第04回 最上峰行さん(オーボエ)
ピアノは優れたアンサンブル楽器です。ピアニストの可能性を広げるアンサンブル力とは何かを楽器奏者、歌手、ピアニストのインタビューを通して探って行きます。第4回目は学校クラスコンサートでもご協力頂いているオーボエ奏者の最上峰行さんにお話を伺いました
─ まずはオーボエという楽器について教えてください。
オーボエは管楽器の歴史で最も古い楽器の一つで、重なりあった二枚のリードを振動させて音を出す木管楽器です。ギネス・ブックには世界一難しい楽器として載っていたこともあります。練習時間よりはるかに多くの時間を費やしてリードを自分で作ってやっと音が出る楽器です。しかも一生懸命作ったリードが使えるとは限らない。一回演奏会で使ったリードは基本的にはもう使えなくなる事が多いので、その場で出る音はそれっきり、一期一会という感じです。とにかく神経質な楽器ですね。世の中に存在する楽器の中で一番神経質な楽器だと思います。
─ リードの寿命はどの位なのでしょうか?
物によりますが1週間、まれに1ヶ月保つ時もあれば、1日で終わるときもあります。何年とかけてリードの材料を家の中で保存し乾燥させたりして、良いコンディションになるように沢山の準備をしてからようやく削り出すんですが、ほとんどがたった数日で終わってしまう。酷い楽器です(笑)。リードの材料は南フランスでとれる葦なんですが、当然天然の材料なので同じ様に作っても1本1本性質が違います。奏者のやりたいことをリードに託せるというところもありますが、いつも同じ音が出ないというデメリットの方が大きいです。
─ オーボエ奏者は演奏だけでは駄目なんですね。
リード作りだけでも、演奏だけでもダメで、プロだったら両方上手くないといけない。フィンガリングは実はフルートやサックス等と似てたりするんですが、技術的にはリードを作る時間が長いので、他の楽器と比べて遊びに行く時間が取れません(笑)。リードは家に200本ぐらい常備しておいて、本番では約10本を選りすぐって持っていきます。でも実際に吹いてみないと分かりません。会場の湿度や温度ですぐに変化してしまう。下手すると同じリードが湿度や温度で半音ぐらい違うときもあります。家で吹いてみて良いと思ったリードでも会場に行ってみたら使えなかったというのはしょっちゅうです。100本作って実際本番で使えるリードが1本できるかどうか。本当に大変な作業なので、まずその辺の事を分かってもらえるといいですね(笑)。
─ オーボエという楽器の特性を教えてください。
木管楽器の中で一番撥音が鋭く、硬いというか、直接的な楽器です。表現豊かと言われることもありますが、デメリットも多い楽器です。例えば低音が大きくなり易く、高音は逆に痩せてしまう。他の楽器に比べて息を吹き込むところが小さくて、ストローを潰したような1mmぐらいのところに吹き込むので息が余って苦しくなることがあります。それが他の管楽器と違うところで、ピアニストとしてはブレスをあわせるのが難しいのではないかと思います。吸うだけでなくて、一回あまった息を吐き出してから吸わないといけないので。
─ どういう点に注意してもらうと演奏しやすいのでしょうか。
とにかくオーボエ吹きは神経質な人が多く、リードの出来次第で機嫌がよかったり悪かったりするんです(笑)。まず演奏以前にオーボエ奏者とのコミュニケーションに絶え得る人間性というか、暖かく見守ってくれる人だとありがたいですね。リードが良い状態で調子良く合わせができる時と、全く駄目だけどなんとか合わせをしなければいけない状態があったりするので、「今日は調子良さそうだな」「今日は調子悪そうだけど何も言わずにつけますよ」という様なスタンスでいてくれると凄く助かります。勝手ですけど(笑)。それとオーボエと合わせるときは、ブレスの問題もそうですが、ピアノの音が小さすぎると怖いですね。音の立つ楽器だから、ピアノが柔らかすぎ、控えめすぎると不安になります。オーボエの音自体は大きくて通るので、僕はリサイタル等ではピアノの蓋は全開でやりたいですし、オーボエの鋭い音を支えてくれるようなピアニストだとやりやすいですね。僕にとってピアニストは伴奏ではなくて共演だという感覚なので、ソリストだとして生かすも殺すもピアニストとの相性で、持っているものを100%出せる時もあれば、ピアニストに神経遣って合わせることに終始して音楽が作れないということもある。相性は大切だと思います。
─ その他にも何か、分かっておいたほうがいい楽器の特性はありますか。
オーボエは音程が悪い楽器です。というより音程を作る事が凄く難しい楽器です。リードによっては半音ぐらい違う音がでます。ちょっとでも気を抜くとおかしな音程が出たりしますし、神経を遣っても音程がとれない時もあります。でもなんとかコントロールして演奏しています。ピアニストの方もただ鳴らすのではなく、和声感、ハーモニー感を持って弾いてもらえると吹きやすいですね。まあでも基本的にオーボエ吹きには音程の話題を口にしない方が良いかもしれません(笑)。それとオーボエは楽器自体もデリケートな楽器で、例えばオクターブを変える穴が0.5mm位しかない上に、管自体が細いので水が溜りやすい。なのでこちらは演奏中はとにかく楽器のコンディションも気にしなくてはいけません。リードにも神経遣って、楽器のコンディションまでも気を遣わなくてはいけない。悲しい現実です(笑)。そういう内情を察しつつ、動じずに弾いて頂けたら嬉しいですね。オーボエ吹きはリードの調整のために早めに会場入りする事も多いので、オーボエの伴奏だと待ち時間が多いかもしれませんし、予定していたリハーサル時間の半分以上がピアニストにとっては休憩時間になる事もあると思います(笑)。
─ ピアノとの役割分担は?
夫婦みたいなものじゃないかと思います。それか野球で例えるとピアノはキャッチャーの役割、ソロ楽器がピッチャーですかね。相手を立てて自分もある程度出す。メロディーラインはオーボエが取っていることが多いでしょうが、どちらかと言うとピアノの方が重要だと思います。ピアノでやりやすいことがオーボエでやりにくかったりする。例えばディミニュエンド一つとっても神経を使うので、例えばピアニストの方にディミニュエンドをやりすぎてしまわれると、急に怖くなったりする事もあります。上手くバランスを取ってもらうことが必要ですね。また、「私はこうしたいの」というような演奏されると正直吹きづらいですが、かといって単に合わせているような演奏だと上手く流れない。難しいですね。縁の下の力持ち、大黒柱のような存在かもしれない。皆気持ち良く吹きたいと思っているけれど、それはピアニスト次第かもしれません。
─ やはりピアニストの演奏を想像しながら準備されるんですか?
時と場合によりますが、つまらなくなるので敢えてあまり想像しない事が多いですね。音楽家は持っているものが全然違いますが、自分を出し過ぎも出さな過ぎもつまらない。とにかく音同士のキャッチボールができる人が良いなと思います。音だけでコミュニケーションできるのが理想ですけど、音楽の方向性が似ている人、共感できる人だとアンサンブルは簡単です。でも自分の方向性と違う方と共演するのも面白い。意外とピアニストの方は自分の方向性と違うだけで相手を毛嫌いする傾向にあるかもしれません。それと自分の楽器の特性を中心に考えてしまう事もある様な気がします。自分に持ってない部分を相手は持っているんだな、ということをお互い楽しめるようになると音楽の世界が広がると思います。お互いにプレーヤーに対する好奇心を持ったほうがいいですよね。アンサンブルが乱れる時もありますが、それは些細なことで、お互いに音楽を楽しめないと意味がないと思います。
─ 譜読みしておいて損はないオーボエ曲はありますか?
モーツァルトのコンチェルトは定番ですね。サンサーンス、プーランクなどの近代フランス作品、シューマンの小品も色々ありますし、後はドニゼッティ、デュティユー、ヒンデミット、シュトラウス辺りでしょうか。バロックではヘンデルやテレマンのソナタ、あとはバッハのオーボエソナタも大事ですね。BMV1020、1030辺りを押えておくとよいと思います。
─ 最上さんにとって、アンサンブルとは?
適度な思いやりと、空気を読むことですかね。空気を読みすぎて自分を出さないのは良くないですけど。上手い下手じゃなくて、この人は分かってくれているな、という人とやると気持ちいいですね。色んな人と出会えるから、アンサンブルは楽しいですね。
─ ありがとうございました。