子どもの可能性を広げるアート教育

第01回 音楽劇を通して、「日常とは違う世界」の扉を開く

2008/06/13
音楽劇を通して、「日常とは違う世界」の扉を開く
Cite de la Musique ドビュッシー、ヤナーチェク、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ、ヒンデミット、クセナキス、メシアン、レヴィナス・・・・。近現代曲ばかりのステージというと、「えっ、ちょっと難しそう・・・!」と一瞬思われるかもしれない。
実はこれらは、子どもを対象にした音楽劇で使われた曲なのである。「子どもに理解できるかしら?」という大人の心配をよそに、聴いている子ども達は皆ワイワイ、ニコニコ。その人気の秘密は一体?
さて、このCite de la Musiqueは、毎週水・木曜日の午後になると、元気な小学生や子どものグループで賑わう。子ども向けの音楽ショーが行われるからだ。毎年約14,000人の観客動員があるそうだが、その人気の秘訣は?音楽に興味を持たせるために、どんな工夫がなされているのだろうか?
フランスでは子ども達に音楽に興味を持ってもらうため、様々な仕掛けをしている。第1回目は、Cite de la Musiqueの例をご紹介したい。
●キーワードは「多様性」。子どもに知ってほしい、色々な音やリズム

パリ20区にある広大な敷地に、Cite de la Musique(音楽都市)と呼ばれる一角がある。コンサートホール、劇場、音楽博物館、音楽資料館、ミュージックショップが併設された、総合音楽施設である。アンサンブル・コンテンポラン(名誉総裁:ピエール・ブーレーズ、ソリスト:永野英樹ら)をアーティスト・イン・レジデンスに迎え、20世紀音楽の初演等に力を入れる一方、パリ国立高等音楽院を始め、教育分野との繋がりも深い。まさに演奏・実験・研究・教育が一体化された音楽都市なのである。

マリス・フランクさん

この館内は毎週水・木曜日の午後になると、音楽劇を見にくる元気な小学生や子どものグループで賑わう。年間60~70回ほどの公演に対して約14,000人の観客動員があるそうだが、音楽に興味を持たせるために、どんな工夫がなされているのだろうか?
同プログラムを担当して7年になる、マリス・フランクさん(Maryse Franck)にお話をお伺いした。

「フランス国内外の劇場やフェスティバルを訪れて、年間200本ほどの公演を視察し、その中から20公演を選んでいます(年間約20公演×3回)。選考の際に気を配っているのは、『多様性』です。様々な年齢(3歳~12歳)、様々なスタイル(コンサート・ミュージカル・劇・パントマイム・人形芝居など)、様々な音楽のスタイル(クラシック、ジャズ、シャンソン、ポップス、世界各国の民族音楽など)を、バランス良く取り上げるようにしています。選考に際しては、まず私自身が最初の聴衆として、"これは面白い!"と思う公演をピックアップします。」


●現代曲を生き生きと聞かせる演出とは?
Pierrot-pierrot

クラシック音楽をメインにした公演は、今シーズン4回。冒頭の通り、いずれも近現代曲が多く用いられている。

「昨年12月に、『鳥さんのことば(Parole d'oiseau!)』という音楽劇を行いました。Odyssee ensemble & cieというクインテットが出演したのですが、クセナキス、メシアン、レヴィナス、クラヴツィークと、全て現代曲でした。ただ演出がとても工夫されていて、鳥をテーマにした曲に統一し、メンバー全員が鳥の衣装に身を包み、鳥のような動きをしながら演奏していました。4歳以上の子どもを対象にしたのですが、皆とても熱心に、興味深く耳を傾けていましたよ。」

現代曲というと、ちょっと苦手意識を持ってしまいがち・・だが、そこはアイディア次第!曲をどのような順番に並べ、どのようなストーリー展開で繋げていくか、演奏者やステージをどう演出するのか、どのように動いて音楽の世界を表現するのか―そこに工夫を凝らしているのである。
聴覚への刺激と同時に、視覚的効果を上手に生かすことで、子どもはすっとその空間になじみ、音を身体全体で受けとめることができるのかもしれない。

ParoledOiseau

別の日に行われた音楽劇『月とけんかしたピエロ(Pierrot fache avec la lune)』では、ピアノとチェロの演奏に合わせて、2人の役者がパントマイムでストーリーを展開していく。曲目はドビュッシー、ヤナーチェク、ルトスラフスキー。例えばドビュッシーのプレリュード第2巻「風変わりなラヴィーヌ将軍」では、パントマイムの動きも大きくユニークに。また「交代する3度」では、小刻みなリズムにのせて、パタパタとお化粧をしている女性の動きを、鏡合わせのようにピエロ役が真似する。音楽に合わせた動きが笑いを誘ったり、時には子どもが「わーん」と泣き出す場面も。とにかく子どもが音楽の世界に引き込まれているのが分かる。
ちなみにピアノはDelphine Bardinさん(97年クララ・ハスキル国際コンクール優勝)、チェロは世界的に活躍中のOphelie Gaillardさんと、演奏のクオリティも高い。70分間のショーが終わった後、子どもたちはちょっと興奮した様子で会場を後にしていた。


●音楽劇を通して「人生」も見せる、そこにタブーはない

さらに音楽を楽しく聞かせるだけではなく、もっと深い意義もあるようだ。

Cite de la Musiqueの公演プログラムには、シーズン全体のテーマとそれに関連したウィークリー・テーマが決められており、子ども対象の音楽劇も、概ねこの方針に沿っている。07-08年度年間テーマは<宗教と世俗(Sacre et profane)>。
前述の『鳥さんのことば』は、「芸術の中の精神性(Du spirituel dans l'art」というウィークリー・テーマに沿って選んだそうだ。同週、一般・大人対象のコンサートでは、メシアンのピアノとオーケストラの作品「異国の鳥達」が演奏されており、子どもと大人のプログラムに連続性が見られる。

「毎週月曜日にプログラム選考ミーティングを開き、皆と意見を交わしながら、年間プログラムを構成していきます。選考メンバーは7人で、一般コンサート・プログラム担当者、美術館担当者、音楽学者、そして哲学者も含まれています。」

哲学者も含まれているとは、フランスらしい。さらにフランクさんは、こう付け加えた。 マリス・フランクさん

「エンターテインメントや教育の要素だけではなく、生や死、愛・・・といった人生の様々な局面を見せることも大事だと思います。学校や家族に囲まれる日常生活とは、違う世界を垣間見せる入り口になりますね。それらは人生の一部であり、タブーではないのです。もちろん、子どもに話すのは難しいですけどね。」

「タブーはない」と言いきる潔さは、文学で養われた深い人間理解と、豊かな人生経験に基づいている。大学院でフランス近代文学を専攻し、修了後はフランス語教師、音楽情報センター勤務、楽器博物館員など、様々な仕事を経験。小さい頃はフルートやギター、ハーモニカを独学で、社会人になってからはコンテンポラリー・ダンスを8年間習ったそうだ。子育ても一段落し、今は仕事と人生を謳歌している。

さて来シーズンは、どのような公演があるのだろうか?

「クラシック音楽が聞ける公演は、ドビュッシーのバレエ音楽『おもちゃ箱(La Boite a joujoux)』を題材にした音楽劇など、3つを予定しています。また、毎週土曜日には子供用の鑑賞コンサートも行っています。是非いらして下さいね。」

子供には無限大の可能性がある。だから、あらゆる時代や形式の音楽、様々な感情や感覚を知ってほしい。子どもには、それを感じて受けとめる能力が備わっているから、楽しく、たくさん伝えたい――あふれる情熱を胸に、フランクさんは今日もフランス全土を駆け巡る!

Cite de la musique
221, avenue Jean-Jaures 75019Z
01 44 84 45 00
http://www.cite-musique.fr

<情報の宝庫!館内情報>
・楽器博物館(火曜日~土曜日:12時~18時/日曜日:10時~18時)
・音楽資料館(火曜日~土曜日:12時~18時/日曜日:13時~18時)
http://mediatheque.cite-musique.fr

LINK ────────────────────────────────

筆者ブログ:パリの音楽・アート雑記帳


菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

【GoogleAdsense】