アンサンブル力を鍛える

第01回 大澤一彰さん(テノール)

2007/10/25
大澤一彰さん インタビュー第1回 大澤一彰さん

ピアノは優れたアンサンブル楽器です。ピアニストの可能性を広げるアンサンブル力とは何かを楽器奏者、歌手、ピアニストのインタビューを通して探って行きます。第1回目はテノール歌手の大澤一彰さんにお話を伺いました。

─ 声楽家の立場から見たときに、伴奏者というのはどういう役割を担っていると思われますか。

大澤:私個人の考えとしては、良い意味で対等な立場です。要するに一つの楽曲を100%完成させるためにお互い50%の力と50%の力が必要だと思います。決して単なる「伴奏者」では無いと思います。


─ 歌曲は器楽などの音楽に比べるとピアノが目立つ場面が少ないという印象ですが、そういう場合もやはり50%:50%なのでしょうか?

大澤一彰さん

大澤:なるほど。歌曲にしても二つの種類があります。例えばシューベルトなどの、伴奏に歌が乗っている作曲家と、シューマンやそれ以降の、ピアノの曲に歌が乗っている作品で少し異なる部分があります。特に後者はピアノに物語を作ってもらってそれに乗って歌うわけですし、前者の場合でもフェルマータやテヌートなどの表現も大事になってくるので、やはり歌曲でも伴奏者の力は大きいと思います。


─ 歌う立場から、ピアニストに理解してもらいたい声楽の特徴といったものはありますか?

大澤:まずはブレスですね。ブレスは取らないと死んでしまいますので(笑)。取ってもらいたい時に素通りしてしまうとつらいです。音楽性というか感覚の問題もあると思いますが、歌い手にとっては四分音符が4つ並んでいてもそれぞれの音の重みというか、音量が違うんですよ。歌の伴奏に慣れていない方は全部同じ風に弾かれるから、聴いていると「え、こんな曲だったかな」というように聴こえるんですよね。逆に上手な伴奏の方はここで欲しいっていう音をちゃんと弾いてくださるんです。
あと良く思うのは、ピアニストの人は全部忠実に音を弾いて下さいますが、全部はいらない時があるんですよ。 またピアノパートにも、音だけじゃなく、色があると思うんです。ここは弦楽器だから似た音を表現する、ここは金管のような音を出す、というような感覚も必要だと思います。


─ オペラと歌曲では伴奏が変わってくると思いますが、一番大きく異なるのはどういった部分でしょうか?

大澤一彰さん

大澤:根底に流れているものは同じだと思います。歌曲の場合は伴奏と歌が100%一緒になって完成されるものだと思います。でもオペラは、ちょっと言い方は悪いですけど、未完成の美というか、ちょっとずれてもそれが良く聞こえたりするんですね。でも歌曲の場合は100%合わないと駄目です。それからこれは持論ですが、歌曲と違ってオペラの場合、ピアノの伴奏は絶対に大きくあってほしい。例えばオーケストラのppは60人で弾くppなので、ピアノでppを出しても物足りない時があるんです。
歌い手の声はピアニストの皆さんが思われるよりも大きいと思いますよ。だからピアノの前奏が小さすぎて、気分が萎えちゃう時があるんです。


─ ピアノが前奏で盛り上げなければいけないですね。

大澤:そうですね。歌の場合は特にメンタルな部分も大きいので、ちょっと引っ張ってくれるピアニストの方が歌い手としては歌いやすいと思います。


─ ドイツ語やイタリア語など、言葉が分かるということは必要でしょうか?

大澤:例えばil mio corという言葉が書いてあれば、「私の心は」と日本語で書いたりすることは必要かもしれませんね。あった方がピアニストも多分感情を込めて弾きやすいと思うんですよ。わからなければサラッといってしまいますよね。
また歌い手はあまりピアノを弾けないので、歌詞も分かっていた方が、和音などの「楽曲分析」的な立場から「この歌詞だからこの和音」みたいに指摘していただけるので良いと思います。


─ ピアニストとコミュニケーションを取る上で困ることや伝わり難いことはありますか?

大澤一彰

大澤:相性ですね。僕の場合、わりと伴奏の方に対して、こうしてくださいとか、ここはちょっといやなんですけど、とか余り言えないタイプなので、分かってくださるまで我慢しています(笑)。
例えば「どこか歌いにくいところはありますか」とか聞いて下さるだけで、「いや?ちょっとここが」と言い出せるので助かります(笑)
とにかく、歌い手を活かすも殺すも伴奏次第だと思いますよ。


─ 例えば大澤さんだとテノールですが、「これは譜読みをしていたら損は無い!」という声楽曲があれば教えて下さい。

大澤:オペラで言うと、モーツァルトは必須ですね。「ドン・ジョヴァンニ」、「コシ・ファン・トゥッテ」、「フィガロの結婚」あたりでしょうか。コンクールとかオーディションではモーツァルトがまず多いです。またヴェルディ、プッチーニの中から3曲ずつぐらいは持っていらっしゃると良いのではないかと思います。何かに専門を絞っておくのもいいですね。プッチーニで言えば、男声であれば「ボエーム」、「トゥーランドット」、「トスカ」など。女声だったら「蝶々夫人」も入りますね。ヴェルディだったら絶対「椿姫」です。
あとは、例えば学生の伴奏にはイタリアの古典の歌曲が弾けると良いと思います。トスティ、チマーラ、ドニゼッティ、ドナウディ、ベッリーニあたりの有名所は、門下の発表会やオーディションでも出番が多いと思いますよ。


大澤一彰
大澤 一彰(おおさわ かずあき)
東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。1980年から2001年に至るまで、疋田生次郎氏の薫陶を受ける。1999年、伊サンタ・マルゲリータ国際声楽セミナーに参加、時の講師ウンベルト・ボルソ氏の認めるところとなり、一昨年までローマにて同氏の指導を受ける。日生劇場オペラ教室で團伊玖磨作曲「夕鶴」の与ひょう役でオペラ・デビュー。 今夏、第一回日本・ルーマニア「ジョルジュ・エネスク」国際音楽コンクール声楽部門第一位 総合にて最優秀賞を受賞し、9月ブカレスト及びクルージ・ナポカの音楽祭に参加。シーズンのオープニングを日本人として始めて務め、好評を博した。現在 藤原歌劇団団員。日本演奏連盟会員。

ピティナ編集部
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