第07回 「お母様が提案した小学校の音楽ワークショップ」
今回は児童のお母様の一人で、このワークショップを企画・指導したデルフィーヌ・エリスさん(Delphine Ellis)にお話を伺いました。 |
「Athena」(動画)
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「Athena」(オーディオ)
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小学校の正面 |
この小学校のテラスにはギリシャ彫刻が飾られていて、子ども達は年間を通してギリシャ神話の勉強をします。そこで、歌のテーマもギリシャ神話にしました。私の方からこの音楽ワークショップを小学校に提案し、今年1月から始めました。最初、担任の先生は皆がついてこれるか心配していたのですが、子ども達は一生懸命練習してくれて、とても上手くいったと思います。
小学校のテラスに飾ってあるギリシャ彫刻。ルーブル美術館に展示してあるオリジナルをモデルに、現代アーティストがアレンジした作品。 |
子ども達が歌詞のアイディアをどんどん出して、担任の先生がそれをオーガナイズし、1曲にまとめてくれました。様々な意見が出た時は投票もしました。私は音楽のパートを担当し、リズム感のある曲に仕上げました。子ども達にリズムを感じながら歌ってほしかったんです。少し速いリズムでしたけど問題はなかったですね。それから小さいパーカッションも入れました。あまり歌の練習時間が取れなかったので、打楽器があると歌いやすいと思いまして。2クラス合同だったのですが、年少のクラス(CP/CE1)から主にパーカッション奏者を選び、年長のクラス(CE1)は歌詞を主に決めました。とてもよく分担されていたと思います。
そうですね、冒頭の「Il etait une fois Athena, Athena(昔むかしあるところに、アテナという女の人がいました)」を聞いて、すぐにメロディのアイディアが浮かびました。あとは歌詞を微調整しながら、音楽と合わせていきました。長いフレーズの時は、(関係代名詞を入れて)文章を2つに区切ったり。速いリズムなので、歌詞も速く言わなくてはいけないし、子ども達にとっては少し難しかったようですが、一度歌ってみせると、皆すぐに覚えてくれました。
彫刻(アテナ)の後ろは小学校1~2年生のクラス。学校のパソコンを使って、ギリシャ神話の登場人物を調べる子も多い。 |
昨年の経験から、全員が一緒に歌うとちょっと乱れてきれいに聞こえないので、2グループに分けて、問いと答えのようにしたいと思いました。本当はステレオサウンド効果を出したかったんです。ただ発表会の時はグループによって声のバランスが変わるといけないので、全員一緒に歌いました。その代わり、普通のシャンソンのように、時々リピートを入れて(ニュアンスを変えることで)その効果を出しました。
デルフィーヌ・エリスさん |
実は今年で2年目になります。昨年は違う学校にいたのですが、年度初めに両親の職業を問われる書類があり、私も主人もミュージシャンなので、そう答えました。すると子どもの担任の先生から連絡があり、「子ども達が興味を持つようなワークショップをやってもらえませんか?」と相談に来られたのです。私は即座に「ぜひ」と答えました。(注:フランスでは市町村によって、音楽の授業がない小学校があります)
幼稚園では保護者が教室に入って子ども達の様子を見ることができますが、小学校にあがると保護者は中に入ることができません。ですが、担任の先生が勧めて下さったおかげで、私は中に入ってクラスの様子を見て、直接子ども達と接することができました。皆たくさん練習してくれましたし、先生も大変協力的でした。
一人一人手作りしたプログラム。発表会が終わった後、サプライズ!で親にプレゼント |
「La Mer Musicale(おんがくの海)」というシャンソンで、小さなイルカが見失った弟を探しに行くというストーリーです。こちらも、子ども達が内容を決めました。子ども達は本当に色んなアイディアを持っていますね。
クラスに16カ国の国籍の子25人が集まっていたので、イルカがそれぞれの国を廻るというストーリーにしました。もちろん海のない国もありますけども。一人一人その子の国の物語を少しずつ話すのですが、どんどん長くなり、結局15分(!)の曲になりました。ほとんどフランス語ですが、例えば中国の物語では、少し中国語を混ぜたり。子ども達がストーリーを考えて、先生が航路を決めてくれました。音楽は今年のリズミカルな曲とは対照的で、物語を語るために静かなメロディーにしてあります。
小さい頃にピアノを習っていましたが、厳しくて途中でやめてしまいました。でも音楽は大好きで、本格的に始めたのは18歳の時です。友人と一緒にギターのグループを作りました。明日も野外でロックのライブがあるんですよ(掲載時には終了)。私の子どもは今6歳半と8歳ですが、二人ともピアノとソルフェージュ、ギターを習っています。音楽は大好きで、よく聴いたり、歌っています。聴くのはロックやブルースが多いかしらね。
デルフィーヌさんご自宅のお庭にて。 |
家と庭を自由に行き来できるよう、広々と開け放たれたテラス。デルフィーヌさんのご自宅にはよく学校帰りの子ども達が集まり、ブランコで遊んだりするそうです。発表会前に行った録音の日には、集まった子ども達のためにデルフィーヌさんがチョコレートケーキを焼き、香ばしい香りがお庭まで漂っていました。
このワークショップを通して、子ども達は母国だけでなく、クラスメートの生まれ育った国々についても興味を持ち、また西洋文化の根底にあるギリシャ神話について、より親近感と情熱を持って接するようになったようです。
またデルフィーヌさんが「子どもたちは本当に色々なアイディアを持っている」と仰るように、身近にあるものや子ども達自身をテーマにして"歌詞を作る"という能動的な行為は、彼らの想像力を十分に引き出しました。
ではこれにはどんな意味があるのでしょうか。
元シカゴ大学心理学主任教授ミハイ・チクセントミハイは、古今東西の芸術家やノーベル賞受賞者など、世界に影響を与えた才人の創造力について、「Creativity」*に著していますが、両親の影響についてこう述べています。
「子どもが、将来秀でる分野にそれほど早くから興味を示さなくても、この世界の美しさと多様性を発見させてあげることは大変重要です」。
「世界」とは必ずしも絶対的なものではなく、周囲との関わりによって相対的に築かれていくもの。このワークショップでは、想像力を喚起するテーマの与え方、複数アイディアの効果的な結びつけによって、子ども達の世界観を大きく広げました。また音楽は、子ども達によって築かれた新しい世界に色彩を与え、全員の心を一つに結びつける役割を果たしたようです。
デルフィーヌさんと小学校のコラボレーションは、来年以降も大いに期待されています。
*「Creativity-Flow and the Psychology of Discovery and
Invention」(Mihaly Csikszentmihalyi, Harper Collins Publishers 1996)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/