第01回 新野見卓也さん
今夏、第31回ピティナ・ピアノコンペティショングランミューズ部門(Yカテゴリー)で全国決勝大会第2位になられた新野見卓也さん。全国大会で弾かれたプロコフィエフ作曲『ピアノ・ソナタ第6番 第4楽章』の独創的な演奏は今でも印象に残っている。夏休み明けの残暑の厳しい昼下がり、過去から現在までの軌跡、学業との両立、そして未来への展望と「アマチュアという存在」について、和やかな雰囲気ながらも有意義な話を聞かせていただいた。
栃木県立栃木高校卒業、現在国際基督教大学人文科学科1年在籍。高校時代は合唱部部長をつとめる。小学4年生の時に初めてピティナに参加。2003年栃木県学生音楽コンクールピアノ部門(中学生の部)第1位。2004年ピティナピアノコンペティション(E級)全国決勝大会ベスト10賞。栃木県ピアノコンクール(高校生の部)最優秀賞ならびに大賞。2005年栃木高校音楽部とラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(第1楽章)を協演。第31回ピティナピアノコンペティショングランミューズ部門(Yカテゴリー)全国決勝大会第2位。ピアノを原恵美子、原愛子、玉置善己、厚地和之、小和田佳苗の各氏に師事。好きなピアニストはリヒテル。(2007年9月20日現在)
全国決勝大会時の演奏 プロコフィエフ ソナタ第6番4楽章 mp3 6m58s |
石川伸幸(以下、石川):どうも、こんにちは。そして、グランミューズ全国第2位おめでとうございました。
新野見卓也(以下、新野見):こんにちは。ありがとうございます。
石川:この企画の趣旨は音大ではなく一般大学に通い、学業との両立をしながらもピアノへの強い情熱を持ち、多くの演奏活動や各種コンクールで活躍している大学生にスポットをあて、様々なことをインタビューしていくというものです。その第1回目として新野見卓也さんにお話を聞きます。まずはピアノ歴を聞きたいのですが、いつからピアノを始めて、ピアノとどんな付き合いをしながら現在に至るのでしょうか?
過去から高校時代までの軌跡
新野見:ピアノを始めたのは多分3、4歳の時で、母親の知り合いの原先生のところに連れて行かれたのが最初ですね。そこは普通のピアノ教室です。始めたきっかけは先生の家に預けられた時に先生がエビ天をご馳走してくれて、それが嬉しくて(笑)。ピティナに参加するようになる小4まではほとんど家では練習せず、1回弾いていいかなって。先生の家で譜読みする感じでした。それにテクニック練習が大嫌いでしたし。その頃先生はペースメソッドというのを課題に出されていて、それには表現の曲、指を鍛えるなど何種類もあって、その「指を鍛える」っていう類いのものが大嫌いで一切弾きませんでした。スケールもアルペジオもメカニカルなテクニック練習は大嫌いでした。小学校に上がってからはゲームに熱中してしまい、ピアノどころではありませんでした。発表会の曲も「短いから」という理由で選んでいたのを覚えています。ゲームに熱中したまま小4になり、そんな頃母に母の知人の厚地和之先生(栃木県支部代表)の所へ連れて行かれました。それこそ何も知らない無垢な少年に課題曲を親がやらせて(笑)。譜面なんて全然読めなかったから、指番号とかドレミまで全部書き込んでもらいました。そこで初めてピティナ(コンペ)に出てみないかと言われたんです。それからは高1まで毎年コンペに参加しました。小5で初めて本選に進みましたが、その頃はまだゲームの方が大事でしたね(笑)。ただ小6に進級した頃から厚地先生に「センスが良い」と言われ始めて、その年に本選で賞を頂いた。それで、やる気が出たんです。地元の中学に進級してからは毎日がピアノ漬けでした。勉強もゲームもしませんでしたね。毎日5、6時間は練習していました。中2の時に原先生の教室は卒業して厚地先生だけについていたのですが、中3から小和田佳苗先生にも教わるようになりました。それからは小和田先生の影響もあってかテクニックについてよく考えるようになりましたね。小さい頃に毛嫌いして見向きもしなかった技術の必要性を痛感したんです。それからは色々と我慢強く考えながら練習しましたね。そして中学3年間の集大成としてベートーベンのバリエーションを弾き、中3の時に栃木県学生音楽コンクールで第1位を頂きました。その1年後、高1の時にE級で全国大会ベスト10賞を頂きました。その年の秋には栃木県ピアノコンクールで大賞を頂いて、その記念として翌年、オケ部とラフマニノフのコンチェルトを共演したんです。高校時代は合唱部に所属していて、合唱もよくやっていましたね。伴奏も、歌う方も。
一般大学への進学、そしてこれから
石川:主に高2までの話をしてくれましたが、それだけ中学高校時代がピアノ漬けな日々であったならば、必然的に音高受験、音大受験は考えなかったのですか?
新野見:考えました。それこそ厚地先生が宇都宮短大付属高校(音楽科)の先生なので、そこに特等で入りなさいと強く進められていたのだけど、そこまで強く自分自身に音楽家を推せないと思ってしまいました。やっぱり勉強がしたかった。ただ最も悩んだのは音大受験。中学時代も高校時代も悩み続けていました。もともと高校では音楽をするつもりは無かったんですよ。高校入ったらもう勉強しようと思っていたのだけれど、ずるずる引きずって高校1年間終わって、やっぱり好きだから続けるかみたいな感じで。合唱部の部長もやっていたので高3の10月くらいまでは受験勉強に本腰入れていなかった。ただコンスタントに勉強はしていましたけれど。高3の春にキーシンとツィメルマンの演奏会に行った時、ツィメルマンが演説したのだけれど、それにとても感動して。彼は18歳でショパンコンクール優勝して、当時自分も18歳だったから、俺は何をしているんだろうと思ってね。音楽これだけ好きなのに、こうゆう(一般大学の受験)勉強しているのは逃げているのではと思って。音楽はとても危険な道じゃないですか。お金もそうだし、人間関係も。それで、勉強しているのは自分のやりたいことを抑圧しているというか、逃げているのかなっていうのを思って、一時期本当にどうしようかと迷いました。でも、やっぱり勉強がしたい。その強い気持ちが一般大学受験を決心させたのだと思います。あと決定的に一般大学にすると決心したのは、小和田先生に「ここまでやったのだから、(一般)大学出て毎コン出ればいいじゃない」と言われて。小和田先生は長い間心配してくれていて、芸大や桐朋も考えてみたらと言っていた先生がそう言ってくれて。また厚地先生も「G級や特級にチャレンジしてみたら?」と言ってくださっていましたし。それらの言葉はとても大きかった。
石川:グランミューズ出身で特級や毎コンで活躍している人は少なくはないですよね。新野見さんも是非参加してほしいと思います。新野見さんは現在1年生ですから、大学4年間まずは勉強しながら、チャレンジしていって欲しいですね。
新野見:はい、毎コンはささやかな目標ですよ。ピティナで言うのもあれですけれど(笑)。ただ当たり前のことだけれど、コンクールが全てではないです。コンクールを何故受けるかと言えば、やはり具体的な目標があると洗練できるからなのです。アマチュアの特権を生かして出たいときには出ますし、出たくなければ出ません。今年参加したグランミューズも予想以上に大変でしたし。
練習場所とピアノ
石川:本当にそうですよね。大変なことといえば、練習場所や練習環境、時間確保はどうですか? 一般大学には音大のように練習室が豊富に設備されているわけではないでしょう?
新野見:場所、環境はとても大変。時間は大学ってこんなに暇なんだと思うくらい暇ですね(笑)。大学に入学してからは大学の近所に下宿しているのですが、そこにあるのは電子ピアノです。電子ピアノはタッチも何もなくなります。タイミングの問題に全部還元されてしますので、例えタッチがそろってなくてもタイミングさえ合ってしまえば均一に聴こえてしまう。非常によくない。先生にも指摘されますね。ですので、週末は実家に帰ってグランドを弾いています。
学業との両立
石川:やはり苦労はありますね。サークル活動やアルバイトはされていますか?
新野見:していませんね。英語のクラスが少人数制なので人脈も出来ていますし、とにかく今はピアノと勉強がしたい。親にも言われたのですが、よっぽど困らない限りは今しか出来ないこと、やりたいことをやりなさいと。だからバイトも今後やるつもりはないです。支援してくれる家族には本当に感謝しています。脱線するかもしれませんが、もともと文学が大好きで毎日何時間も読書します。だからその時間も大切にしたいのです。フォークナーとか大江健三郎とか好きですね。自分の演奏の強みは文学とかそうゆうことのインターナライズだと思っています。その強みには自信ありますし、その勉強、つまりインプットはとても重んじています。エドワード・サイードが『音楽のエラボレーション』(みすず書房)という本の中に「グールドは音楽を演奏だけじゃなくて言論とか著書とかそうゆうのを全部含めて自分の音楽として示す」という趣旨の一節がありまして、そうゆう音楽の捉え方にも影響を受けているかもしれません。
石川:非常に勇気を貰う言葉ですね。サイードとか大江とか、僕も好きだから話し始めると脱線してしまう(笑)。しかし、それが果たして「脱線」なのでしょうか? ピアニストはピアノだけを弾いていればいいという時代ではもはやないですし、そんなことをしていたらほとんどのピアニストが食べていけません。教職などに就きながら自主開催のリサイタルを定期的に行うというのがほとんどのピアニストのスタンスではないかと思うのでが、それはある意味ではプロもアマチュアも同じなのではないかと思うのです。新見野さんは「プロとアマチュアの差」とは何だと思いますか?
プロとアマチュア
新野見:お金を貰うか貰わないか、それだけじゃないかなと思います。プロも好きで弾いているわけでしょうし、でもお金を貰うのはプレッシャーだと思いますね。
石川:ただ演奏だけでお金を貰っているプロのピアニストは稀ですよね? 教職やコンクール審査などのお仕事が主なピアニストがほとんどだと思うのですが。視点を変えて、お金ではなくレパートリーの差にプロとアマチュアの基本的な区別がなされると思うのですが。
新野見:そうですね。やはり、量の差はあると思います。2時間のプログラムを持っているのはすごいと思いますね。1曲1曲の完成度に関して言えば、上手なアマチュアもプロもそれほど差はないと思いますけれど。ただ、音楽に免許はいらないですからね。でも確かにレパートリーはすごくネックです。
石川:朝から晩までピアノの前にいるわけにはいかないですしね。これからは新野見さんはじめアマチュアの人達のレパートリーも増えていくと思いますし、G級・特級、それこそ諸国際コンクールにアマチュアの人達が出てくると思います。ピティナでももうそうゆう事例は多々ありますし。だから新見野さんにもチャレンジしてほしいし、出来ると思います。ピアノを学ぶのに道が沢山あることをアマチュアの人達が示すことはとても大切なことだと思います。音大に行くことだけが全てではないということをどんどん示していくべきですし、音楽を楽しみながら続けていけば必然的にそうなると思います。
新野見:本当ですね。楽しみながら、頑張ります。
石川:力強い言葉です。今日はありがとうございました。これから、勉学にピアノに頑張って下さい。
新野見:頑張ります。ありがとうございました。
(2007年9月20日 東音ホールにて)
以下は新野見さんの先生方から頂いた新野見さんへのコメントです。
「おめでとうございます。幼少時代からピアニストの横山幸雄氏を尊敬し音色やアーティキュレーションを研究して弾いていたのが印象に残っております。これからも様々なことに自ら感動し、演奏の糧にしていって下さい。」(原恵美子、愛子先生からのコメント)
「この度新野見卓也君が、グランミューズ部門Yカテゴリーで第2位(ソナーレ賞)を頂きました。私も自分の事のようにうれしく思います。新野見君は、私は彼が10歳の時から指導していますが、性格の素直さ、頭の回転の良さ、ずば抜けた集中力等の素質に加え、たゆまぬ努力、研究心の深さでどんどん成長してきました。彼のように一般の大学に進みながらピアノを勉強している方々は沢山おりますので、このような年齢層の広いグランミューズ部門がますます発展していってほしいと願っています。」(厚地和之先生からのコメント)
慶應義塾志木高等学校卒業、慶應義塾大学文学部在学中。小学校時代はサッカーに、中学校時代はボクシングに打ち込む。高校在学中より本格的にピアノを習い始める。ピアノと室内楽を多喜靖美氏に、作曲を糀場富美子氏に師事。慶應義塾ピアノ・ソサィエティー(KPS)、慶應義塾カデンツァ・フィルハーモニー(室内楽サークル)メンバー。第1回ピアノ愛好家コンクール(アマチュア&シニア部門)第1位。国際アマチュアピアノコンクール2007(B部門)第2位。第31回ピティナ・ピアノコンペティショングランミューズ部門(Yカテゴリー)地区本選優秀賞。