第7回:インタビュー「譜読みマイスターに聞く!」 第1回 秋山徹也先生
第1回 秋山徹也先生
これまでの記事では、「譜読み」について、色々なご意見やお悩みを伺ってきました。読者の皆さんはそれぞれのやり方で作品に向き合っていることと思いますが、必死に弾けば弾くほど、悩んでしまうこともありますよね。そんなとき、ピアノから少し離れて楽譜を「読む」ことが演奏に大きな力をもたらしてくれます。
この連載では楽譜を「読む」エキスパートの方々を「譜読みマイスター」と呼び、インタビューを行うことにしました。第一回は秋山徹也先生に「アナリーゼ」の効果についてうかがいます。
「よい演奏」をすることだと思います。言い換えれば「よい演奏」をするために、今どこが問題で、それをどのように解決したらよいのかを考えれば、何を分析すればよいかが決まります。
アナリーゼ=和音分析、というような風潮はありますが、和音分析をしただけで、演奏に直接結びつくアイディアが出てくる、ということではありません。重要なことは、目的を持つことだと思います。アナリーゼ(分析)は、目的を解決するための一方法です。分析のための分析になってはいけません。「よい演奏」をするために、今どこが問題で、それをどのように解決したらよいのかを考えれば、何を分析すればよいかが決まります。まずは「何をしたいのか?」を考えるとよいでしょう。その目的に応じたアナリーゼが、よい演奏に繋がるのではないでしょうか。
例えば、レッスンで先生から「歌って!」と言われるようなことはありませんか?減衰楽器であるピアノで「歌う」ように弾くことは、実際とても難しいです。そこで、音色やフレージングの工夫が求められます。多彩なフレージングを導き出すためには、特徴のある和音をさがして、その和音の種類と役割を分析してみるとよいでしょう。色彩を使い分ける方向性が見えることに繋がります。また、和声を一度簡単な形にまで還元して、フレーズのまとまりを探しだすことで、表現に結び付けることもできるようになります。
「退屈な演奏を避けたい」ということでしたら、曲の構成を分析するとよいでしょう。各部分がそれぞれにどのような役割をもっていて、どのように表現すればよいかを考えるとよいのです。同じ旋律や和声の繰り返しがあったとしても、前後の部分との関係によって強弱のコントラストをつけたり、ルバートしたり、と音楽に起伏を作っていくことが可能になります。
確かにその通りです。アナリーゼは、紙の上でよく考えて分析するということも大事ですが、今弾いている部分が何調なのか、などがある程度すぐに答えられる状況でなければ、体感的にすぐに役立つ、というようにはいきません。例えば、今弾いている部分の特定の和音が特殊なものであると気付いたとしましょう。「変わった和音だな」、という感覚を持つことは大事で、その和音の成り立ちを分析することは大事です。しかし、和音の種類についての知識や、その和音がもつ色彩感などを体得できていれば、分析というプロセスを省略してすぐに演奏に反映させることができます。
他にも同様の例はあると思います。例えば、スコアリーディングはピアノ演奏に直接結びついているとは考えにくいかもしれません。しかし、ピアノ曲の中には、オーケストラの編曲版などもありますね。どのような楽器が各旋律に振り当てられているか、などをみるには、スコアリーディングは不可欠です。
したがって、とくに序列をつけずにソルフェージュ能力を基本から着実に訓練することが重要だと思います。
アナリーゼを特に強く意識するようになったのは、生徒に指導するようになってからです。それまでにも分析ということに気を配っていたつもりですが、指導の場面では特に重要性を感じるようになりました。
音楽のいろいろな場面で、「ここはこのようにしたらよいのでは」というアドバイスを送ることはあると思いますが、「なぜそうなのか?」を説明できないと説得力がありませんね。単に、「だれかがそう演奏しているから」とか、「このように弾くのがふつうだから」では、説明になりません。また、音楽にはいろいろな解釈があってよいと考えていますが、でたらめな解釈であったり、様式をあまりに逸脱する解釈であったり、不統一な解釈であったりするのはよくありません。これらを避けた上で、いろいろな解釈に対応するためには、解釈のさまざまな可能性を考えておかなくてはならないでしょう。そこで、アナリーゼによって、いろいろな曲の解釈を柔軟に考えられるようにしておかなくてはならない、と痛感したのです。演奏だけでなく、指導の現場で生きるのが、アナリーゼの力だと思っています。
秋山先生、貴重なお話をありがとうございました。「アナリーゼ」をすることそのものが“目的”となってしまい、いつの間にか“いい演奏をするため”の「アナリーゼ」だということを忘れてしまいがちですよね。
取り組む作品で“何を表現したいのか”ということを明確にし、その表現の為に和声や音色、フレージングについて試行錯誤していくことが大切ですね。その為には音楽の基礎的なことを改めて見つめ直していく必要も出てきます。「アナリーゼ」をすることは、自分の演奏に対する問題意識そのものと向き合う、ということにもつながるのではないでしょうか。
次回ご登場いただく「譜読みマイスター」は、ピアニストの久元祐子先生です。演奏者の立場から日常的にどのように「譜読み」と向き合っているのかを伺います。
国立音楽大学演奏学科鍵盤楽器専修(ピアノ)卒業及び音楽情報・社会コース修了を経て、同大学大学院器楽専攻(伴奏)修了。同大学院博士後期課程音楽学領域に在学中。主な研究対象はF. リストの歌曲作品。ドイツ・カールスルーエ音楽大学に協定留学。ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州財団給費奨学生。DAAD(ドイツ学術交流会)「ISK(語学研修奨学金)」奨学生。アリオン音楽財団2007年度<柴田南雄音楽評論賞>奨励賞受賞(史上最年少)。伴奏を中心とした演奏活動、複数の音楽雑誌への毎月の寄稿、CDライナーノーツの執筆及び翻訳を行う。