ピアノ曲MadeInJapan

◆大人のためのJAPAN11◆武満徹『ピアノ・ディスタンス』(1960's -2「武満の場合」)

2009/02/26

武満徹、世界中で最も知られている日本人作曲家の一人です。移ろい豊かな自然にインスピレーションを得たその作品は、独特の空気感を持つ音楽として、多くの人々に愛されてきました。現代音楽のみならず映画音楽やポップソング、そして文筆、イベント企画など、あらゆる活動を通じて時代をリードしてきたスーパー作曲家!今日はその武満の、最もアヴァンギャルドなピアノ作品 《ピアノ・ディスタンス》 をご紹介いたします(今回から映像付音源に!↓再生ボタンをクリックしてください ♪ )。



武満のピアノ曲

武満のピアノ曲は全部で14 曲。中でも「武満トーン」と呼ばれる、どこかドビュッシーに似た儚くロマンチックな後期の作品群は、人気があります。特に 《雨の樹素描II》 は、先日もピティナ2008年度グランプリの佐藤圭奈さんがヨーロッパ褒賞ツアーで演奏されるなど、最近ではよく取り上げられるようになりました。ですが今回ご紹介させていただくのは、そんな武満の作品の中でも、打って変わってアヴァンギャルドな前期作品 《ピアノ・ディスタンス》 です。武満には二つの顔がある、と言われています。ひとつが後期の「武満トーン」的な顔、そしてもうひとつが、前期のこの前衛的な顔と言えましょう。


武満アヴァンギャルド時代

Takemitsu2.JPG 《ピアノ・ディスタンス》 は、前回ご紹介した一柳慧作曲 《ピアノ音楽第2》 と同じ、1961年に作曲されました。安保運動に始まる、若者たちが変革に燃えた60年代。「既成のものを否定し、今に反逆する。人の真似をするな!新しいことをやれ!すべてのものから自由であれ!」 (安藤忠雄著『建築家・安藤忠雄』〔新潮社〕より)という精神が満ち溢れていた時代でした。日本の作曲界では、一柳氏によって紹介されたアメリカ実験音楽が、多くの作曲家に影響を及ぼした時代。50年代のグループ「実験工房」への参加に始まり、常に時代の最先端と向き合ってきた武満にとっても、最もアヴァンギャルドな時代だったと言えましょう。 《コロナ》 など完全な図形楽譜によるピアノ曲を書いたのも、この時期でした。


"音"そのものに気持ちを込める

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《ピアノ・ディスタンス》 には、後期の作品のような美しいメロディーはありません。楽譜の最初には拍子記号もなく、あるのは「1小節=3秒」という記述のみ...。ただ面白いのは、「hard(厳しく)」「softly(柔らかく)」「tenderly(優しく)」といった感情標語が、音ごとに書き込まれている点です。ランダムな音の連なりの中で、「1音1音は、演奏家の息づかいやフィーリングによって「生」をあたえられる」(秋山邦晴著『第3回現代日本音楽の夕』プログラムより)のです。メロディーではなく"音"そのものに気持ちを込める...。それは"メロディーで歌う"ことに慣れてきた私たちにとっては、よりシンプルで根源的な、新しい音楽との向き合い方かもしれません。


"音"の背後の 《音の河》

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ですが私自身、演奏して感じたのは、"音"と"音"の間に生まれる"静けさ"の強烈な存在感でした。"静けさ"の方がメインで、"音"はただそこに切り込むもの、といった逆転の感覚すら覚えたほどです。武満は著書で、「作曲するということは、われわれをとりまく世界を貫いている 《音の河》 に、いかに意味づけるか、ということ」 (武満徹『音、沈黙と測りあえるほどに』〔新潮社〕より)と語っています。 《ピアノ・ディスタンス》 では、表に現れる"音"が少ない分、その背後に横たわる 《音の河》 を、より強く感じることができたのかもしれません。そしてこの 《音の河》 こそが、「武満トーン」の作品でも同じように背後に横たわり、世界中の人々を魅了する独特の空気感を生み出しているように思えるのです。

(写真&映像:宮森庸輔)

須藤 英子(すどうえいこ)

東京芸術大学楽理科、大学院応用音楽科修了。在学中よりピアニストとして同年代作曲家の作品初演を行う一方で、美学や民族学、マネージメント等について広く学ぶ。04年、第9回JILA音楽コンクール現代音楽特別賞受賞、第6回現代音楽演奏コンクール「競楽VI」優勝、第14回朝日現代音楽賞受賞。08年、第8回オルレアン国際ピアノコンクール(フランス)にて、深見麻悠子氏への委嘱・初演作品が、日本人として初めてAndreChevillion-YvonneBonnaud作曲賞を受賞。同年、野村国際文化財団、AsianCulturalCouncilの助成を受け、ボストン・ニューヨークへ留学。09年、YouTubeSymphonyOrchestraカーネギーホール公演にゲスト出演。現在、現代音楽を中心に、幅広い活動を展開。和洋女子大学・洗足学園高校音楽科非常勤講師。
ホームページ http://eikosudoh.webcrow.jp/

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