第17回 フランス北部の街、リール音楽祭 ~「ショパンをめぐって」
![]() フランスの夏といえば、長いバカンスと音楽祭。音楽祭シーズンの先駆けとなる6月中旬の3日間、フランス北西部リール市にて、リール・ピアノフェスティバル(Lille Piano(s) Festival, 6/12-14)が開催されました。今回は「ショパンを巡って」がテーマ。来年のショパン生誕200周年を先取りする内容でした。その様子をレポートします。 |
◆ 演奏家それぞれのショパン観がみえる
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出演アーティストは、フランス国内外の若手からベテランまで15名のピアニスト。プログラムは演奏者にほぼ委ねられたとあって、ショパンを巡る実に多彩な曲目が登場した。ショパンの曲そのものを掘り下げた演奏、ショパンと同時代人の作品を組みあわせた演奏、ショパンが影響を受けた文化や世界観を表現した演奏、ショパンから影響を受けた後世作曲家の演奏、ショパンの作品からインスピレーションを受けたジャズ演奏まで・・。演奏家それぞれの「ショパン観」が垣間見えた3日間となった。
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まずフェスティバルの最初を飾ったのは、イタリア出身ロベルト・ジョルダーノ。2003年エリザベート王妃国際コンクール4位の実力派ピアニストは、バラード4番、ソナタ2番、エチュード25番全曲を演奏、実に繊細なショパンを聴かせてくれた。決して度を過ぎることなく、知性的で抑制の効いた音色は、我々が知るショパン像を裏切らない正統的な演奏だった。(ジョルダーノは最終公演にも出演し、ピアノ協奏曲第1番を演奏)
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フランスを代表する女流ピアニストの一人、アンヌ・ケフェレック(13日)は、ショパンとのカップリング曲が興味深い。ポーランドとフランス、二つの文化を軸に、まずポーランド時代に作曲したノクターンop72-1、パリで作曲したマズルカop50、バルカローレを弾いた後、なんとサティとラヴェル(サティ:グノシエンヌ、ジムノペディ、ラヴェル:鏡)が続いた。この一見唐突な組み合わせは、ショパンにとってフランスが全く未知で新しい世界であったこと、そこから洗練された音楽的感化を受けたことを物語っていたように思う。ケフェレックのたゆたうような洒落たリズム感、やや乾いて引き締まった音色は、サティに最も発揮されていた。最後は、プログラム全体の背景に流れる"水の動き"を、リストの「水の上を歩くパオラの聖フランチェスコ」で印象づけた。
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(c)Yoko Tsunekawa
その他、プログラムで面白かったのはピアノ協奏曲や交響曲。例えば「ドン・ジョヴァンニの『お手をどうぞ』の主題による変奏曲」(pf:ブリジット・エンジェレル、リール国立管弦楽団)は、モーツァルト歌劇からテーマの一部を借用したショパンの作品。エンジェレルの軽妙洒脱な魅力と円熟味を帯びたピアノで聴衆を惹き込んでいった。一方、交響曲「ショパニアーナ(Chopiniana)」は、グラズノフがショパンの作品(ポロネーズ、マズルカ、タランテラ等)をオーケストレーションした4楽章構成の交響曲。最終楽章をタランテラで締めくくったのは、グラズノフの選曲の妙を感じさせる。いずれもこの音楽祭ならではの演目で、素直に楽しめた。
また、ショパンをテーマにしたジャズ即興(sp.キャロリン・カサドシュ、pf.トーマス・エンコー&trダヴィッド・エンコー)、1920年代無声映画&ピアノ生演奏などもあり、この音楽祭の独創的な企画が光った。
◆ 聴衆のリアクションが大きかったのは?
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(c)Yoko Tsunekawa
聴衆のリアクションが最も大きかったのは、アレクサンダー・パレイのリサイタル(13日)。日本ではさほど演奏機会がないが、ライプツィヒのバッハ国際コンクールでの優勝実績もあり、ヨーロッパでは着実な評価を得ている。
まるで蒸気を発しながら弾いているかのような鬼気迫る幻想曲op.49の演奏は、およそ従来のショパンとはかけ離れたイメージ。しかしリスト(パガニーニによる超絶技巧練習曲)に至っては、19世紀という固有の時代性から離れ、ピアニストの感性と知覚をもって現代に再構築された感があった。耳に痛い音も時折あるが、良くも悪くも目が覚めるような演奏で会場からは拍手喝采!終演後、60枚あったCDが即完売したそうだ。
感覚を激しく揺さぶられるものに対して素直に反応するヨーロッパの聴衆を見て、これがクラシックだけでなく、現代音楽や前衛アートに対する積極的な理解につながっているのかと、思わず納得した。
◆ ボランティアも大活躍!リールの街とともに楽しんで
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市民ボランティアの方々も、アーティストのお世話や会場案内・撮影など大活躍していた。「いつもこうやって舞台袖で演奏を聴いてるんだよ」と言いながら、楽しげに音楽祭をサポートしていたのが印象的だった。またスポンサーになっている、リールの伝統的銘菓店MEERTのしっとり甘いワッフルも、音楽とともに思い出すことだろう。
次回は2010年6月11~13日まで。リール国立管弦楽団(ジャン・クロード・カサドシュ指揮)を筆頭に、ルガンスキー、スコダ、ウゴルスキー、リフシッツ、ヴィルサラーゼ、ソコロフなど、著名ピアニストが出演予定。詳しくはこちらまで。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/