第25回 宮澤功行先生
札幌の地下鉄澄川駅より徒歩2分。春には満開の桜に包まれ、遠くには山々の峰を望む閑静な住宅街の一角に、趣のあるレンガ調の建物が一際目を引きます。
札幌から全国へ、そして世界へと発信する札幌コンセルヴァトワールは今年校舎新設 20周年を迎えました。
宮澤功行先生は、ピティナ評議員を務める他、毎年世界各国の国際コンクールに審査員として招聘を受けています。揚原祥子、干野宜大、上杉春雄、川上昌裕などの著名なピアニストを多数輩出していることでも有名です。
また2001年には20年連続ピティナ指導者賞の実績を評価され、トヨタ指導者特別賞を受賞されました。
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1.自分自身が挑戦し続けること
◆宮澤先生のレッスン風景
宮澤先生のレッスン風景ですが、今回は佐竹茉梨子さん、山田真琳さんのレッスンにお邪魔しました。曲はモーツァルト:ピアノ協奏曲第20番K.466 第一楽章 です。宮澤先生がオーケストラパートを演奏しています。
レッスン風景ビデオは 「おしゃべりNETTV」の「情報トピックス」のコーナーよりご覧ください。
─ 先生の教育実績の一つとして、生徒さんのコンクール入賞歴がありますよね。
「コンクールをひとつの例として挙げた場合,私はいつも「より優れた」「より魅力的な」音楽を目標にしています。その結果として30年に渡って必ず上位入賞をしてきました。やはり落ちるより入賞する方がモチベーションも上がります。こうした中から優秀な人材が生まれ、実績になっているのかもしれません。」
─ やはりコンクールというのは先生の指導力が重要ですよね。
「コンクールはある意味で先生も「挑戦者」でなくてはなりません。コンクールは生徒を通して、先生も試されているのです。「才能」というのは生徒自身が持っている力。先生がその才能を引き出すわけで、先生自身も常に勉強していなければ生徒も伸びません。このようなクリエイティブな仕事には常に先生自身が目標を持った挑戦者でなければ生徒の道は開けないと思っています。」
─ 具体的にレッスンの特徴、ポリシー、オリジナリティなどお聞かせください。
「生徒によってケース・バイ・ケースですが、私の場合『単なるピアノを教えるのみの先生でありたくない』という考えがあります。次の4点を念頭にいれて指導にあたっています。」
1. Education :いまだ未熟な生徒にはその能力を引き出す=Educe
2. Care :自身で考える子供にはケアする、助ける、手伝う
3. Chance :様々な演奏機会を与える、チャンスを作る
4. Support :生徒の活動を応援、支援する
─ 先生が継続して前進し続けていることとして、札幌コンセルヴァトワールの特徴の一つでもありますが、常に国際的な視点に立っていらっしゃることが挙げられると思います。
「私の理想は吉田松陰の松下村塾、本居宣長の鈴屋塾に見られるような考え方なのですが、密度が濃ければどんなに小さくても良いと思っています。北海道に居ても国際的な視野を持つこと。音楽を通して人間としての『志』を持つこと。それによって品格や品性が磨かれ、一人一人が国家の宝になります。どんな土地にいてもグローバルな視点を持たなければ視野が狭くなり独り善がりになります。
そして社会的実践。常に社会的にアプローチしていくことは音楽家にとって不可欠です。」
─ 先生はいつもパワフルでポジティブ、そして常にエネルギーが漲っていらっしゃいます。最初に掲げた『志』が変わらずぶれることもなく活動し続けることができる源は何でしょうか。
「どうしてここまで頑張れたのか、理由は3つありますね。まず一つに幼少の頃、医者に三度も死ぬと言われたほど非常に病弱であったこと。私の信仰するミューズの神が生かしてくれたとの思いが強く、ミューズの神に奉仕するのが命の代償だと思っています。
二つ目に、子供を見ると未来を感じること。自分の子供も含め、レッスンに来ている子供たちに未来・永劫を感じるのです。次代を担う子供たちを立派に育てていきたいのです。
三つ目に、後進へ夢を与えていきたい、成功モデルを作っていきたいと思っています。成功モデルの一つに、芸術を学ぶ場として環境は非常に大事です。生き方が素敵になる、素晴らしくなる、というのはすべて文化の力なのですから。また既存のものを越えさせてくれる力、例えばピティナ北海道支部局長 石川越章氏のような良い方との出会いは発展と成功を導く鍵です。」
教育消費 ~時間と空間を超えて~
─ 多忙な毎日をお過ごしの宮澤先生ですが、腕時計をしていらっしゃいませんが。
「私は日本にいるときは勿論、海外に行っても時計は持ちません。時間と空間を超える教育という発想で、現実のものに縛られることなく様々なものが生まれ、また当初からの志であるグローバルな視点も広がりました。現実を善しとしていたらヨーロッパ展開のような活動は生まれてこなかったでしょうね。」
─ お嬢様の宮澤むじかさんもピアニストとして活躍されています。
私の二人の子供たちにも時間と空間を超えた教育を実践してきました。生徒に対するのと同じように、自分の子供に対しても理想を実現化してきました。子供を育てるにはボキャブラリーの豊かさも重要なポイントかもしれません。」
─ むじかさんへのレッスンはされていたのですか?
「娘には、求められない限りピアノのレッスンはしたことがありません。ヒントを与え子供自身に考えさせる時間が大切との思いからです。」
─ 先生の基本的な教育概念は何でしょうか。
「私は『教育消費』という考えで子供を育てています。楽しんでやる、楽しんで使うことが「消費」です。教育投資、教育奉仕という概念では子供にプレッシャーを与えますし、子供自身もどこか卑屈になります。「消費」の場合は喜びを持って教育することができます。基本的にこの考えがあるからこそ、子供を成功へと導いているのです。」
3.札幌コンセルヴァトワール~自分の能力を発揮できる場~
(1)創造的破壊
-様々な活動を行ってきた札幌コンセルヴァトワールは今年校舎新設20周年を迎えました。
「より多くの方、社会の協力を得ながらここまで来ましたが、最初に打ち立てた『志』は全くぶれませんでした。今年20周年記念として多くのコンサートを企画・開催していますが、これらは今までの総集編として、また今後発展していくための道標として行っています。
今までの自分の活動を考えてみましたら、主に3期に分かれると思います。第1期は世の中にとにかくまともにぶつかっていった時代。第2期はロマンティックな概念の時代。現在は第3期にあたりますが、コンセプトはクラシック。既存のものを、本当の意味での一流、高尚な、典雅な、本物の音楽芸術に発展させたい思いでいます。」
─ 札幌「コンセルヴァトワール」という名前はどうして付けられたのですか?
「コンセルヴァトワールの元々の<正当・保守的>などの意から名付けました。現実社会へのアイロニーです。既存の音楽世界に対して、どんなに小さくても密度が濃ければ「これがまとも、これが本当」というものを打ち出してゆけるという思いから名付けました。」
─ 今年校舎新設20周年を機に札幌コンセルヴァトワールはリフォームをしましたが、動機は何でしょうか。
「保守的な人であれば、コツコツ積み上げてきたこの形をそのまま残していくでしょうね。しかし、外側が変わることで内側も変わる、リフォームすることによって中にいる人間も蘇る、そう思います。心の中も生き返りますのでこのようなクリエイティブな仕事にはイノベーションと創造的破壊は不可欠です。」
◆札幌コンセルヴァトワールの校舎リニューアル紹介ビデオ
ビデオは 「おしゃべりNETTV」の「情報トピックス」のコーナーよりご覧ください。
(2)札幌コンセルヴァトワールを拠点として
─ 札幌コンセルヴァトワールには毎年世界各国から著名な教授が来られますね。
「この点は当校の大きな特長の一つです。世界中の教授とお会いできることは私自身にとりましてもカンフル剤となっています。札幌にいながらにして海外の教授のレッスンを受けられることは、生徒たちにとって大変貴重な経験ですし、グローバルな視点を持つことができます。また、当校を巣立った桐朋学園大の干野宜大先生は、今後当校の客員教授として札幌コンセルヴァトワールの後進の指導にあたってくれることになりました。素晴らしい先輩が沢山いることは子供たちにとって幸せなことです。」
─ 「クラシック」をコンセプトにリニューアルした札幌コンセルヴァトワールですが、 先生にとりましてどういう場になってほしいと思いますか。
「芸事はエンドレスです。生涯学び続けることができます。札幌コンセルヴァトワールが生徒にとっての学び舎であり、中継地であり、また音楽上の故郷になってくれればと思います。音楽を学ぶ場としてこんなに素晴らしい場があるのだと、皆に伝えていきたいのです。また「クラシック」と云う第3ステージが私の人生で一番面白くなりそうな予感がします。若い後進に場を作り、私のイデーを広げていってもらいたいですし、自分がその礎になればと思っています。」
4.生徒さんインタビュー
~現講師(元生徒)と現生徒さんに聞く!宮澤先生・札幌コンセルヴァトワールについて
インタビューにご協力いただいた方:阿部志津先生、加藤亜希子先生、武田麻実さん、佐竹茉梨子さん、木村麻里江さん・友梨香さん姉妹、川口春霞さんのお母様
─ 宮澤先生はいつでもとにかくパワフルで全身全霊でレッスンしてくださいますよね。
木村(友):「よく歌ってレッスンされますが、それに踊りがつくこともありまさに全身でレッスンしてくださいます。」
佐竹:「音楽だけでなく人としての生き方が情熱的だと思います。」
阿部:「とにかく熱心に、全生徒に全エネルギーを注いでレッスンをされていたことが特に印象的です。レッスン以外の面でもトータルケアをしてくださいました。」
─ レッスン以外の面での支えは精神的に大きいと思います。
阿部:「そうですよね。たとえば、次の日の本番に備えてベストな状態に持っていけるように食事のアドバイスをしてくださったり、前日によく眠れるように気付け薬としてワインを勧めてくださったこともありました。」
─ 宮澤先生の「音」に対する追求は終わりがないですよね。
武田:「よく『金の音を』と言われます。真鍮や鉛の音ではなく一番欲しい一番よい音を、と。」
木村(麻):「『耳のブレンダーになりなさい』と言われたこともあります。音楽的な音を自分で聴き分けて演奏するということですね」
川口:「先生ご自身の音がとにかく素晴らしく、初めて耳にした時、今までに聴いたことのないような素晴らしい音色に感動しました。先生に気づかれないように感動の涙を流していたこともあります。」
─ 宮澤先生の元生徒であり現在講師である今、札幌コンセルヴァトワールについてどう思いますか。
加藤:「自分もここで育ってきましたから、幼児から指導している生徒がどのように成長してゆくのかとても楽しみですね。」
阿部:「現在指導する立場になり、自分が学んできたことを伝える難しさを実感しています。宮澤先生の、生徒へ様々な角度から伝え、そして才能を引き出していく方法を学ばせていただいています。また、ここでは総勢20名の講師がいますが、日々向上し刺激しあいながら指導にあたっています。講師1年目は、生徒の頃にはわからなかった、先生方の陰の努力に感心させられてばかりでした。」
【編集後記:取材を終えて】
私が宮澤先生に初めてお会いし入門した時から20数年経ちました。エネルギーに溢れ毎日音楽の神に感謝していらっしゃるお姿は、今も全く変わりません。昔から、「座右の銘はインベンション、イノベーション」とおっしゃっていた先生。常に前向きで、生きる緊張感を持ち続けご自身を高めていらっしゃることを、このインタビューを通してあらためて実感しました。先生に出会って、どれだけ沢山の人が音楽の本当の素晴らしさを知ったことでしょうか。先生の魂の熱さにどれだけの人が心を打たれたことでしょうか。私自身、先生の生き方に感動を覚えた一人です。
今日も明るい笑顔の生徒たちが沢山レッスンにやって来ます。宮澤先生率いる札幌コンセルヴァトワールは未来に向かってこれからも前進し続けます。
(取材 : 札幌コンセルヴァトワール ピアノ科専任講師 村上和歌子)