Vol.09-4 教育の未来を考える(4)高橋史朗先生×江崎光世先生
「子育て」とは、"親が子どもを育てる"という一方向に限ったものではなく、"親が子どもを通じて学び、親として成長していくこと"でもあるという。「子育て」を「親育て」という観点からとらえ直し、「親が変われば、子どもも変わる」という「親学」の理念を、全国の家庭に発信している、親学推進協会。今回は、理事長の高橋史朗先生による「親学の基本講座」を拝聴し、江崎光世先生とともにお話を伺った。 江崎:今日は「親学」の基本となる講義を拝聴させていただき、ありがとうございました。子どもの成長は、親の成長とともにあるということに、大変共感いたしました。子どもの心や脳がどう成長して、その成長に合わせて親がどのように関わっていくべきなのか、ということを、今まで体系的に学ぶ機会がありませんでした。まさに「親学」ですね。私の教室でも、これまでに3世代の親と関わってきましたが、無我夢中で子育てをしながら、結果的に親として成長された親たちをたくさん見てきました。今後は、環境の変化とともに、ますます子育てが難しくなっていく部分もあるだろうという不安もあります。 高橋:昨今は、子どもたちの「心の問題」への対応が、大きな教育課題になっていますね。日々の子育てにおいても、様々な問題が生じます。しかし、必ずしも子ども悪いわけではないのに、つい、問題は子どもにあるのだと考えて、子どもを変えよう変えようとしてしまうのですが、子どもはなかなか変わりません。実は、子どもと関わっている親が、子どもの見方や関わり方、そして自分自身が変わること、これこそが子どもを変える最も近道なんです。 江崎:「親学」の中で、社会の中で生きていく力を育てるのに、知育、体育、徳育のバランスの取れた発育が必要で、この3つの土台になるものが「感性」であるというお話がありましたが、もっともだなと思います。幼少期こそ、豊かな感性を育てる土壌を、家庭の中で備えていくことが重要だと思っています。最近は、外から見える学力ばかりに親の関心が偏っている傾向があるようですが、感性のような見えない学力を、どう育てていったらよいとお考えですか。 高橋:私はもともと、子どもの感性をどう育てるかという「感性教育」の研究を、ライフワークとして長年取り組んできました。最近では、脳科学の分野も取り入れた研究会も開催しています。疲れやストレスなどから、脳内汚染が進んでいて、美しいものを美しいと感じない子どもが増えているというのが、科学的にも実証されています。満天の星空の下で寝転んで、蕁麻疹のようだという子ども。さくらが満開の木の下で、ゲーム機に向かっている子ども。草むらで虫の鳴き声が聞こえていない子ども。様々な事例が紹介されています。 江崎:たとえば、親子で一緒にコンサートに行って、同じ音楽を聴いて、それで終わり、というのではなく、親が子どもにどんな言葉掛けをするかで、その体験の効果も変わってくるように思います。 高橋:感動したことは、とても人間の内面的な部分を出しますから、心のコミュニケーション、心の交流につながると思います。遠足に行って何に感動したか、みなそれぞれ違うように、同じ音楽でも、感じることはみな違います。違いというものに気づき、感動を分かち合うことで、感性が磨かれるわけです。感性が深まる段階は、「感じる」「気づく」にはじまり、「見つめる」「深める」と続くわけですが、このような1つ1つの段階を、子どもと一緒に体験していくことが、子どもの感性を育てる上で大切なことだと考えています。 江崎:あるとき、小学校6年生の2人が、連弾の最中に、腕がぶつかった程度の小さなことで、今まで見たこともないような喧嘩をしたことがありました。受験や塾でのストレスが、こういう形で態度に出たのだと、後からわかったのですが。その後、別の学年の子が1人加わり、ここで音楽がどうなるだろうかと3人の連弾を見守っていたところ、徐々に2人の気持ちがおさまっていった、ということがありました。勉強をやめてピアノを、というわけではないですが、心の健康は何より大事だと思います。音楽の持つ力を、子育てにもっと活用していただけるとよいのではないかと思うのですが、いかがでしょうか? 高橋:先の研究会の発表の中でも、音楽にまつわる様々な事例が紹介されています。たとえば、知的年齢が1歳未満の重度の障害を持つ子どもが、何をやっても集中できないのに、ピアノを聴いたとたん、ぱっと集中したそうです。また、ある学級崩壊をしている小学校で、前の子が叩いた和太鼓のリズムに合わせて太鼓を叩くという繰り返しによって、「共感性」が触発され、子どもたちの情緒がどんどん安定していったという事例もありました。あるいは、「アートセラピー」の事例で、認知症の方達に、昔見た「雪の降る情景」を思い出してもらっても、何もイメージがわいてこないのに、ピアノを弾きながら『雪の降る街を』を歌ったところ、徐々に右脳が働きだし、情感のこもった絵に変わった、といった実践発表もありました。 江崎:確かに、親が音楽の好きな家庭の方が、無関心な家庭よりも、子どもの音楽性は育っていると思います。子どもをレッスンに預けて、親は近くのデパートで買い物をしているという話もよくききます。 高橋:先日、子守唄の協会とジョイントで、あるイベントを実施しました。子育てには、親心がいかに大事であるかということを議論した後、みんなで子守唄を歌いました。子守唄のような日本の音楽には、あたたかさ、きずな、ぬくもりといった、母の心の原点があふれています。子守唄を歌うことを通して、理論だけではなく、親心を実感してもらうことができました。脳の発達には臨界期がありますが、一方で、脳は生涯発達しますので、取り返しはつくものです。音楽の持つ生涯学習としての価値を改めて評価し、まず大人自身の脳を音楽で育んでいくというのもよいのではないでしょうか。 江崎:子どものピアノ教育に、親の関わり方をどう変えていくべきかを学び、そして、親自身も音楽を通して成長していく機会にしていくことが、子どもたちの心豊かな成長の鍵になるのかもしれません。「親が変われば、子どもも変わる」、ということですね。今日はどうもありがとうございました。
高橋 史朗(明星大学教授 親学推進協会理事長)
昭和25年生まれ。早稲田大学大学院修了後、スタンフォード大学フーバー研究所客員研究員、臨時教育審議会(政府委嘱)専門委員、国際学校研究委員会(文部省委嘱)委員等を経て、現在、明星大学教授。玉川大学大学院講師、感性・脳科学教育研究会会長。著書『親学のすすめ・続』『親が育てば子供は育つ』『これで子供は本当に育つのか』ほか。
江崎 光世(社団法人全日本ピアノ指導者協会理事)
国立音楽大学卒業。ピティナ・ピアノコンペティションに毎年多くの成績優秀者を輩出、1996年最多指導者賞・1999年トヨタ指導者賞・トヨタ指導者特別賞を受賞。毎年、課題曲公開レッスンや指導法セミナーに講師として、全国各地から招かれている。ピアノデュオ・室内楽・コンチェルトなどアンサンブル指導の普及にも取り組む。ピティナ課題曲選定委員長。横浜アンサンブルアソシエ代表。 取材・文:霜鳥 美和/取材協力:親学推進協会
親学アドバイザー養成講座(全8回)【講座内容】 【開催予定】
関連書籍「親学」の教科書 -親が育つ 子どもが育つ- 「親が変われば子どもが変わる」を基本理念に、子どもをどうするかではなく、親・保護者はどうあるべきか、どう変わればよいのかについてお互いに呼び合う内容です。 第1章・親学とは/第2章・親学の基本的な考え方/第3章・親学の実践/ |