第04回 「音楽をどう魅せる?パリ管の子供プログラム」
フランスを代表するオーケストラの一つ、パリ管弦楽団(音楽監督クリストフ・エッシェンバッハ、以下パリ管)。今年創立40周年になる。
その中で一際人気があったのは、『Poupees Russes(ロシアのお人形)』。ロシアの伝統的な入れ子式人形、マトリューシュカから着想を得た物語に、ロシアの楽曲を付けたスペクタクルだ。3回の連続公演で、最終回はほぼ満席の1,500人に達した。 今回はこのスペクタクルを企画した、エレーヌ・コジョさん(Mme.Helene Codjo)にお話をお伺いした。 |
"昔むかし、ロシアの皇帝(ツァー)夫妻には、ヴァシリサという名の可愛らしい娘がいました。3人は幸せに暮らしていましたが、ある日皇后が重い病にかかります。皇后は息を引き取る前に、小さな人形を娘に渡しました。「あなたが困った時、この人形に何か食べさせてあげなさい。すると、あなたの願いを叶えてくれるわ。でもよくよく考えてね。願い事は5回までだから。」
そして数年後、ヴァシリサは一人旅に出ます。森を歩いていると、いつかし日が暮れて、道を見失ってしまいます。そこにはいろいろな冒険が待ち受けていました。彼女は困った状況に陥るたびに、「お人形さん、助けて。お願い!」と願い事をかけます。すると、人形は二つにぱっくり割れ、中からそれとそっくりな小さな人形が現れ、彼女の願い事を叶えてくれるのです・・・。"
※Baba Yaga:スラブ神話に登場する魔法使い。森の奥深く、鳥の足の上に建つ家に住み、人を喰う。ムソルグスキー「展覧会の絵」に登場 ※Katchei l'immortel:魔法が使える秘宝の番人。痩せこけているが不死身。リムスキー・コルサコフや、ストラヴィンスキーの音楽等に登場する |
この小さな少女の冒険物語は、ロシアの雰囲気がたっぷり味わえるストーリー仕立てになっている。企画・物語執筆・選曲を担当したのは、パリ管スタッフの一人、エレーヌ・コジョさんだ。 「このスペクタクルを、ロシア音楽のパノラマにしたかったのです。『Vassilissa-la-tres-belle(可愛いヴァシリサ)』という物語を下地に、スラブ民話から二人の人物、ババ・ヤガ(Baba-Yaga)とカスチェイ・イモーテル(Katchei l'immortel)を取り入れ、一つのストーリーにしました。そして、そのストーリーと関連性を持たせながら、ロシアの様々な作曲家、様々な様式の音楽を組み合わせました。」
物語に合わせて、以下の曲が演奏された。
・ | ミァスコフスキ(Nikolai Miaskovski):弦楽四重奏 第13番Op.86 |
・ | ストラヴィンスキー:室内オーケストラのための協奏曲『ダンバートン・オークス』第3楽章 |
・ | ストラヴィンスキー:管楽器のための交響曲 |
・ | チャイコフスキー:弦楽セレナード ハ長調 Op.48 最終楽章 |
・ | リムスキー=コルサコフ:歌劇「皇帝サルタンの物語」より『熊蜂の飛行』『出発』 |
・ | プロコフィエフ:組曲「キージェ中尉」op.60 より『トロイカ』 |
・ | ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」(ラヴェルによるオーケストラ版)より、第9曲『鶏の足の上に建つ小屋~ババ・ヤガ』 |
・ | ストラヴィンスキー:「火の鳥」組曲(1919年版) より、『王カスチェイの邪悪な踊り』 |
・ | リムスキー=コルサコフ:「皇帝サルタンの物語」より、『3つの奇蹟』 |
・ | ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」より、第10曲『キエフの門』 |
(c) Thierry Boccon-Gibod |
「例えば、ムソルグスキーの『鶏の足の上に建つ小屋(「展覧会の絵」より)』や、ストラヴィンスキーの『火の鳥』は、ババ・ヤガの住む小屋と関係があります。またリムスキー=コルサコフの『熊蜂の飛行』(ヴァシリサが人形に願い事をかけ、蜂に変身して難を逃れる場面で演奏)は有名なので使ったのですが、コルサコフの歌劇の内容とも関連づけています。さらに後半に登場する、イヴァンが乗る魔法のトロイカの場面では、プロコフィエフ「キージェ中尉」の『トロイカ』を思いつきました。
またマトリューシュカの話を着想した時、二つに割れて新しい人形が出てくるのと同時に、新しい演奏者が次々ステージに登場するようにしました。そこで、ストラヴィンスキーの15~25人編成の室内楽曲から、2曲(協奏曲「ダンバートン・オークス」と、管楽器のための交響曲)を使うことを考えました。
このように、物語の展開を考えながら、音楽を一緒に組み合わせていきました。」
お気づきの方も多いと思うが、最初は弦楽四重奏から始まり、楽器編成がだんだん増えていき、最後はフルオーケストラになる。つまりマトリューシュカが二つに割れて数が増えるたびに、演奏者が増え、音楽の規模も大きくなっていくのだ。まるで美少女ヴァシリサの冒険を、ステージにいる音楽家も一緒に応援しているかのように。
物語と音楽が見事に融合して、ドラマティックに展開されていき、子ども達はその世界にどんどん入り込んでいく。
(c) Thierry Boccon-Gibod |
実はこの選曲には、教育的効果も考えられている。
「音楽を選ぶ際、その(教育的)効果も考えました。例えばストラヴィンスキー『管楽器のための交響曲』には、ホルンのソロがあります。一つ一つの楽器を別々に聴いてもらうことで、オーケストラの中の様々な響きを発見したり、音の違いを聴いてほしかったのです。チャイコフスキーの弦楽セレナーデにも同様の効果があります。」
子ども向けのイメージを浮かべやすい標題音楽が多いのかと思うと、そうでもない。
「(登場人物の)動き、表情や状況に合わせた音楽、例えばコルサコフの『熊蜂の飛行』のように描写的な音楽も多く用いています。でもそれだけでなく、抽象的な音楽、例えばストラヴィンスキーの『管楽器のための交響曲』等も組み合わせています。
子どもが本来持つ想像力を生かしたかったのです。描写的な音楽や皆によく知られている曲だけでなく、あまり、あるいはほとんど知られてない音楽を混ぜることも大切だと思います。新しい音楽を発見していくことができますね。」
コジョさんは「物語は、音楽を聴く準備としての役割を果たしている」と言う。物語のおかげで、抽象的な音楽を含め、あらゆる音楽をすんなり受け入れることができるという。
ところでコジョさんは、音楽院で教育を受けたフルート奏者である。「音楽の知識があるから、選曲はそれほど難しくなかったですね」とご本人。フルートに関わる傍ら、物語の企画・執筆に並々ならぬ情熱を持ち、これまで音楽と物語を組み合わせたスペクタクルを、いくつも手がけてきた。また学校用に、楽器紹介のための物語を作ったことも。その一つが、ヴァイオリンの弦や弓の機能を分かりやすく理解させるために、魔法のヴァイオリンを主人公にした、『時をさかのぼるヴァイオリン』というお話。そこに作曲家が音楽をつけたそうだ。
(c) Thierry Boccon-Gibod |
コジョさんの創造力は、こうした教育の現場でも大いに発揮されている。
そして今回がオーケストラ(パリ管)との初共演。スペクタクルとして成功したのは、豊富な曲知識、オーケストラの楽器編成、脚本の書き方に精通し、それらを有機的に結びつけることができたからだろう。
さらに物語と音楽のバランスを上手く取るだけでなく、登場人物の動きにも気を配っている。子どもは主人公の行動に共感しやすいので、主人公の動きはとても大切である。
「物語を書いている時、どのように登場人物に動いてもらうか、色々考えました。登場人物が誰と出会うのか、動物と話せるようにするのか、しないのか。冒険の途中では常に選択に迫られますが、誰かにアドバイスを求めるのか、そうではなく自分で考えるのか。全てのエレメントに根拠があり、全てが登場人物の存在理由に結びついています。」
コジョさんご自身、幼い頃によく聞いていたのはベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」だそう。お母様がクラシック音楽ファンで、家には音楽が流れ、自然にヴィヴァルディ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトなどに親しむようになったという。そして10歳から音楽院へ通い、フルートの道へ。今は尺八も愛用しているそうだ。
そこで、音楽を聴くのに適切な年齢、があるのかを伺ってみた。
「音楽は、あらゆる年齢の子どもに聴かせてあげることができると思います。大人のように予備知識はありませんが、プレゼンテーション次第(で興味を持たせること)だと思います。それは、大人に対しても同じことが言えますね。
全ての音楽に対して、様々な理解のレベルがあります。
私自身は、小さい頃にディスクやコンサートで音楽を聴きましたが、そのうちの何曲かに夢中になったことを覚えています。小さい子どもにとって難しすぎる音楽はなく、聴かせる曲に限界はないと思います。例えば、今回プロコフィエフの『トロイカ』では、子ども達が手を叩いているのを見てとても嬉しく思いました。音楽をちゃんと聴いて、感じて、リズムにノッてたんですね。」
ちなみに今回のスペクタクルは、何歳を対象に?
「このスペクタルは、音楽院に入れる年齢、すなわち6歳以上を対象にしています。このくらいの年齢ならば、物語に入り込めると思います。
最初、ストラヴィンスキーやミアスコフスキーは子どもには少し難しいかな?と心配しましたが、上手くいったと思います。物語があるので、音楽を聞く準備ができていたのでしょう。音楽は5分以上でしたけど。3歳~4歳くらいの子も来ていましたが、話が長すぎて複雑かと思いましたが、70分間最初から最後まで興味を失わずに聞いていたようですね。
子どもの並外れた潜在能力、そして聴く力に、私は自信を持ちました。」
(c) Thierry Boccon-Gibod |
ところでこのスペクタクルには、ナレーターの存在も欠かせない。女優ロール・ゴージェさん(Laure Gouget)のナレーションは、声質が明るく、リズミカルで、聴衆をぐいぐい物語の世界へ引っ張っていく。
また演奏者がステージに上がるたびに、ナレーターが「さあ、今度はパリ管弦楽団の管楽器の皆さんです!」という風に上手に紹介していく。そして演奏者も、物語の中で小さなマトリューシュカが現れる度に、その役になってセリフを唱えるのが面白い。まさに物語と目の前のステージが、一体化していた。
ところで、コジョさんはパリ管が提唱する『国境なきオーケストラ(Orchestre sans frontiere』にも関わったことがある。「音楽に国境はない」を合言葉に、クラシック、エレキギター、ジャズ、タンゴ、ロック等、ジャンルを問わず演奏する子供向けプロジェクトだ。(Direction:Faycal Karoui)
「音楽はお互いに影響を受け合っています。20世紀初頭の作曲家はジャズに少なからず影響を受けていますし、ジャズもクラシック音楽にインスピレーションを受けて発展しました。音楽にボーダーラインはないのです。だから『国境なきオーケストラ』によるスペクタクルは、驚きの連続ですよ。例えばマーラーの交響曲の後に、イディッシュ音楽(Yiddish)を演奏してユダヤ風の響きを入れたり。オーケストラメンバーは様々な音楽に興味を持っていますし、クラシックに限定していません。これは我々パリ管独自のものだと思います。」
音楽をジャンルで分ける必要は、きっとないのだろう。そして音楽を年齢で分ける必要も、きっとないのだろう。
それよりむしろ、融合すること―オーケストラにもスタッフにも、そんな信念を感じた。
最後にコジョさんより一言、「リクエストがあれば、ピアノの物語も書きますよ!」
さて、どんなファンタジー溢れる物語になるだろうか!?
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/