ピアノ曲MadeInJapan

◆大人のためのJAPAN10◆一柳慧『ピアノ音楽第2』(1960's -1「アヴァンギャルド」)

2008/08/29
1940
40 ♪諸井三郎《ピアノソナタ第2番》
41 ♪早坂文雄《室内のためのピアノ小品集》
46 「新声会」結成
47 「新作曲家協会」結成
48 ♪平尾貴四男《ピアノソナタ》
48 「地人会」結成
1950
51 「実験工房」結成
53 ♪三善晃《ピアノソナタ》

53 「3人の会」結成
「山羊の会」結成

55 「深新会」結成

57 ♪湯浅譲二《内触覚的宇宙1》
58 ♪入野義朗《3つのピアノ曲》
1960

61 一柳慧帰国
62 ケージ・ショック

69 ♪入野義朗《ピアノのための4つの小曲》



その他図形楽譜のピアノ曲
61 ♪松平頼暁《インストラクション》
62 ♪武満徹《コロナ》

1960's その1 アヴァンギャルド

アメリカの作曲家ジョン・ケージが作曲した《4分33秒》(1952)という作品を、ご存知ですか?3楽章から成るこの曲は、20世紀を代表する名曲のひとつと言えましょう。ただ楽譜には、「1 TACET(休)」「2 TACET(休)」「3 TACET(休)」と記されているのみ...。全曲通して一切音を発するな、という作品なのです!!!さて皆さんは、この曲をどう「演奏」しますか?


ジョン・ケージの思想

この作品を初演したピアニスト、デイヴィッド・チューダーは、ピアノの蓋を閉じることによって曲を開始し、開けることによって終了した、と伝えられています。つまり、ピアニストがピアノの前に座っているにも関わらず、聴こえてくるのは沈黙と、そこに浮かぶ雑音ばかり(聴衆の咳払い、ざわめき、外の環境音etc)...。ケージは、このように意図されない音に光を当てる試みを通して、"音楽=作曲家が組織するもの"というそれまでの西洋音楽の常識を覆す「偶然性の音楽」を提唱したのでした。その"あるがままの音を受け入れる"という音楽思想の背景には、禅など東洋哲学の影響があったと言われています。


「ケージ・ショック」

こうしたケージの実験的な音楽は、ブーレーズやシュトックハウゼンなど、当時のヨーロッパの作曲家たちにも大きな衝撃を与えました。そのケージとニューヨークにて一緒に活動をしていた日本人作曲家に、一柳慧がいます。1961年、その一柳氏がケージの思想を携えて帰国。当時活発に現代音楽の啓蒙活動を行っていた「二十世紀音楽研究所」や「草月アートセンター」にて「偶然性の音楽」を紹介し、大反響を巻き起こしました。翌62年にはケージ自身も来日し、評論家・吉田秀和が「ケージ・ショック」と称したほどの大きな影響を日本の音楽界に及ぼしたのです。
(⇒一柳慧氏インタビュー「新しい発想を持って」へ!)


図形楽譜でリフレッシュ?!

ところで、「偶然性の音楽」には、先の《4分33秒》以外にどのような作品があるのでしょうか。今回ご紹介するのは、一柳氏が1959年に作曲した《ピアノ音楽第2》です 。この曲の楽譜は、いわゆる図形楽譜。五線や音符の無い、絵画のような楽譜です。

「○:鍵盤を弾く」「●:ピアノの内部を弾く」「/:高音域」「―:中音域」...

などの奏法指示を読みながら、図形を音にしていく作業...。"五線譜に書き込まれた音符を一音も間違わずに弾くこと"に慣れてきた私たちにとって、図形楽譜による即興的演奏は、自分の音楽経験やセンスを実感させられる刺激的な体験と言えましょう。五線譜で凝り固まった頭のリフレッシュに...、いかがでしょうか。

♪一柳慧作曲「ピアノ音楽第2」⇒音源を聴く mp3(5m40s) 

この作品が演奏されたある音楽会のプログラムには、一柳氏ご自身によって、「作曲とは規定することではなく、可能性を提示することである...紙の上の知的な遊戯は終わった」という、「偶然性の音楽」の思想をよく表す言葉が記されています(音楽之友社:「日本の作曲20世紀」参照)。実際今回の音源も、無限にある演奏可能性のほんの一例にすぎません。演奏者によって、また同じ演奏者でもその日その時によって、同じ楽譜から全く違う音楽が生まれる可能性がある...。例えば、この音源の演奏時間は5分40秒ですが、10分の場合も20分の場合もあり得るのです。ちなみに、一柳氏ご自身によるこの曲の最長演奏時間は、なんと40分でいらしたとのこと!「偶然性の音楽」の奥深さを感じます。


ケージの効用

「偶然性の音楽」は、 作曲行為そのものを否定するという点において、それまでの西洋音楽の根幹を揺るがすほどの衝撃を持つものでした。政治的にも「60年安保」を経て"反体制的"な気運が高まっていた日本にとって、その"反芸術的"とも言えるケージの音楽は、時代の求めるものでもあったとも言えましょう。そして、ケージ受容を経た日本の音楽界は、経済の「高度成長期」とも相まって、より一層自由に、独自の魅力を開花させていくことになるのです。


須藤 英子(すどうえいこ)

東京芸術大学楽理科、大学院応用音楽科修了。在学中よりピアニストとして同年代作曲家の作品初演を行う一方で、美学や民族学、マネージメント等について広く学ぶ。04年、第9回JILA音楽コンクール現代音楽特別賞受賞、第6回現代音楽演奏コンクール「競楽VI」優勝、第14回朝日現代音楽賞受賞。08年、第8回オルレアン国際ピアノコンクール(フランス)にて、深見麻悠子氏への委嘱・初演作品が、日本人として初めてAndreChevillion-YvonneBonnaud作曲賞を受賞。同年、野村国際文化財団、AsianCulturalCouncilの助成を受け、ボストン・ニューヨークへ留学。09年、YouTubeSymphonyOrchestraカーネギーホール公演にゲスト出演。現在、現代音楽を中心に、幅広い活動を展開。和洋女子大学・洗足学園高校音楽科非常勤講師。
ホームページ http://eikosudoh.webcrow.jp/

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