連載「みんなの譜読み」では、読者のみなさまの声をいただきながら、譜読みやピアノ練習にまつわる課題を浮き彫りにしてまいります。アンケートへのご協力お願いは恒例のものになるかもしれません。次回以後の連載記事充実のため、ご協力をおねがいいたします。
第5回:演奏の「引きだし」を広げるには・・・ その2『アナリーゼ』
その2『アナリーゼ』
前回の記事では、「音源」の使用で演奏解釈の幅を広げることについてお話しました。音源を聴くことで、新たな発見をすることができ、自分の演奏に広がりも生まれます。
一方で、デメリットは「自分の解釈に迷いが生まれる」ことでしょうか。音源の演奏を参考にしたところ、自分の演奏や解釈に自信を失ってしまったというご意見も頂きました。
他の人の演奏を聴いて迷うのではなく、「発見」のためのツールとして、自分の解釈をもっと充実させるには、その曲を自分が「どう弾く(きたい)のか」はっきりとしておく必要があるでしょう。
「どうしたらいいかわからない」から音源を聴くこともありますが、おぼろげでも自分の演奏の設計図があることで、「このメロディの歌い方、とてもステキだな」、「このテンポ感いいな」などと、音楽をデザインしていくための手段を見つけられるのではないでしょうか。
そこで、本日はその「設計図」を作るためのツール、「アナリーゼ」について考えてみましょう。
「アナリーゼ」は「(楽曲)分析」を指す言葉です。調性や和声進行、拍子やリズムといった楽曲の全体像(または詳細)を把握していきます。
会話やプレゼンテーションなど、言葉で「伝えたい」という想いを形にする為に、話す順序や速さ、使う単語、抑揚、表情など、色々な工夫をすると思います。これは演奏にも置き換えられます。例えば以下のようになるでしょうか。
話す順序(起承転結) | 作品構造(形式) |
話す速さ | テンポ |
使う単語 | 和音や対旋律の響かせ方 |
抑揚 | 旋律の歌い方 |
表情 | 音色やペダリング |
演奏によって作品の魅力や自分の想いや解釈を誰かに「伝えたい」と思ったとき、「なんとなく」では「対 自分」の演奏になってしまいます。
「何を伝えたいのか」、伝えたい想いを「どうしたら伝えられるのか」を考えるため、またはそれをよりスムーズに行う為に「アナリーゼ」は大きく役立つはずです。
それでは、アナリーゼをすることが、演奏のためにどう役立つのか、改めて振り返ってみましょう。この質問にはたくさんのお答えを頂きましたので、前回の記事で取り上げられなかったものを項目別にしてご紹介します。
- 曲の頂点や、1番の底、変わり目などに、呼吸の吸うスピードや量、吐く息の暖かさや勢い、太さなどを加えると、メリハリが効くようになった。
- 調性が違うと音色が違う。「明るい」、「暗い」といった表現をするためにも調性を知っていると役に立つ。
- 曲の流れや構成を理解しながら弾く方が、何も考えず思うままに弾いていた時よりも、意志のある演奏ができる。
- 曲の背景を知るとイメージが膨らむ。和声進行も理解できると、より自分の音を聴けるようになると思う。
- 作曲者の時代の本などを読むと、曲のイメージとか、雰囲気が少しましになったと言われた。
- ショパンの「バラード第1番」を発表会で弾くために練習していたとき、曲が作られた頃にショパンに何があったか知ることでイメージしやすくなった。
- バッハの「平均律」は分析なしには弾けない。
- 特にバッハはテンポを変えないように言われていたので、テンポ以外で変化を感じるのに分析が役立った。
- 調性を理解することで、臨時記号が多い部分の譜読みが楽にできるようになった。
- ジャズや12音技法の曲などでフレージングや和声を分析したら、「何でこんなフレージングなの?」という疑問が少しずつ解決した。
- 複雑な和声の曲で弾くことが躊躇われたとき、大雑把でも和声を分析すると、弾きやすくなった。
- 構成も論理的に掴めるようになるので、暗譜より早く、確実になる。
- 和声を分析することで、暗譜しやすくなった。
- 特にロンド形式やソナタ形式の場合、分析をして、「第一主題まで」などのように区切って暗譜するとわかりやすい。
構成(形式)、和声進行、旋律の動き、終止を把握することで、曲の流れや旋律の歌い方がわかり、楽曲とのお付き合いがより楽しくなるようですね。
実際に作曲家や曲例を挙げてくださった方もいますが、特にバッハをはじめ、バロック期前後の作品の原典版の楽譜を見ると、アーティキュレーションやデュナーミクなどの指示が全くないため、自分で表現を考えなくてはなりません。そんなときにはやはり旋律の動きや和声進行を頼りに表現を工夫していくことが求められます。
ただ、「譜読み」や「分析」に入る段階で楽曲に「壁」を感じてしまう方も非常に多く、自分で考える前に「音源」を聴いて混乱し、最終的に完成まで時間がかかるということになってしまうケースがあります。
では、曲に取り組む最初で、皆さんは何を難しいと感じるのでしょうか?項目別にご意見をご紹介します。
- 短時間で膨大な音を把握するような速いテンポの曲だと、目と脳が追いつかない。
- 単位時間内で処理(聴き分け・弾き分け)すべき情報量が多い。
- フレージングを考慮して適切な運指を決めること。
- 臨時記号が多いと内声や和音が把握しづらい。
- 譜読み段階では指定のテンポでは弾けず、曲のイメージがつかみにくい。
- 拍子やテンポを一定に保てない
- 現代曲などは、曲が仕上がるまでイメージがつかみづらい。
- 現代曲では自分の想像の和音進行や音などもし譜読み違えて弾いていても違和感を覚えにくく、参考音源が無い限りは殆ど気付けない。
- 現代曲は曲が頭に残りにくいので、慣れるまでかなりの回数、繰り返し練習しなくてはいけない。
- 音符を目で見て、その音の鍵盤を押し、耳と体で曲を覚えないと弾けるようにならないため、音が多くテンポが速いとより時間がかかる。
- 和声進行が複雑だと鍵盤上での手の運びも複雑になる。
- 指が簡単に届く音域ではないと、動きを覚えるのにより頭がついていきづらい。
頂いたご意見を総合すると、音や表現に関する多くの情報を把握して、身体に伝えるということに難しさを感じているようです。
既に述べたように、「譜読み」では、話をするときのように、ある程度音楽の内容や流れを明確にしてから音を発していかなければなりません。
特に「初見」では、弾いている楽節や小節の先を見ながら演奏していかなければならないため、反射的にそれを行っていく必要がでてきます。
これらはもちろん簡単なことではありません。ただし見方を変えれば、「譜読み」は、「話す」ことと同じく、自分の中に「語彙」となる和声感や、音型を「掴む」身体の扱い方などをストックしておくことでどんどん上達して、スムーズな「語り掛け」ができるということでもあります。
次回は「アナリーゼ」についてさらに検討し、さまざまな状況に応じた「譜読み」のあり方について考えていきましょう。
国立音楽大学演奏学科鍵盤楽器専修(ピアノ)卒業及び音楽情報・社会コース修了を経て、同大学大学院器楽専攻(伴奏)修了。同大学院博士後期課程音楽学領域に在学中。主な研究対象はF. リストの歌曲作品。ドイツ・カールスルーエ音楽大学に協定留学。ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州財団給費奨学生。DAAD(ドイツ学術交流会)「ISK(語学研修奨学金)」奨学生。アリオン音楽財団2007年度<柴田南雄音楽評論賞>奨励賞受賞(史上最年少)。伴奏を中心とした演奏活動、複数の音楽雑誌への毎月の寄稿、CDライナーノーツの執筆及び翻訳を行う。