Vol.09-1 Stage+人(7) クリスチャン・ツィメルマン
世界が注目するピアニスト、クリスチャン・ツィメルマン。自身のために作曲されたルトスワフスキのピアノ協奏曲についての講演会が11月20・23日のサントリーホールでのコンサートに先駆けて行われました。曲に対する想いと本人による演奏をアクセスパス席で聴いたピティナの学生たち。音楽との向き合い方とは?ピアニストとして必要なこととは?その真剣な質問にツィメルマン氏が静かに答えてくださいました。
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西本:今回は、コンサートの前のレクチャーで伺ったツィメルマンさん自身の曲への想いや、曲の解説を頭に置きながら、聴かせていただきました。とにかくツィメルマンさんのこの曲に対する想いの強さを、なによりも感じました。とても大切に、しかし自由に、ルトスワフスキさんの音楽の世界に入り込んだ演奏でした。オーケストラとのカラミも絶妙で、時にオーケストラを引き寄せながら、また時にはその中にもぐりこむかのように・・・その多彩な表現と音色には本当に圧倒され、4楽章あるこの曲があっという間だったと思えてしまうようなテンションをキープされていました。私が今回座った席からは、ずっとツィメルマンさんの演奏中の表情が見えたのですが、寡黙な表情で、しかし内側から溢れ出てくる音楽を表出されるツィメルマンさんは、本当に素敵なピアニストだと改めて感じました。 渡邉:ルトスワフスキさんから「そんなに簡単な曲のように弾かないでくれ」と言われた時、どのようなお気持ちでしたか?また実際にルトスワフスキさん自身のピアノを触って、色々なヒントを得たとありましたが、曲を貰ってから初演まで、どのくらい作曲者と意見交換をしたのでしょうか? ツィメルマン:まず最初に、ルトスワフスキ氏は私に俳優のように演じて欲しい、大げさなアクションをして欲しい、とおっしゃったのではないことをはっきりとお伝えしたいと思います。ルトスワフスキ氏が言いたかったことは、安直な職人芸のように、その部分を弾きこなすことを追求するのではなくて、ドラマ・オブ・ミュージック(音楽のドラマ性、音楽の大きな流れ)を大切にして表現して欲しいということを伝えたかったのだと思います。音楽の部分、部分ばかりに気をとられて練習するのではなくて、音楽の持つ力、全体像を的確にとらえることを忘れないで欲しい、ということを言いたかったのでしょう。 鯛中:ルトスワフスキさんのコンチェルトはとても複雑ですが、ツィメルマンさんの演奏を通して、それぞれの楽章が持つムードや感情がとても強く感じられ、又、素晴らしい曲の構成感により、全体を通して1つの大きなドラマを追っていく様が手に取るように分かり、曲の複雑さを忘れて、非常に興味深く聴くことが出来ました。ルトスワフスキさん自身も生前、「自分の作品はバッハやブラームス等、通常のクラシックコンサートで演奏される作品と並べて演奏して欲しい」と望んでいたようですが、まさにバッハやブラームス等の作品で感じられるものが、そのままルトスワフスキさんのコンチェルトにおいても感じられました。2年前のピティナ主催の講座や、先月の講座で「音楽においてもっとも大切なのは時間である」と述べていましたが、その意味を先日の演奏によって再認識出来た様な気がします。 ツィメルマン:あなたが好意をもった女の子に接しはじめた時のように向き合ってください。大切にし、よく話を聞いて、理解しようとつとめてください。その女の子が発するいろいろなシグナル(サイン)に敏感になって・・・。 冨永:先日の講演会では非常に流暢なドイツ語で、2年前には英語によるツィメルマンさんの講演会を聞き、お話される内容からも、とても多彩で博学なイメージを持っています。音楽家としても社会人としても充実した中身を持つには、20代の私達が今すべき事、心掛ける事とは何か、アドヴァイスをいただけたら嬉しいです。 ツィメルマン:私は今の若い世代を、とても信頼しています。これは何もプレッシャーを与えようとして言っているのではなく、私にも22歳の娘と、20歳の息子がいますが、彼らの世代がこれからの時代を担っていってくれることに、とても大きな希望を持っています。私が、あなたたちくらいの年齢の時に、もっと世の中のことに興味を持ち、もっと成熟した人間であったら・・・と願っているほどです。現在は、いろいろなことが複雑に絡み合っていて、今まで普通にしていたことも、どこかおかしくなってきているような部分があります。常にさまざまなことに問題意識を持ち、目を大きく見開いて、時にはこれまで培われていたことを考え直したり、整え直したりする必要があるかもしれません。しかし、そのことを恐れず、勇気をもって歩んで行って欲しいと考えています。いろいろなこと、というのは、決して音楽のことのみについて話しているのではありません。私は音楽家である前に、常に人間としてどう生きるべきか、どう成長していくべきかを考える人でありたいと思っています。 西本:ツィメルマンさんにとって、ピアノや音楽はどんな存在か?また人生で一番大切なことは何でしょうか? ツィメルマン:ピアノや音楽は、私の家庭に(両親は単なる音楽愛好家でしたが)常にありました。ピアノを弾く、音楽を聴くということは、私にとって息を吸うようなもの。空気のような存在です。 西本:メカニカルな部分でのテクニックを磨く為に、効果的だと思われる練習方法があったら教えて下さい。 ツィメルマン:私はこれまでに一度もテクニックのための練習、というものをしたことはありません。もちろんテクニックのための練習方法などがあることは知っていますが。私はテクニックというものにとらわれることなく、そんなふうに演奏したいのか、どのような音楽を表現したいのか、音楽そのものを見つめて欲しいと思います。そうしているうちに、テクニックというものは後からついてくる、備わってくると思うのです。 一同:ありがとうございました。 ツィメルマン:みなさんも、とても良い質問をありがとう。 取材・文:毛涯 達哉
クリスチャン・ツィメルマン Krystian Zimerman(ピアノ/Piano)
ポーランドのサブジェに生まれる。1975年にはショパン国際ピアノコンクールに史上最年少の18歳で優勝して、一躍世界の音楽界に知られる存在となった。 バーンスタイン、カラヤン、ブーレーズ、ジュリーニ、マゼール、小澤征爾、ムーティ、ラトルら多くの卓越した指揮者と共演している。CDはドイツ・グラモフォンの専属契約の下に数多くの権威ある賞を受賞している。 近年日本における活動では、ギドン・クレーメルとのデュオコンサート(2007年)や、チョン・ミョンフン指揮 東京フィルハーモニーとの共演(2008年11月)で、ツィメルマンに捧げられたピアノ協奏曲(ルトスワフスキ作曲)における名演奏が大きな話題となった。 ツィメルマン・ピアノリサイタル予定 <ソロリサイタル> <協奏曲> ヴィトルト・ルトスワフスキ : ピアノ協奏曲 / Koncert na fortepian i orkiestre
その生涯を通じ新古典主義、民族主義、前衛など多様な音楽スタイルを提示してみせたルトスワフスキ(1913~1994ポーランド)だが、彼の唯一のピアノ協奏曲は円熟した創作期である1987~88年に作曲された。クリスチャン・ツィメルマン 氏に進呈。部分的に「偶然性」の要素や、調性感ある音響、クライマックスの形成、ルトスワフスキ自らが考案した「チェーン」形式を盛り込むなど、多彩なファクターが散りばめられており、繊細で高度な技術をもってして実現したピアノ協奏曲の傑作である。 |