第10回 チェンバロからピアノへ1
【演奏】
♪ G・ガブリエリ カンツォーン 「陽気な女」 (MP3) 演奏:武久 源造
※ 2006/8/1 東音ホール(東京・巣鴨)におけるライブ録音
※ 録音機材と環境の都合により、雑音が多くなっています。あらかじめご了解下さい。
これから徐々に、鍵盤楽器の歴史を辿りつつ、時代を少しずつ進めてまいりましょう。
先日ご紹介したクリストフォリ・ピアノから50年余、ピアノ製作の歴史は一進一退を繰り返していました。そして、一般的にはまだ、チェンバロやクラヴィコードが鍵盤楽器の首座に座っていたのです。
ところで、誰でも、道具を評価するときには、主に次の三つの観点から考えるのではないでしょうか。
1. 耐久性、或いは、保守調整がどのぐらい簡単に行えるか。
2. 操作性、つまり、使いやすいかどうか。
3. 可能性、つまり、それを使ってどんなことができるのか。
ここで、この三つを基準に、それぞれの鍵盤楽器を比較してみましょう。(私としては、できるだけ公正な立場を取るつもりではありますが、どうしても、個人的な偏見が混じってしまうかも知れません。その点、お許しください。)
さて、チェンバロの音には、倍音成分が多く含まれるので、僅かな調律の狂いが気になります。また、大きなチェンバロではそれだけ弦も長くなりますが、張力は低いので、環境変化の影響を受けるなどして、ピッチが動きやすいのです。つまり、割に細目な調律を常に必要とします。弾くための爪も、本当の鳥の羽を使った場合、少なくとも半年に一度は新しい物に取り替えねばなりません。また、演奏の場所の響きや共演する楽器に合わせて、爪を変えることもあります。バッハは一日に5本から10本の爪を取り替えねばならなかった、と言われています。(現在殆どのチェンバロでは、デルリンと呼ばれる合成樹脂が代用されています。これだと、より長持ちはしますが、音質とタッチに問題があります。また、デルリンの爪は、折れるときには根元から一気に折れてしまいます。これが本番中に起こるとかなり悲惨です。
この点、本当の鳥の羽は、折れる時にも徐々にひびが入って行くので、まさかの場合にもこちらに対応するゆとりがあるわけです。)というわけで、1.に関して、チェンバロという楽器は扱いやすいか、となると、かなり厳しい。まあ、60点ぐらいでしょうか。
2.についてはどうか。チェンバロは比較的軽い楽器です。普通に使われている物では、どんなに重くても80キロは超えず、小型の軽い物では、20キロほどの楽器もあります。普通は、ペダルなどの付随装置も無く、傾けても横倒しにしても、それで壊れるということはありません。これならどこえでも持っていくことができます。ストップの操作も簡単で、誰でもすぐに憶えられます。基本的なテクニックさえマスターすれば、何時間弾いても、基本的に楽器は傷みません。とまあ、こういうわけで、使いやすさに関しては、90点以上を付けてもいいと思います。
3.に関しては評価が分かれるかも知れません。チェンバロの表現力は豊かで、バランスも大変良く、だからこそ、ヨーロッパ人は400年以上もこの楽器を愛し続けたのです。しかし、この楽器には恐るべき欠点があります。言うまでも無くそれは、細やかな強弱表現、クレッシェンドやディミニュエンドが難しいということです。
これを克服するために、様々な新工夫が成されました。その中から、クリストフォリ・ピアノも生まれてきた、ということについては、先日お伝えした通りです。というわけで、いろいろ悩んだ末に、私としては3.に関して、チェンバロには75点を与えたいと思います。(続く)
1957年生まれ。1984年東京藝術大学大学院音楽研究科修了。チェンバロ、ピアノ、オルガンを中心に各種鍵盤楽器を駆使して中世から現代まで幅広いジャンルにわたり、様々なレパートリーを持つ。特にブクステフーデ、バッハなどのドイツ鍵盤作品では、その独特で的確な解釈に内外から支持が寄せられている。また、作曲、編曲作品を発表し好評を得ている。
91年「国際チェンバロ製作家コンテスト」(アメリカ・アトランタ)に審査員として招かれる。07年および01年、第7回及び第11回古楽コンクール(山梨)に審査員として招かれる。00年に器楽・声楽アンサンブル「コンヴェルスム・ムジクム」を結成し、指揮・編曲活動にも力を注いでおり、毎年数多くのアンサンブルによるコンサートを行い、常に新しく、また充実した音楽を追求し続けている。02年および03年には韓国からの招聘により「コンヴェルスム・ムジクム韓国公演」を行い、両国の音楽文化の交流に大きな役割を果たした。
91年よりプロディースも含め20作品以上のCDをALM RECORDSよりリリース。中でも「鍵盤音楽の領域」(Vol.1?6)、チェンバロによる「ゴールドベルク変奏曲」、「J.S.バッハオルガン作品集Vol.1」、オルガン作品集「最愛のイエスよ」、コンヴェルスム・ムジクム「バロックの華?ローマからウィーンへ」、ほかの作品が、「レコード芸術」誌の特選盤となる快挙を成し遂げている。02年、著書「新しい人は新しい音楽をする」(アルク出版企画)を出版。各方面から注目を集め、好評を得ている。現在、フェリス女学院大学音楽学部器楽科講師。