子どもの可能性を広げるアート教育

第14回 芸術性を高めるソルフェージュを目指して ~中級レッスンリポート

2009/05/15
楽曲の理解を深めるソルフェージュ ~中級レッスンリポート 014_title.gif

ソルフェージュで、芸術性を高めることはできるのでしょうか?
音程や和音を聴き取る力、リズムを的確に刻む力、和声進行を把握する力、フレーズを感じ取る力、ポリフォニーを認識する力、他楽器を聴き分ける力・・・、そうした様々な要素が結び合い、「音楽を表現する力」として発揮されるためには、どうしたら良いでしょうか。
先日当連載で『La Dicteée en Musique』というソルフェージュ教本の著者インタビューをご紹介させて頂きました。「新しいソルフェージュを提案したい」と語った著者の一人、Pierre Chépélov氏によるソルフェージュ・レッスン(中級)の様子をレポートします。実際の楽曲を用いながら進められるレッスンには、多くのヒントがありました。
(パリ13区モーリス・ラヴェル音楽院内/第2課程1年目・13名/平均11-13歳)。
ソルフェージュ・レッスンのヒント(各級共通)
・実際の音楽を教材とする
・リズム、ハーモニー、メロディ、音程、様式~何にフォーカスするか、学ぶ目的とゴールを明確にする
・歌が全ての基本。歌うことで身体感覚と結びつける
・即興を取り入れてより自由な音楽性を身につける
グループ・レッスンの流れ (中級1年目のクラス)
1.ヘンデル(1685-1759):『王宮の花火の音楽』より「平和」 8/12拍子
 (ア) リズム聴き取り(宿題答えあわせ)
 (イ) 視唱
 (ウ) シシリエンヌのリズム説明(シンコペーション、16分・32分音符など)
2.リズム教本
 (ア) リズム聴き取り(6/8、9/8、12/8拍子、三連符)
 (イ) テスト 6/8拍子 2小節
3.グリーグ(1843-1907):交響曲『ペール・ギュント』組曲第2番
 (ア) 視唱+楽器演奏(ピアノなど、各自専攻楽器)
4.ベルリオーズ(1803-1869):『ファウストの劫罰』より「シルフ(妖精)のダンス」3/8拍子
 (ア) 視唱
 (イ) リズム聴き取り(宿題)
*使用教材 "La Dictée en Musique vol.4 》, 《 Lecture Rythmique 》

この日のポイントは「シシリエンヌ(シチリアーナ)のリズムを覚えること」。3/8、6/8、12/8拍子の楽曲を用いて、シシリエンヌに特徴的なシンコペーション、付点音符、三連符などを学びます。

まず宿題の答えあわせから。ヘンデル 『王宮の花火の音楽』より「平和」のCDを聴きながら、予め主旋律(オーボエ)の音程が示されてある譜面に、正しいリズムを書き込む課題です。この曲は8分の12拍子で、冒頭に登場するシシリエンヌのリズムが特徴。シシリエンヌはルネサンス末期からバロック初期に生まれた舞曲で、バッハやヘンデル、ボッケリーニなどがその形式やリズムを用いて作曲しています。フォーレ『シシリエンヌ』が一般には有名ですが、本来は古典楽曲で多用されています。この曲もその一つ。
リズムの答えあわせ後に全員で視唱、指でもリズムを取ります。これはどの課題でも共通していますが、実際の楽曲を聴き、その旋律を歌うことによってリズムやフレーズ感を身体に取り込んでいきます。

次はリズム教本「Lecture Rythmique」を使用、ここには複雑なリズム・エクササイズが多数掲載されています。まずリズムそのものを体感するために、詩の吟唱から。6/8、9/8、12/8拍子の各数小節には歌詞*がついており、リズムが指定されています。この歌詞を口ずさみながら、手拍子でリズムを取ったり、指でリズムを刻んでいきます。こうしてシシリエンヌのリズムに多用される付点音符や、16分音符、32分音符にも慣れさせます。


*Prosodie:音韻律、ギリシャ・ラテンの詩のように音の長短や抑揚で構成された詩句。ここでは古代ローマ哲学者セネカ(Seneque)の詩句を引用してあります。


その後6/8拍子のリズムを先生が口頭で示し、聴き取ったリズムを各自ノートに書き込みます。まだ慣れない生徒たちは大奮闘!1人がホワイトボードに解答を書き、聴き取れない部分は他の生徒たちがヘルプ。リズム教本には二人で違うリズムを取る二声のエクササイズもありましたが、難しいため次週宿題に回されました。

次はグリーグの交響曲『ペール・ギュント』組曲第2番「イングリッドの嘆き」。冒頭allegro furioso(2/4拍子)の後、andante doloroso(3/4拍子)から8分音符の三連符が使われています。まず全員で視唱した後、各々の専攻楽器で合奏しました。
最後に次週宿題の発表。ベルリオーズの『ファウストの劫罰』より「シルフ(妖精)のダンス」の、リズム聴取りが課題として出されました。あらかじめ主旋律(ヴァイオリン)の音程が示されている譜面に、聴き取ったリズムを書き込みます。この曲は3/8拍子のワルツで、これも付点リズムに慣れさせるエクササイズなのです。

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このように、この日はシシリエンヌという特徴あるリズムを軸に、8分音符を基本にした拍子(3/8, 6/8, 9/8, 12/8拍子)を紹介。そこから派生する複雑なリズムを学び、幅広く応用が利くようにします。その際、「実際の楽曲を用いて学ぶ」「まず歌う」、という方針は一環していました。
リズムは単独で存在しているのではなく、常に音楽の流れにあります。音価を説明する前に、あるいは楽器で演奏する前に、歌うことによって身体でリズムを覚えさせることは、とても自然なアプローチだと感じました。

次回は中級Part2をリポートします。

※同音楽院では生徒の撮影が許可されておりません。何卒ご了承下さい。


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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