Vol.10-1 Stage+人(10) 伊藤 恵さん
好評の<アクセスパス特別企画>子どもたちによるピアニスト・インタビュー。今回は、忙しい公演の合間をぬって、女性ピアニストの第一線で活躍する伊藤恵さんが、関西の子供たちのインタビューに答えてくださいました。一人ひとりの質問に熱心に頷き、丁寧に答えてくださる伊藤さんのお人柄に、終了後、参加した子供たちや保護者の皆さんから感激の声が寄せられました。
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小さい頃は?
生熊─ 伊藤先生は、小さいころから毎日どのようなことを心がけて練習されていたんですか?
伊藤─ どうだったかしら・・・。そんなにいい子ではなくて練習したくなかった方だったから、厳しかった母を困らせていました(笑)。何がイヤって、"レッスンに持っていく曲"を練習すること。でも、ピアノを弾いて遊ぶことは、すごく好きでしたね。レッスンに持っていかない曲を好き勝手に弾いたり、即興演奏したり。あ、こんな答えでは、教育上良くないね、
作品への思い入れ
杉本─ シューマニアーナのCDで、シューマンのピアノ曲全曲を録音されていますが、特に思い入れのある曲は、どの曲ですか? 伊藤─ 全曲取り組んでいくと、"どの曲"というだけではなくて、シューマンの"音そのもの"がとても大切になりました。どの曲のどの音も、全部シューマンが書いた音だと思うと、もうすべてが私にとっては大切と思えるようになったというか。例えば、最後の方に録音した《フーガ》という曲。彼が尊敬していたバッハのような形式を用いてはいますが、『音』はやっぱりシューマンの音楽なんですね。だから、「最後にとっておいてよかった」と思いました。二十年という長い間かけて取り組んできて、シューマンの音楽の素晴らしさというのが分かってから、この曲を録音できて良かった、と。一枚目に入れた《クライスレリアーナ》という曲も、私がヨーロッパで習ったハンス・ライグラフ先生から初めていただいた曲という意味で、すごい思い入れがあります。
上野─ このCD(『ピアノ通信』~伊藤先生セレクトの名曲集)は、どのような思いで選曲されたんですか? 伊藤─ このアルバムは、私の中ではとても内面的なもので、大観衆の前で弾くというよりは、たった一人の人の前で弾きたい曲を選んだものですね。けれど、二千人入るホールでも、私一人が二千人を相手にするのは難しいこと。だから、たまたま今目の前に二千人いるだけ、たまたま今一人しかいないだけという違いだけで、たった一人の人のためにいつも弾いていたいというのが、私の気持ちかもしれません。 今、挑戦してほしいこと...
水谷─ 伊藤先生は、日本を代表する音楽家でいらっしゃって、私たちから見ると華麗なイメージなんですが、ピアニストになって、良い所と悪い所、光と影のようなところはありますか? 伊藤─ ピアニストとしては、良いことしか思いつかないかな。よく門下の生徒たちには、私は二十四時間ピアノのためだけに生きているのよ、と話すと、生徒たちはすごく驚くんです。でも、おいしいものを食べることも、健康のために家の近くを走ることも、自然の中を散歩することも、すべて音楽につながっているんですね。子供の頃は、努力は嫌いだったんですが、今は一日じゅうピアノ弾いてると、すごく幸せですね。 聴く人が演奏者の存在を忘れるようなピアニストに...
小嶋─ 伊藤先生がこれからなりたい理想のピアニストのイメージ像は、どんなものですか? 伊藤─ そうだなぁ...。聴いてる人が、私が弾いているということを完璧に忘れて、たまたまそこでシューマンを弾いていたら、そこにシューマンがいるみたいな、ブラームスを弾いていたら、そこでブラームス自身が弾いているような、そんなふうになりたいですね。これはもうずっと言い続けて、いつも願い続けていて、いつか叶ったらいいなと思っていることです。 音楽から教わる
小嶋─ 僕は今シューベルトを勉強してるんですが、メロディーラインだけでなく、隠れた線を見つけ出すような音楽の構成力は、どのように身に付ければいいんでしょうか? 伊藤─ シューベルトの《冬の旅》(歌曲集)、聴きました?私の門下の子にも、シューベルトの曲を持ってきたら、《冬の旅》を聴いて~って言います。それで、もうレッスン要らず。そのくらい、歌を聴けばシューベルトの音楽の真髄が分かるんです。 手当たり次第に音楽を聴いてみて!
今日、私が言いたかったのは『音楽を死ぬほど聴いて!』ということ。何でもいいから手当たり次第、うん、手当たり次第、というのが一番いいかもしれないね。例えば、オーケストラの定期会員になるといいですよ。私もオーケストラの定期会員になってるんですが、『何この曲?』っていう知らない曲の公演のときもありますよ。本当に面白いのかなと思いながら、おそるおそる行くんです。そうしたら素晴らしい曲で!自分が興味がない曲ほど、自分の新しい世界に出会えます。その未知の世界に、大切なことがいっぱい詰まっているんです。自分が今やらなくてはいけないことに目を向けていないといけないけれども、そこで終わらないで、そこにたくさんの枝葉を付けていってほしい。「生」の音楽っていうのは、空気で伝わってきますし、そうやって私たちが聴いて心の中に入った音楽は、他の誰にも取れない、奪えないもの。それってすごく素敵なことだと思います。 文・構成・写真 加藤 哲礼
伊藤 恵(いとう けい) 幼少より有賀和子氏に師事。桐朋学園高校を卒業後、ザルツブルグ・モーツァルテウム音楽大学、ハノーファー音楽大学において名教師ハンス・ライグラフ氏に師事。エピナール国際コンクール、J.S.バッハ国際音楽コンクール、ロン=ティボー国際音楽コンクールと数々のコンクールに入賞。1983年第32回ミュンヘン国際音楽コンクールピアノ部門で日本人として初の優勝。サヴァリッシュ指揮バイエルン国立管と共演し、ミュンヘンでデビュー。その後もミュンヘン・シンフォニカ、フランクフルト放送響、ベルリン響、チェコ・フィルの定期公演などに出演。日本では「若い芽のコンサート」でNHK響と協演をはじめ、各オーケストラとの共演、リサイタル、室内楽、放送と活躍を続けている。録音はシューマン・ピアノ曲全曲録音「シューマニアーナ(1?13)」、「ブラームス: ピアノ協奏曲」、「ショパン: エチュード」、最新版として「シューベルトピアノ作品集1」がフォンテックからリリースされている。2007年秋には、シューマン・ピアノ曲全曲録音完成記念コンサートが行われ好評を博した。2008年からはシューベルトを中心としたリサイタルを開始。1993年日本ショパン協会賞、1994年横浜市文化賞奨励賞受賞。2003年より東京藝術大学准教授。 【今後のコンサート予定】 |