元から離れ、巣立っていく時、どんな形で残せるか・・・、そう考えると、やはり失敗したくないし、させたくない。やはり"本気で"子どもを育てていくということが、親の責任だろうと思います。
 ものすごい時間をかけて、親子が一体となって作り上げていくものであるという点で、ピアノの習得の過程は、子育ての過程と重なるものがあります。ピアノを利用して、子育てを学びましょう!、ということをご提案したいと思います。
 (今回は)「テクニックを習得する」という点から、ピアノ学習で得られること、親としての留意点についてお話したいと思います。

体の機能の成長

親学講座(2)

 たとえば、よくある食卓を囲んでの一幕で、「サラダにドレッシングをかけて」と親に指示された子どもが、ドバーッとかけてしまったとします。すると、母親が「かけすぎじゃないの!」と、イライラして、叱る。すると、その子どもは、「お手伝いしたのに、なんで叱られるの?」ということになるわけです。なぜ、うまくドレッシングが掛けられなかったのかというと、手首の加減がうまくできないからなのです。ピアノも同じで、手首が固まっていたら、うまく弾けないのです。指が自由に動かせるようになるには、手首や肩をはじめ、全身脱力した状態が必要なのです。ピアノのレッスンでご理解いただいているでしょう。ですから、失敗しても、適量かけられるようになるまで、経験させてほしいのです。

親学講座(2)

 もうひとつの例ですが、幼稚園に入園して初めにすることは、こいのぼりのウロコ描きです。年少さんの描いたウロコは、大きなウロコで、いびつな円になって、やっと始点に戻ってきたというような円を描きます。幼ければ幼いほど、円は丸く描けません。丸くきれいな円が描けるようになるには、手首が柔軟でなければいけないのです。そういう子どもたちの成長状況を、保育の先生方は見ているのです。
 このような子どもの体の機能の成長を理解していると、子どもとの接し方も変わり、叱る回数も減るでしょう。


問題解決力

親学講座(2)

 テクニックの習得は、子どもにとってはいちばん困難な問題があるところで、かなりの努力が必要です。親がかなり口を酸っぱくして「練習をしなさい」と言うところであり、子どもたちはどうやって逃げようかなと思うところですよね。習得には、膨大な時間がかかるのですが、実はいちばん多くのことを学べるところでもあります。ここで、どれだけ子どもたちを学ばせることができるかというのが、一つ大きな鍵となるところです。リズムが崩れていないか、粒が揃っているかなどを判断して、時間をかけてコツコツと、自分の意のままに動く指を作り上げていく。指の先だけでなく、手首の問題、体の問題、全てに関わってきます。子どもなりに、どうしてできないんだろう、どうして弾けないんだろうと考えます。先生からのアドバイスを色々受けながら、創意工夫が始まるわけです。自分で創意工夫をしながら、問題解決をしていくということを学び始めます。この過程で、反復力や判断力、思考力、応用力、集中力、忍耐力というものが養われていくわけです。


反復力

反復力

 どんな分野でも、一つの事を身につける時に、必要な能力というのは、"反復力"です。漢字や英単語を覚える時、算数の問題をいかに速く解くかという時、水泳やパソコンの習得も、全てが反復練習なんです。これは、ピアノのテクニック習得も同様で、自分なりに創意工夫しながら、どうやったらスムーズに手が動くのかというのを、反復によって解釈しているわけです。
 1回や2回の失敗や挫折に、くよくよするのではなく、次に向かって着々と歩んでいる子どもは、明るくのびのびと生活ができるはずです。そういう人の存在は、周りの人たちも影響を受け、私も頑張らなきゃ、僕も頑張らなきゃと、非常に活力のある環境に変えます。それは大人の世界でも全く同じですよね。影響をもらう側ではなく、影響を与えられる側に育てて行きたいなと私は思っています。
 このことは、ピアノで学んだ反復力が大いに活きるのです。反復することに労を惜しまない人に育てることが、周りにパワーを発信する存在になり得るということですね。


逆算能力

 成長の過程で身につけさせたい能力に、「逆算能力」があります。逆算能力とは、到達点を定めて、現在の状況をまず冷静に把握し、今何をすべきかを、自ら考える力です。目標にむけて難題に立ち向かい、工夫をしながら軌道修正し、着々と上にのぼって行く成長過程を、一つ一つ認めてあげるという目で子どもを見れば、自然に余裕が出てくるものです。私は子どもを育てる時に、いつもそのように心掛けてきました。つまり、こういう子どもに育てたいということがあって、それをいついつまでにそうさせたい、そして今の自分の子どもはこの辺にいる、そのためにいつ頃に何が出来るようになれば良いかなと、親の中に物差しが出来ているということです。ある事柄が、今出来なくても、中学生の頃にできるようになっていればよい、と思えば、今できないからといって「何でできないのよ!」と怒ることも焦ることもないわけですよね。
 ピアノ学習というのは、曲全体を見つめて、構成をたてて、どんな表現方法で弾いたら良いのかということを、毎日毎日理詰めで頑張っているんですね。そして、どこを改善すべきなのか、どんな方法でやったら良いのかという試行錯誤をしながら、自問自答しています。さらに、完成度の高い演奏へ自分で磨きをかけて行くということを目指しています。総合的な観点で音楽を作って行くということになるのです。このような経験を重ねることで、見通しの良い物の見極め方という目を養う事ができると思います。結果的に、逆算して物事を見つめ、軌道修正して目標に到達することは、ピアノ学習でもあり、人生の学習ではないかなと思います。具体的にはピアノで学び、それを人生の到達点に置き換えて考えて行けたら、非常に余裕のある子育てができるかなと思います。
 たいへん大きな話になってきましたが、子育てとはそういうことだと思います。人生の方向性をきちんと見つめて、精神的にも余裕のある人生を送ってもらえたら、親としてこんな幸せな事はないわけですよね。


目標づくり

目標づくり

 今自分がやっているテクニック習得の努力は、何のためのものなのか、子どもは見失いがちです。結果的に、「お母さんに叱られるから」とか「先生に言われたから」という次元の努力であるとすれば、それは意味がありません。目標を達成するための努力なのだということを、いつも認識させてあげてください。
 それから、親と指導者も、子どもの情操教育の一環としてピアノ学習をさせていること、最終的には、人づくりをしているんだという共通認識をしていなければならないと思います。このようなスタンスでテクニック習得に臨むことが、理想ではないかと思います。
 ところが、気づいたら、勝ち負けの世界にどっぷりと両足を突っ込んでいるという方もいらっしゃいます。しかし音楽というのは、勝ち負けの世界にあるべきものではないので、非常に危険な親子になってしまうのです。どちらかと言うと、親がリードで行っていることが多いので、子どもを苦しめるだけという風に私は思います。子どもには、素直で伸び伸びと、明るく成長してもらいたいわけですよね。そのために、親は大らかで、余裕を持って子育てができるようにならないと、お子さんは、ぎすぎすしてしまいます。親の気持ち一つで子どもは変わります。ですから親も自分を見つめてほしいなと思います。


親子で学べる

 ピアノ学習の特徴は、基本的に「家」でしか練習できませんので、親の目の前で、子どもが日々練習をすることになります。これは、子育てのメリットの1つと考えます。
 国語や算数の勉強は、学校や塾へ行って、勉強してくるわけです。学校や塾では、子どもがどんな状況で勉強しているのか、どんな友達がいてどんな先生がいるのか、子どもの話からきくだけです。子どもは成長するにつれ、自分に都合の悪いことは言わず、良いことだけ言うものです。子どもの話だけを鵜呑みにしては、危険です。子供の状況がわからないのに、自分の目で確かめることができないわけです。
 でもピアノの場合は、自分の目の前で練習しているので、子どもが今、どんな課題に立ち向かっていて、どう乗り越えようとしているのかということを、客観的に見ることができます。親がそこでどんな支えとなって、励ましをすることがいちばんよいのかということも、学ぶことができるのです。親子でともに学べるのが、ピアノの習得なのです。この経験は、受験の時に大いに役立ちます。


親子の絆

親子の絆

 ピアノ学習は、非常に緻密な作業の積み重ねです。ただひたすら指を動かしていれば弾けるようになるということはありません。よく自分の耳で聴いて、判断して、長い時間をかけて自分のものにしていきます。ということは、幼い子どもがピアノを学ぶというのは、非常に酷なことであり、お母様の手助けが必要になるのです。レッスンの先生から教わったことを、お母様のフォローによって噛み砕いて子どもに学ばせるという、その親子の取り組みが必要であり、絆を深めていくと思います。お母様と手を取り合って、それを乗り越える。その経験をするということは、親子の絆を深める良い機会だと思うのです。
 その時に、まず私は、お母さんに「本気でやってください」とお願いします。本気でやらないと、ここで学ぶべきこと、達成感も成功体験も根性も、そして親子の絆も、得られないのです。親が妥協すれば、妥協した結果しか出ないのです。結局子どもがなかなか言うことをきかないと、かっかかっかと血が上っていくのは、親の方ですよね。挙句の果てに叱ってしまう。結果的に、叱られるからやる、というサイクルに陥ってしまったら、おしまいです。子どもが気持ち良く練習してくれる環境を、親は作らなければならないんですが、それはとても忍耐を必要とすることで、結局逃げ出すのは、親の方なんです。「毎日口を開いたら、怒っているんです、私。その怒っている自分が嫌になっちゃいました。」と良くお母さん方が言います。「そうですよね」と私も言います。でもだからといって辞めたら、全て水の泡になってしまいます。やはり、自分の心にとめて、とにかく乗り越えるまで、子どもと頑張るというスタンスで行かなければなりません。そういうことで、とても大変な時なのですが、親子の絆を深める時であるということを認識していただければと思います。

親学レクチャー・コンサート(ピティナ主催・日本財団助成事業/2009年11月16日メルパルク京都))
小倉郁子 (おぐらいくこ)
宇都宮短期大学ピアノ科卒業。同研究科修了。同短大および附属高校講師。コンぺティション全国決勝大会審査員。社団法人全日本ピアノ指導者協会正会員、ならびにステップ課題曲選定委員。PTNAピアノコンペティション指導者賞17回受賞。バスティンメッソード指導講師。数回の渡米においてバスティン女史に直接指導を受ける。宇都宮教材研究会代表・「ピアノ教育は人づくり」をモットーにしたグループ音学代表として活躍中。現在、研修医として病院に勤める長男と大学院の博士課程で研究に没頭する二男の2児の母。ピアノ学習に子育て経験を織り交ぜた講座も注目を得ている。

ピティナ編集部
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