第06回 青木篤子さん(ヴィオラ)
─ ヴィオラという楽器について教えてください。
弦楽器というとヴァイオリン、ヴィオラ、コントラバス、チェロがありますが、ヴィオラは音響学的に言うと、本当はあと10~14cmボディの長さがないと良い音が出ないんです。つまりバランス的には音が出にくい楽器なので、発音が少し遅れます。音になってお客さんの耳に届くまでが、ヴァイオリンやチェロに比べてちょっと遅いです。発音という面でも、音の豊かさの面においても、ヴァイオリンやチェロに比べたら構造上不利な楽器といえます。特にヴィオラは一人一人持っている楽器の大きさが違いますので、それぞれ音も全然違います。それが面白いところでもあり、難しいところでもあると思います。
オーケストラの中ではサポートが多いですね。そういう意味で、常にアンサンブルというか、回りにアンテナを張り巡らせるということに気を使っています。
─ オーケストラの中で、ヴィオラはどんな役割を担うことが多いのでしょうか?
陰鬱な暗い雰囲気を出すときにヴィオラの渋い音色を使う作曲家は古今東西います。ヴィオラは鳴らしにくい楽器ですが、逆に変わった音や奇妙な音も出せるので、近代以降は暗いだけでなく、コミカルな場面でヴィオラを使う作曲家も出てきています。例えばリヒャルト・シュトラウスに「ドン・キホーテ」という管弦楽曲がありますが、そのサンチョ・パンサのテーマはヴィオラなんです。ひょうきんというか人間味溢れると言うか、シリアスな場面で道化役。お芝居でいくとヒロインじゃないんです。ヒロインの恋敵とか(笑)。言ってみれば非常に個性的なキャラクター楽器ですね。一方で晴れ渡るような音色も出せます。幅広い表現ができる楽器だと思います。非常に美しい表現もできれば、えぐい表現もできる。名優が人間の美しい部分と醜い部分を演じ分けられるように演奏することができるんです。
─ アンサンブルについて、お聞かせください。
アンサンブルをするというのは、カウンセラーみたいな感じですよね。相手をどれだけ知るか。ソロばかりやっていて怖いのは、自分だけで全てを作り上げてしまうことなんです。ソロではそれがすごく大事なことで、自分で最初から最後まで演出しなければいけない。ただ、共演者がいる場合は、そのための余地を残しておくというか、他の人が入り込む余地が必要ですよね。凝り固まらないことが大事だと思います。私もヴィオラだけ弾いているとあまりそういうことは考えなかったんですけれども、オーケストラで弾く機会が多くなってからはそのように感じます。例えばJAZZのプレーヤーと共演することがありましたが、彼らはライブ本番で即興するために、周りへのアンテナの張り方が凄いんです。実際クラシックの本番でも何が起こるかわからないので、とっさの対応の時にはそういうことも必要だと思います。精神的に自分をコントロールするという意味でも、非常に役に立ちます。
また、ヴィオラを弾く側もピアノを弾いて下さる方も、いろんな引き出しがあると良いかなと思います。人それぞれ引き出しの増やし方はあると思いますが、なるべく色々な楽器と関わるということが大事ですね。他の楽器と関わると、逆に自分の楽器というものが見えてきます。アンサンブルをやって、「何が上手くいかないか」ということを追求することも大事だと思います。
─ 実際どんなピアニストだと、弾きやすいのでしょうか?
例えばコンチェルトの伴奏の場合、オーケストラのスコアまで勉強している方とはやりやすいです。例えば低弦のピチカートの部分が、まるでピアノの音ではないように聞こえます。いろんな音色を出して下さるんです。そういう方と合わせると、自分まで上手に聞こえます(笑)。オーケストラのサウンドを出せる人というのは、ソナタを演奏しても楽しいです。こちら側もヴィオラの音色を決め付けたくないので、それに付き合ってくれる方だと相乗効果が生まれますね。
─ ヴィオラと合わせる際に、ピアニストが注意しておくと良い点はありますか。
まずは楽器の構造がそもそも全然違うということが前提ですね。ピアノの方が音は出やすいと思います。 ヴィオラとのアンサンブルにおいては、ちょっとだけ呼吸を深く持つ、というのが基本にあるとありがたいです。それからピアノはとても音域の広い楽器ですよね。ピアノとヴィオラのためにかかれた曲の難しいところは、ヴィオラの音域とピアノが被ってしまうということです。合わせやすいピアニストの方は、どうしてもヴィオラを聞こえさせたいという時に、その辺のバランスを考えて下さるんです。バランス感覚がすごくいいんですね。例えば譜面にf(フォルテ)と書いてあるから、というのでは無く、「ヴィオラのf(フォルテ)はどんな感じなのか」、「ヴィオラの音域でのf(フォルテ)はどういう音が出るのか」等まで考えて下さいます。
─ 譜読みしておいて損はないヴィオラ曲はありますか?
まずはブラームスの2曲のヴィオラ・ソナタですね(Op.120-1、Op.120-2)。この2曲はコンクールの課題曲になることも多いです。それからヒンデミットのヴィオラ・ソナタ、バルトークやウォルトンのヴィオラ・コンチェルト。ヒンデミットには「白鳥を焼く男」というコンチェルトもあります。ヴィオラ奏者がオーケストラの入団試験で良く弾くのはシュターミッツ、ホフマイスターなどです。シューマンの「おとぎの絵本」あたりも見ておくと良いと思います。
─ 青木さんにとってアンサンブルとは
相手を知るということですね。相手を知り、自分も知る。アンサンブルをやることで、今まで気づかなかった自分を知ることも大きな魅力だと思います。