第09回 「高校生はどう現代音楽と出会う?」
先日、あるフランス人のマダムとオーケストラの演奏会に行きました。プログラムはフランクの交響曲ニ短調、ドビュッシー交響組曲『春』、デュティーユのチェロ協奏曲『遥かなる遠い国へ』だったのですが、終演後マダムに「何が一番面白かったですか?」と伺うと、「私はデュティーユね。とてもリズムが新鮮だわ」と仰いました。 フランスでは比較的現代曲の演奏機会が多いようです(尤もデュティーユは日本でも多く演奏されていますが)。それは、自分の耳や身体感覚に「何らかの発見をもたらしてくれる音楽」を期待している聴衆が多いことの表れかもしれません。特に現代曲を中心にしたコンサートでなくても、世界初演となる現代曲をプログラムに入れていることが時折あります。 ではフランスの子どもや学生は、現代作品とどう出会い、どのように聴いているのでしょうか?彼らの耳は、どのくらい開かれているのでしょうか?今回は「高校生と作曲家が出会うコンクール」についてご紹介します。 |
Grand Prix Lyceen des Compositeurs (高校生のための作曲家グランプリ)は、音楽雑誌社"La Lettre du Musicien"が2000年に始めたコンクールです。2008年度は、1952年以降に生まれたフランス人作曲家(あるいは正規滞在者)の作品より、2006年9月~2007年9月に発売されたCDが対象となりました。高校生が候補6作品を聴き、アナリーゼし、各作品にコメントをつけた上で、グランプリにふさわしい1名を投票するシステム。2008年度は96校約200クラスが参加し、投票した学生は約4,500名に達しました。
・Alain Celo 「砂漠地帯(Espaces desertique)」
・Bruno Mantovani 「無の時代(L'Ere de rien)」
・Florentine Mulsant 「チェロ・ソナタ(Sonate pour violoncelle en trois mouvements)」
・Colin Roche 「空に浮かぶ新しい工場(La nouvelle Fabrique du ciel)」
・Oscar Strasnoy 「結婚式の準備(Preparatifs de noce (avec B et K)」
・Pascal Zavaro 「シリコン・ミュージック(Silicon Music)」
投票後に、各作曲家は参加高校をまわり、自分の作品について話す機会を持てるのが特徴です。2008年度第1位を獲得したパスカル・ザヴァロ氏(Pascal Zavaro)は、「高校生の学生さん達と、とても良い出会いができました。彼らはとても熱心で、研ぎ澄まされた耳を持っています。グランプリ大会を通して、学生だけでなく高校の先生方も、様々な現代音楽を知る機会がもてたことに、意義があったと思います。」
では実際、どんな様子だったのでしょうか、La Lettre du Musicien誌記事よりご紹介します(抄訳)。
(前略)・・・現在の大半の高校生(リセエンヌ)がどのような音楽環境にあるか、ちょっと説明しよう。彼らのクラシック音楽に対する概念は、ほとんど一般の人々と同じである(たとえ、選択科目で音楽を履修していても、あるいは楽器を習っている学生でも)。すなわち、論証的で、喚起力があり、語りかけ、感動を呼ぶもの。その「境界線」は20世紀初頭で引かれているようだ。平均的な高校生は、ドビュッシー、シェーンベルグ、ストラヴィンスキー、バルトーク、ブーレーズについてはあまり語らない、ということを認めざるを得ない。グランゼコールを目指すほど成績優秀で、プラトンやアリストテレス、パスカルは決して忘れない学生であっても。
彼らの両親がいかに文化的で、クラシック音楽好きで、レコード収集家で、あるいは音楽家であっても、まるで20世紀は存在しなかったかのようだ。四世代のうち後者の二世代は、何も知らずに過ごしてきたと言える。彼らが1日中聴いている音楽、それは例えば今回のグランプリ候補者であるコリン・ロッシュやパスカル・ザヴァロらによるクラシック現代音楽、とはおよそ関係のないものだ。
今までグランプリを獲得した作曲家たちは、リズムや拍感、調性や音色といった音楽的要素を駆使して、(高校生達と)新たな関係を築いてきた。
今回グランプリを獲得した「Silicon music(シリコン・ミュージック/パスカル・ザヴァロ作曲)」を例に挙げてみよう。この作品は、我々に認識できる語法を用い、聴きやすく、旋律の配置が定まっており、対照的な性格の楽章はきちんと分けられ、複雑ながらも追随しやすい音楽が展開されている。にもかかわらず、決してアカデミックではなく、ネオクラシックでもなく、先人を模倣したものでもない。様式はまさに現代的そのものである。それは、造形的かつ現代的な作曲手法、TGVやハイテク機器のようにやや冷淡な音調、エレクトロニクスの訴求、多様な音楽語法を用いるという構想、に見受けられる。
作曲家曰く、「特定のリズム形式を強調するのは、テクノ音楽の反映です。閉じられた小節線の繰り返しは、ウォーホルの絵やペレックの小説を連想させます。」
これはとても興味深い引用例である。現代小説家の中でも、ジョージ・ペレックはすんなり受け入れられているようで、物語の語り口や文章の構成は、さほど特別なものではない。しかし彼の物語は内面を深くえぐったものであり、単なるお話、ではないのだ。「シリコン・ミュージック」も同じであろう。確かに、これら実験的作品の正当性に異論はないし、この作品が高校生のための娯楽に甘んじているわけではない。
第2位はオスカー・ストラスノイの「Preparatifs de noce(結婚式の準備)」が獲得した。そのカンタータは、「シリコン・ミュージック」とおよそかけ離れている。しかし、両者が一致している部分もある。ザヴァロの作品では、ヴァイオリンの音が一体どれなのか、シンセサイザーの音が一体どこにあるのだろうか?と疑問に思う。ストラスノイ作品はバッハの『結婚カンタータ』を引用しているが、フレーズからフレーズへ移行する時、今ストラスノイなのかバッハなのか、ふと戸惑う瞬間がある。ただあえて言うならば、2作品がこのような聴覚的効果を狙っているならば、メリットが少ないとは言えない。
この2つの事例から、これらの音楽にある遊びの要素が、高校生を魅了し、興味を持たせたことは評価できる。
このように、毎年、グランプリ大会のための準備期間を通して、高校生達がこれまで想像すらしなかった音の存在を発見できたわけで、これは小さな文化革命といってもいいだろう。(Jacques Bonnaure)
● このグランプリ大会は、現代音楽を知る良い方法だと思います。私達は楽器を演奏しますが、どちらかというと、クラシックな傾向があります。だから(この経験は)、自分達のやり方にこだわることもできるし、変えるきっかけにもなるのです。このプロジェクトはちょっと変わってるなとも思いましたが、発見と楽しい時間をもたらしてくれたことに感謝します。またラジオ局に行けたこと、そして色々質問を受けたり、質問したり・・・私達の意識は少し開かれたと思います。この体験ができて嬉しく思います。(Lycee Jean-Baptiste Corot, Savigny-sur-Orge)
● この大会は、私達の音楽文化に良い影響をもたらしてくれました。実際、今回聴いた現代音楽は、授業中に聞いていた音楽と全く違うもので、異なる音楽を知るきっかけになりました。この作品のおかげで、音楽を注意深く聴くようになりました。さらに私達の音楽の世界を広げ、また意識を広げるきっかけにもなりました。また作曲家の一人と会い、彼の作品をより深く理解することができたのも、とても興味深い経験でした。またこのグランプリ大会のためにパリまで行けたのも楽しかったですが、それより、これまでに交わした様々な議論の方が大切で、ためになったと思います。(Lycee Victor-Masse, Niort)
『Silicon music』(ヴァイオリン・ソロ、管弦&シンセサイザーのアンサンブル)
・エネルギッシュな音楽で、魅力的なリズム、独創性ある音。電子音の響きと、部分的に旋律的な響きが「衝突」し、エクレクティズム(折衷主義)な印象を生み出している。だけど最後はまとまりを見せ、(作品として)成功していると思う。(Lycee Camille-Claudel, Vaureal)
・この音楽は喚起力があってイメージも豊かで、映画やビデオゲームのイメージにぴったり。でも、豊かなリズムも好き。響きの組み合わせとヴァイオリンの存在感、そして時代遅れなほどノスタルジックなメロディーが意外だった。(Lycee Ambroise-Pare, Laval)
・彼の才能と独創性によって、様々な様式とジャズ風な効果が織り交ぜられている。ミヨーの「天地創造」を思い出した。ヴァイオリン奏者の表現力豊かな演奏と、軽快かつ重々しいリズムによって、(様々な様式が)結び付けられている。(Lycee de Sevres)
『Preparatifs de noce』(ソプラノとカウンターテナーによるアンサンブル)
・この音楽の混合は、とても厄介でした。聴衆は(明らかな)変化を待っているのですが、作曲家は静かに移行させていくので、私達は罠にかけられ、当惑させられました。そしてその短いパッセージが来る度に、私達に迷いをもたらすのです。(Lycee Andre-Maurois, Elbeuf)
・この音楽は、現代の造形美術家によるコラージュ、を思い起こさせました。協和音と不協和音、バロックと現代の器楽編成の違い、といった対照性は、とても興味深く思いました。(Lycee de Montigny-le-Bretonneux)
avec l'aimable autorisation de la LA LETTRE DU MUSICIEN,
www.la-lettre-du-musicien.com
この作曲家コンクールは音楽院を対象としたものではないため、クラシック音楽を聴いた経験のあまりない学生が多かったようですが、曲を聴き、作曲家と会い、ディスカッションする過程で、少しずつ耳が開かれていく様子が分かります。このコンクール参加を通して、「音楽をより注意深く聴くようになった」、「新しい音楽の世界を知ることができた」、という感想が多く見受けられました。何より、現在生きて活動している作曲家と交流することで、彼ら独自の世界の見方や表現力に触れたことも、新しい視点を得るきっかけになったのでしょう。
なお、高校の先生方に対する投票では、Florentine Mulsant作曲「チェロ・ソナタ(Sonate pour violoncelle en trois mouvements)」が第1位を獲得。これは、伝統的なクラシック音楽の様式に則った正統派の曲だそうです。
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/