グランミューズな大学生

第05回 沼田理美さん

2008/03/04
第5回
■沼田さんの演奏:♪mp3 15m40s
リスト/バラード2番

小さいときから様々なコンクールやピティナで輝かしい活躍をされてきた沼田理美さん。現在の彼女の演奏はそれまでに培った強靭なテクニックと持ち前の豊かな感性で、聴く者を彼女の世界に引き込んでしまう。小さいときからのピアノ漬けの生活。そして何より周りから音大への進学を切望されていた中、音大ではなくピアノではない世界に自分の進路を自分で決めたこと。その決意の裏にある確固たる信念、そしてこれからのピアノとの関わり方を聞かせていただいた。

第5回
沼田理美(ぬまた さとみ)

神奈川県立鎌倉高等学校卒業、明治大学文学部文学科文芸メディア1年次在籍中。5歳よりピアノを始める。ピティナ・ピアノコンペティションにおいて、B級金賞、C級金賞、E級ベスト賞受賞。かながわ音楽コンクールにて神奈川新聞社賞受賞、神奈川県高文連ソロ・コンテストにて教育長賞受賞。エトリンゲン国際青少年ピアノコンクール本選入選。カーネギーホールおよびスタインウェイホールのコンサート(AADGT主催)に出演。ポーランド国立クラクフ室内管弦楽団、神奈川フィルハーモニーと共演。現在、明治大学ピアノの会KLAVIERに所属しており東京六大学ピアノ連盟にてオールデュオコンサート、フレッシュコンサートに出演。これまでに江崎光世先生、伊藤恵先生に師事。好きなピアニストはブロンフマン、ツィメルマン、伊藤恵。(2008年2月29日現在)


石川伸幸(以下、石川):どうも、こんにちは。今日はよろしくお願いします。

沼田理美(以下、沼田):こんにちは、よろしくお願いします。

石川:まずはピアノを始めたきっかけをお聞きしたいのですが。

当たり前だったピアノとの出会い

第5回

沼田:母がピアノの先生だったので気が付いた時には当たり前のようにピアノを弾いていました。

石川:そうですよね。お母様はピティナの学校クラスコンサートでも活躍されている沼田はるみさん(指導者会員、第30回グランミューズ部門Dカテゴリー全国大会第1位)ですよね。最初はお母様に習ったのですか?

沼田:正式に習っていたかどうかは定かではないですが、ピアノを前にして一緒に遊んだり教えてくれたりという記憶はあります。そもそも幼稚園の最初の頃は神戸にいて、その頃は1年くらいヤマハ音楽教室に通っていたんです。年長になる時に神奈川に戻って来てそれを機に母の先生でもあった江崎光世先生に習うようになりました。

石川:なるほど。年長さんの頃に江崎先生に師事し始めてからはそれこそ沼田さんのプロフィールが物語るように、いわゆるピティナっ子としてB級金賞、C級金賞、E級ベスト賞と大変な活躍をしますね。中1の頃にはAADGT主催のカーネギーホールおよびスタインウェイホールのコンサートで関本昌平さん辻井伸行さんなどといった現在の若手ピアニストのトップランナー達と行動を共にし、演奏をするようになりますね?

沼田:そうですね。その頃は特にピアノにどっぷりと浸かり、1日がピアノで始まりピアノで終る感覚でした。


第5回

石川:沼田さんはつい最近まで現在ピアニストとして活躍している人達と同じ土俵でピアノの勉強をし、コンクールでも結果を残してこられたわけです。その頃というのはどのような生活をしていたのでしょうか? まずは小学校時代をお聞きしたいのですが。

小中高と続く「私=ピアノ」、「即帰宅、即練習」の生活

沼田:小学校6年間はとにかく1日がピアノを中心に回っていました。友達と遊ぶということも少なく、放課後に誘われても大抵は「うーん、家に帰ってピアノの練習をしなきゃ」という返事をするような小学生でした(笑)。

石川:なるほど、感心するというか納得するというか(笑)。その「練習しなきゃ」にしてもそうですが、小学生でピアノ以外のことを自主的に自制出来たのですか? 「練習しなくちゃいけない」という気にさせるある種のプレッシャーみたいなものがあったり?

沼田:そうですね、今だから言えますがそういうプレッシャーはありました。練習する気にさせてくれたことは嫌みではなくて、今では本当に感謝していますよ。小学生の頃はピアノを弾くことは楽しかったですから。

石川:コンクールに向けてというのが主だと思うのですが、具体的にはどのようなレッスン、練習をしていたのでしょうか?

沼田:小学校の時のレッスンは週1回数時間のレッスンでした。コンクール前などはもちろんレッスンの日数を増やして下さいました。レッスンは充実していて、自分の力をどんどん引き出してくれるなと子供ながらに感じていました。練習はとにかく弾くというものでした。曲数は沢山勉強していましたが、舞台にのせる数曲は長い期間弾いていました。

石川:なるほど。そのスタンンスは中学生の時も変わりませんでしたか?

沼田:そうですね。ピアノの練習のために中学、高校と地元の学校に進学しましたし、その頃からは自分も周りも当たり前のように「私=ピアノ」という感覚でいましたので。部活は文化系の活動しているのかいないのか分からないような部活に所属していましたが、参加した記憶はほとんど無いです(笑)。学校が終れば即帰宅し、即ピアノの練習開始でした。

石川:高校受験はどうでしたか?

沼田:そうですね、高校に関しては音高を考えていなかったので受験の時期は少し勉強に力を入れましたが基本的に「即帰宅、即練習」の生活でした。

石川:音高は考えなかったということでしたが、音大は考えていましたよね?

沼田:音大に関しては考える考えないという次元ではなく、当時の自分にとっては「進学して当たり前」という存在でした。自分が進んでいる道の先にあるものでしたから。

石川:そうですよね。地元の高校に進学してからも「即帰宅、即練習」の生活はしばらく続きますか? 高校生の時にはコンクールでもますます活躍されていますし、周りからの期待も大きかったのではないですか?

沼田:そうですね、部活はいわゆる「帰宅部」でしたし、その生活はしばらく続きます。コンクールでは2003年の高1の時にかながわ音楽コンクールで神奈川新聞社賞を頂き、神奈川フィルハーモニーとベートーベンのピアノ協奏曲第1番を共演します。2004年の高2の時にはドイツでエトリンゲン国際青少年ピアノコンクールを受け本選入選しました。

石川:華々しい活躍で、いよいよ周りもピアニスト沼田理美の誕生に向けて期待が膨らんでいったでしょう。しかし、音大への進学を迷い始めますね?

大学進学を前にした進路の悩み、そして決意

沼田:それにはちゃんと訳があります。高校も最初の頃は音大受験を考えていて音大の先生にちょくちょく見てもらったりしていたんです。それこそコンクールも積極的に参加していましたし。私はずっとクラシックしか触れてこなくて、クラシックと言っても王道のクラシックしか知らなかったんですけれど、高2の冬に同門の先輩に誘われて行った「ビジョナリーミュージック」という視覚的な要素を取り入れたコンサートを見てすごく感動したんです。第5回視覚的なものに興味が移ったというのではなく、私が知らない音楽の表現方法があるんだということにショックを受けたんです。それはあくまできっかけですけれど、自分の中にこのままでいいのかという疑問や迷いが明確に表れて来ました。高3になり周りの友人達の影響もあって自分の進路を現実的に考えた時に、このまま私はピアノだけを弾いていくのかなと真剣に考え始めました。そして、そのコンサートのように当たり前だけれど自分が知らないことがこの世の中には沢山あるということに気付いて、そしてそれらを知りたいと強く思うようになったのです。小さい頃から当たり前と思って弾いていたピアノではなくて、自分が本当に興味あることを学びたいと考え始めました。それからはそれまでピアノしかやってこなかったから他のものに興味を持つなんて考えなかったんですけれど、これ面白いなって自分から思えるものがすこしずつ出て来たんです。

石川:なるほど。自身の中でも様々な葛藤があったんでしょう。これ面白いなって自分から思えるものがすこしずつ出て来ることを受け入れ始めることはすごいことだと思います。実際に音大を受験しないと決めたのはいつですか?

沼田:高3の6月です。

石川:その決定に周りの人達はびっくりしたでしょう?

沼田:先生は「いいんじゃない」って感じでしたが、家族や友達はびっくりしていました(笑)。


石川:目に浮かびます(笑)。どのように現在の進路を決めたのですか?

大学入学とこれから

第5回

沼田:そうですね、その高3の6月に音大を受験しないと決めたのはピアノ科のことで、その頃は音楽学や楽理を学べる科を受けてみようかなと考えていたんです。だからまだ視野は狭くて「音楽系」を意識していました。だけど浪人している間に勉強が楽しく感じて、それからは音楽の他に知りたいことが沢山あるなと強く思い始めました。興味は一生同じというわけではもちろん無いですし、その時々に自分が強く惹かれるものを受け入れてとことん学んでいきたいと思うようになったんです。そして今の自分は文芸やメディアに興味があり、1年間の浪人生活を経て明治大学文学部文学科(文芸メディア専攻)に無事入学しました。

石川:今の自分が強く惹かれるものを受け入れるということには、とても共感します。今現在の沼田さんが「私=ピアノ」や「即帰宅、即練習」などの生活をしていた時間を振り返って何を思いますか?

沼田:そうですね、とても大変なことをやっていたんだなと思います。中学、高校の時には辛くて何度もやめたいと思ったりもしましたが、それを乗り越えて来たし、ひとつのことを徹底して頑張ったという経験は自分の力になっているとそれは強く思います。今の私があるのは当たり前だけれど、そこで出会った先生達や友人達、仲間達のおかげですよ。

石川:そうですね、何かを徹底的に追及して鍛錬していく過程でしか見えない景色というか、味わえない喜びだったり苦しみだったり。それは絶対揺るぐことのない力を与えてくれると思います。大学でもピアノサークルに入って、第3回『グランミューズな大学生』に出演していただいた亀井晧太郎さんとルトスワフスキのパガニーニ変奏曲を2台ピアノで演奏したり、東京六大学ピアノ連盟の明治大学代表次期理事に内定したりと活躍されていますね。ピアノの力、音楽の力というのはどんな国でも組織でもやっぱり強い何かがあると僕は思っています。どのような道に進まれてもピアノを弾くことは続けて欲しいと思います。

沼田:そうですね、ピアノはずっと弾いていきたいと思います。だけどもう今後は今までのようにピアノが生活の中心、人生の中心になることはないと思います。自分が今興味あるものを追求していきたいという想いがとても強いですから。でも、ピアノを一生懸命に学んできたことやピアノを通じて出会えた人々や感動は私にとってかけがえのないものです。それらをこれからも大切にしながら大学生活、そしてこれからの自分の人生を歩んでいきたいと思います。

石川:素晴らしいですね。これからのご活躍、ご健闘をお祈りしています。是非とも充実した大学生活、そして大きいですが人生を歩んで欲しいです。今日は本当にありがとうございました。

沼田:こちらこそ、ありがとうございました。

(2008年2月7日 東音ホール)


「沼田理美さんとピアノ」     江崎光世
 目、口、耳が身体の一部であるように、あなたにとってピアノは、生活の一部であり、ほんとに仲の良いお友達という子供時代でしたね。御家族の方々があなたのピアノの成長を楽しみに心から応援して下さり、ほんとに恵まれた環境の中で十数年関わってこられた幸せな方でした。この間に育まれた音楽への心と練習への努力と情熱は生涯、人間的魅力となり、あなたの中から香ってくる事でしょう。
 レッスンを始めた頃からお友達と連弾をしたり、小学1年生ではコンツェルト体験等、小さい時からいろいろな体験に恵まれた事が大人になってから実ってくる事を楽しみにしています。これもあなたは丈夫でレッスンをお休みする事が少なく、こつこつ積み重ねられる性格の持ち主だった事が、その後も次々と花開き、きっと神様がごほうびに様々な体験のチャンスを与えて下さり、あなたは楽しくそのステージをこなしていきましたね。ニューヨークでの音楽セミナー体験に行ったり、カーネギーホールでのコンサートに参加したり、コンツェルト体験も数多く、いろいろな海外の先生のレッスンも受けられたり、エトリンゲンにも参加したりと、あなたのピアノ人生は何と密度の濃いものだった事でしょう!! 子供時代にこれだけ恵まれた音楽体験を積まれる人は多くはないですから感謝して下さいね。
 しかしある日突然(実は御自分の中で暖めていらした時間がありましたね)方向転換!! しかも高校3年生の夏に。勇気のいる時にすごい決断。以前から肝っ玉の太いあなたと思っていましたが。さすが!! めまぐるしい時代の変化と御自分の成長の変化のバランスで、自ら考え、調べ、将来の方向の設計変更を決断されましたね。方向転換された1、2年の間のあなたの成長には目ざましい進歩が見られた時に、「やったね!!」と拍手を送りたい気持ちでしたよ。今まであまりにも<井の中の蛙>のような、ピアノ音楽の一部分の世界しか見えていなかった所から、パーッと視野が広がり、自らの力で将来を設計する力が育っていったのですね。大学入学後のあなたの演奏も、これからきっと新しい友人や豊富なステージ体験で、今までと違ったピアノとのつき合い方であなたから香る音楽も変化される事でしょう。心から楽しんでステージをエンジョイ出来るあなたの姿は輝いていますね。どこにいっても皆から愛されるあなたです。それがあなたの個性ですね。今まで培ってきた音楽力をどんな方法で生かしていかれるかほんとに楽しみですね。きっとその力を生かせる時と場を与えられる人なのでしょう。
(江崎光世先生からのコメント)



石川 伸幸(いしかわのぶゆき)

慶應義塾志木高等学校卒業、慶應義塾大学文学部在学中。小学校時代はサッカーに、中学校時代はボクシングに打ち込む。高校在学中より本格的にピアノを習い始める。ピアノと室内楽を多喜靖美氏に、作曲を糀場富美子氏に師事。慶應義塾ピアノ・ソサィエティー(KPS)、慶應義塾カデンツァ・フィルハーモニー(室内楽サークル)メンバー。第1回ピアノ愛好家コンクール(アマチュア&シニア部門)第1位。国際アマチュアピアノコンクール2007(B部門)第2位。第31回ピティナ・ピアノコンペティショングランミューズ部門(Yカテゴリー)地区本選優秀賞。

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