アンサンブル力を鍛える

第05回 野平一郎先生(作曲・ピアノ)

2008/07/11
第5回 第5回 野平一郎先生「アンサンブル体験が増えれば、ソロの表現の多様性も増してくる。」

ピアノは優れたアンサンブル楽器です。ピアニストの可能性を広げるアンサンブル力とは何かを楽器奏者、歌手、ピアニストのインタビューを通して探って行きます。第5回目はピティナ・ピアノ指導セミナーでもおなじみの野平一郎先生にお話を伺いました。

─ まず、先生が伴奏法講座を立ち上げた意図・目的を教えてください。

私は伴奏という言葉があんまり良くないと思っているんです。それは二重奏であって、決してどっちが主で、どっちが従ということはない。でも音楽の内容を理解することによって、この部分では自分は主、自分は従、というような事は分かってきます。1曲のなかでも主と従の関係というのは変わるので、そういう音楽の内容の理解から演奏を構築していくことをもっと徹底して出来ないかと思って始めたのが一つです。もう一つは、ピアニストというのは、伴奏者を見ても「私は何の伴奏が得意だ」という風になってしまう。僕が思うに、パーフェクトにすべてのことをこなすのは難しいけれども、ピアノというものを本当に理解するにはソロも必要だし、コンチェルトを弾くことも必要だし、室内楽や歌の伴奏も必要だろうと思います。だからこの講座では少なくとも2つの楽器ないし声楽と器楽のように、片方はやったことがあるだろうけれどももう片方はやったことが無いというようなものを必ず組み合わせて構成しています。第5回例えばヴァイオリンでは対応できなかったこともフルートではできる、フルートではこう対応するところがヴァイオリンでは役に立たないなど、様々なシチュエーションにピアニストを置くことで、ピアノへの、そして音楽への理解を深めていこうと思っています。
それにはまず、器楽奏者がピアニストにうるさい人であることが大前提です。ソリストには2種類いて、ピアニストはどうでも良いという人も実際います。今回出演の先生方編集者注)はピアニストにうるさい人達なんです。

注:漆原啓子先生(ヴァイオリン)、佐久間由美子先生(フルート)

─ 先生は、アンサンブルの基本とはどういうことだと思いますか?

一言で言うのは難しいですが...、抽象的な言い方になりますが、楽曲をよく理解するということだと思います。そのため、この講座では単に「ここをこうしたら」的なレッスンだけするのはやめることにしました。例えば日曜の午前中にデスクワークのような時間を設けて、楽曲を分析しました。作曲学的な分析というより演奏においてこれだけのことは知っておかなきゃならないだろうということを話し合い、それを午後に実践したり、器楽の先生に楽器の奏法を説明してもらい、実際に傍で聴くことで、こういう構造になっているとか、こんな音が出る、ということを実際に体験できる。そういう全てのことを網羅した講座でありたいと思っています。特にアンサンブルの場合は、自分は今何をしなければいけないかは、やっぱり楽曲の理解からしか生まれてこないですね。だから全体的に「あなたは小さいよ」とか「大きいよ」、という事だけじゃなくて、「この部分はこうだったけど、他の部分はもっとこうじゃなきゃいけない」、というような応用が利くことが大事。「一を聞いて十を知れ」です。


─ ピアニストにとってアンサンブルを学ぶ意義とは?

第5回

それはやはり、2人や3人で演奏する楽しみ、皆で何か一つのものを作るという楽しみを知って欲しいなということですね。ソロの演奏というのも決して1人ではなく、例えば3人でやらなきゃならないところを1人でやるのであって、そういう事はアンサンブルを体験しないとなかなか理解できません。また、作曲家はピアノの曲ばかりを書いているわけではなく、ある日は弦楽器の曲を書いたり、またオペラや歌曲を書いたりと、色々な曲を書くわけです。そうなると相互が関連しないはずがないですよね。例えばピアノ・ソナタのこのフレーズの書き方は弦楽器のこのフレーズからきている、ということが弦楽器の曲を知ると一目瞭然。それをソロの演奏に生かすにはどうしたら良いかということは別途を考えなければいけないのですが、まず根本的にそういうことを知ることが大切だと思います。
今年の講座はフルートとヴァイオリンでしたが、開催してみて感じたのは、ソロを中心に活動しているピアニストはレガートが足りない。ヴァイオリンとかフルートのように、レガートが非常に基本である楽器と共演すると、その欠点がやけに目立つのです。ヴァイオリンと同じフレーズを演奏しても、「どうしてヴァイオリンのように弾けないの?」となる。例えばモーツァルトの時代では、ヴァイオリンの曲をピアノで弾いたりピアノの曲をヴァイオリンで弾いたりと、互換可能だったので、皆関連があります。そういう部分は他の楽曲を知らないとわからない。アンサンブル体験が増えれば増えるだけ、ソロの表現の多様性も増してくると思います。


─ アンサンブルを体験することでソロにどのような影響が出てくるのでしょうか?

第5回

顕著に表れるものとしては、イマジネーションがもっと豊かになるということです。音色に対するイマジネーションですね。例えば歌の人と共演する時には歌詞がありますが、それは非常に馬鹿にできないイマジネーションの源泉です。器楽と演奏する時も、楽器のアーティキュレーション、表現、目指すもの、そういうことがピアニストにとってのイマジネーションの源泉になります。音楽はイマジネーションだから、それが働かないとどうしようもない。もちろん何にでも共通して言えることで、アンサンブルだけには限りません。


─ ソロ・ピアニストに共通する傾向というのはありますか?

勝手に弾くということですね。つまり人の呼吸感で弾けない。そして、人の呼吸感で弾けないということはリズムに問題がある。よく言うのですがリズムの客観性が足りない人が多いです。


─ 日本における室内楽の現状はどのように感じていらっしゃいますか?

皆が室内楽を楽しめる雰囲気になると良いですよね。音楽にスター性とかそういうものばかりを見ていると、室内楽は永遠に日が当たらない分野だと思います。だから、本当に音楽を理解して、好きで、本当に楽しんで聴けるか、聴衆のレベルも問われるわけです。何だか格好いいスターが出てきたけど、演奏はちょっと...という人もたくさんいます。もちろんスターで素晴らしい人もたくさんいますし、海外のスターはちゃんと室内楽もやるので、もっともっと幅が広いと思います。


第5回

─ アンサンブルの中でピアノの果たす役割は?

ある程度、指揮者的な感覚が必要ですね。つまり、3人でも4人でも、ピアノが含まれているということはピアノが一番多くの音を弾くわけですから、音楽の骨格を形作る役割を負わざるを得ないと思います。そういう意味ではピアニストの室内楽での経験とイニシアチブと共演者に与えるそのイマジネーションはすごく重要だと思います。


─ 野平先生にとって、アンサンブルとは?

やはり音楽でのコミュニケーションができる、ということだと思います。一人で弾いていると聴衆に対してのコミュニケーションは常にありますが、演奏者同士のコミュニケーションは無いわけです。だから、ちょっとしたフレーズを色んな楽器で回していくというような、そのちょっとした会話が楽しい。こちらが翳ったら明るく返ってきたとか、瞬時の様々なやり取りや会話がすごく楽しいです。音楽は本来楽しいものだと思います。だから本当に皆でコミュニケーションができて、皆が上手くいったと感じるところまで行くと本当に楽しい。ピアニストにはそういう楽しさを知って欲しいし、聴くほうにもそういう楽しさが生まれると良いな、と思っています。

(取材協力・写真提供  財団法人静岡市文化振興財団 静岡音楽館AOI

野平一郎先生 1953年生まれ。東京芸大、同大学院修了後、78年、フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院に学ぶ。卒業後も、各講習会やイティネレール、IRCAMにおいて、電子音響音楽やコンピューター音楽を学ぶ。ピアニストとして、内外の主要オーケストラにソリストとして数多くの初演に携わる一方、名手たちと共演し、伴奏、室内楽奏者としても活躍。作曲家としては、4曲のフランス文化庁委嘱作品をはじめ、数多くの委嘱作品があり、著名なアンサンブルやソリストたちによって演奏、放送され、主要作品はアンリ・ルモワンヌ社(パリ)より出版されている。その多彩な活動により各方面から大きな評価を受けている。武井賞(90年)、第13回中島健蔵音楽賞(95年)、第44回尾高賞、第46回芸術選奨文部科学大臣新人賞、第11回京都音楽賞実践部門賞(96年)、第35回サントリー音楽賞(2004年)、第55回芸術選奨文部科学大臣賞(2005年)を受賞。90~2002年、東京芸大助教授。2005年より静岡音楽館AOI芸術監督。
こちらで音源が試聴できます。
◆関連情報
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ピティナ編集部
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