第13回:特別インタビュー「譜読みマイスターに聞く!」第3回 三ッ石潤司 先生・後編
第3回 三ッ石潤司 先生・後編
前回のインタビューでは楽譜を「読む」ことの捉え方を考え直すきっかけを沢山いただきました。今回はさらにそれをどのように発展させていくかを伺っていきます。
兵庫県生まれ。東京藝術大学作曲科卒業、同学大学院博士課程(音楽学)単位取得。アンリエット・ピュイグ=ロジェ女史にコレペティツィオン、伴奏を学ぶ。その後1988年よりウィーン国立音楽大学に学び翌1989年より教育科、作曲指揮科講師を経て、同学で初めてのアジア人声楽科専任講師としてリート・オラトリオ科でエディット・マティス教授のアシスタントなどを務める。その傍らウィーン(国立歌劇場オペラ研修所)、パリ(オペラ・コミック、シャトレ)を始めヨーロッパ各地の劇場や音楽祭でコレペティートア、またロームミュージックファンデーション主催の音楽セミナー(指揮指導小澤征爾氏)講師として活躍した。2008年に帰国し、日本各地でコレペティートア、伴奏者、作曲家として活動。特にバリトン河野克典氏、ソプラノ浜田理恵氏との共演は数多い。作曲家としては音楽遊戯「アリスの国の不思議」の制作初演(東京・兵庫2016、翌年沖縄にて再演)、また東京混声合唱団委嘱の「祈り―2016」(東京2017)は好評を博した。教育者としては武蔵野音楽大学教授(2018年度新設のピアノコラボレイティヴアーツコース主任)ならびに東京藝術大学講師として伴奏法、声楽コーチ、演奏解釈を中心に後進の指導にあたっている。長年の功績に対して2009年にオーストリア共和国功労金章受章。
大学時代からその辺りは考えていましたが、やはりアンサンブルをするようになってから特に強く意識するようになりましたね。ドイツ語やフランス語を学び、わからなかったものがわかったような気がしてきました。例えば"しっとり"という言葉を、言葉で説明できなくても体感はできるように、語感と旋律、伴奏音型が密接に結びついていることを実感するようになっていったのです。
もちろんです。例えばモーツァルトのオペラを観てみると、音楽をどう語らせているか、がよくわかり、またそれを理解するとフレーズをどう理解していけばいいかがわかってきます。
フレージングの作り方と文章の切れ目が似ているということを意識し、その中でどのような和声が配置されているかということがわかっていなければいけないし、指導しなくてはならないと思うのです。全部がすぐにわからなくても構いません。でも先生がそれを見せる、ということは大切だと思います。読み書きでも同じですよね。あと私が常々思っていることがあります。たとえば幼稚園などで、子どもでもよく知っているような「いたぁだきぃますっ!!!」を一斉にベタッと 発声して言うでしょう?おかしなアクセントをつけて...こういうところから音楽につながるフレーズ感を失ってしまうように思うのです。
文法として正しいだけではだめなんです。正しい文脈の中でどのように言葉がつながり、切れているかということをきちんと理解しないと...。特に子供たちに教えるにあたっては最初からゆっくりやっていかなければと思います。
電話に出るときや、お店で"いらっしゃいませ"と言う時など、突然本来の声よりも高くなるのも不自然ですよね。少なくとも、普段の会話では自然なイントネーションを目指す教育があるべきかなと思います。
演奏するときに、ピアノという楽器の性質を忘れてしまっている人が多いですよね。ピアノはやはり打楽器なので、すべての音が打鍵後には必ず音が減衰してしまいます。なので声楽や弦・管楽器のようなフ レーズをつくるのは、そこに留意せずに弾くだけでは不可能です。他の楽器より100倍くらいは強く想い 、音色を作っていかなければ...。それなのに、そのことを忘れて叩いてしまっている演奏が多いんですよね。それが音楽的な演奏の大きな弊害になっていると思います。やはりピアノという楽器の特殊性を踏まえなければ。長い音はある程度強く打つ必要のある場合も多いし、またフレーズ上、長い音から次の短い音につなげるときには、フレーズがきちっとつながって聞こえるように耳で調整して...。アクセントがつい てしまうと新しいフレーズになってしまいますから。いかに耳を使うか、音色を想像して演奏するかがカギになってきます。
管楽器や声楽、弦など他の楽器は息の流れがあるので、途中から大きくも小さくもできます。でもピアノはそうじゃない。オルガンも(強弱を作るペダルもあるにはありますが基本)全部同じ音量ですね。鍵盤楽器は一度に音を たくさん出せるしリズムも刻むことができ、音域も広いですが、メロディが"歌えない"楽器だという認識がないんですよね。ピアノは声楽や弦・管楽器の奏でるメロディに匹敵することはできなくて、不可能を可能にしなくてはならないんです。なにしろ呼吸というものが理解しづらい楽器ですから、そのぶん和声や対位法がどのように音楽の表現に結び付けられるのかを考えないといけないと思います。
みなさん演奏する作品を「アナリーゼ(分析)」していると思います。でも、ただ構造や和声の分析を机上で学習するのでは意味がありません。作品の文脈を読み取り、段落分けし、意味を読み解いていく...それがアナリーゼなんです。それによって作曲家が楽譜に書き残したものに感動し、その感動を演奏へとつなげていかなければなりません。ですから、演奏する 人は作曲もすべきだと私は思います。どういう文脈で音楽が書かれているかということを実感するためにとても効果的です。もちろん上手である必要はありません。ただ、自分で作曲してみることで、国語の作文の経験を通じてもわかるように、後世に残った作品たちがどれほどの名文で書かれているかをわかるこ とが重要なんです。
数多くのアンサンブル経験を持ち、作曲もされる三ッ石先生だからこそお伺いできたお話がたくさんのインタビューでした。三ッ石先生、ありがとうございました。
次回の記事では、アンサンブルのための"譜読み"について考えていきたいと思います。
国立音楽大学演奏学科鍵盤楽器専修(ピアノ)卒業及び音楽情報・社会コース修了を経て、同大学大学院器楽専攻(伴奏)修了。同大学院博士後期課程音楽学領域に在学中。主な研究対象はF. リストの歌曲作品。ドイツ・カールスルーエ音楽大学に協定留学。ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州財団給費奨学生。DAAD(ドイツ学術交流会)「ISK(語学研修奨学金)」奨学生。アリオン音楽財団2007年度<柴田南雄音楽評論賞>奨励賞受賞(史上最年少)。伴奏を中心とした演奏活動、複数の音楽雑誌への毎月の寄稿、CDライナーノーツの執筆及び翻訳を行う。