☆インタビュー第3回 嵐野英彦先生
嵐野英彦先生インタビュー「新曲の意義、先生の役割」
作曲家・嵐野英彦先生は、長年ピティナのコンペ新曲課題曲の選定委員長を務めてこられました。 また「作曲家によるピアノ曲解説セミナー」を通して、多くの先生方にヒントを伝え続けていらっしゃいます。春風心地よい季節、ピティナ本部スタッフの実方氏と共にアトリエに伺い、新曲の意義や先生の役割、また日本のピアノ曲やご自身の作品について、有意義なお話を聞かせていただきました!
仲間の作品
─ ピティナ創立約40年、コンペ開始30年。先生はその新曲課題曲選定委員として、これまでにたくさんの作品を選んでこられましたね。
嵐野先生:そもそもピティナは邦人作品を広める目的で作られたのですが、当時の先生方の興味はバッハ、ベートーヴェンetcが中心でして...。邦人作品についてはここ10年ほどでようやく足固めができてきた感じです。ただ「邦人」という言葉は僕どうも苦手でしてね...。
─ 私も「邦人」には何となく抵抗があって、呼び方に迷っています...。
嵐野先生:「仲間の作品」と呼んだりもしていますが...。ともかく、この「ピアノ曲 MADE IN JAPAN」のような連載も始まったということは、ピティナにも余裕が出てきたということですね。創立以来40年経ってあなたの企画にたどり着いた、ということです。
リメイクの文化
─ 私自身は雅楽を聴いて以来、クラシックより「仲間の作品」に興味を持つようになったのですが...。
嵐野先生:日本人は格好もそうですが、音楽ももとは全部借り物です。雅楽も実は中国からの借り物ですね。それを自分たちの感性に合わせてリメイクしてきました。例えば、伝来の雅楽には呂と律の2つの旋法がありましたが、日本では呂旋法によるものの演奏は皆無に近く、創作もありませんでした。暗い感じの律旋法のみ日本人は残したのです。日本の文化は、昔からリメイクの文化なのです。
─ なるほど!では日本製ピアノ曲も、リメイクの文化に入るのでしょうか?
嵐野先生:例えばあなたが録音した滝廉太郎のピアノ曲、音の動き方がヨーロッパ風ではないですね。日本的な旋法とヨーロッパ的な機能和声が融合されています。日本の音楽はもともと線・対・線、ヨーロッパの音楽は音の積み重ね、和声感の有無は日本と西洋の大きな違いです。あなたも「歴史編」で書いていましたが、日本のピアノ曲には"西洋派""民族派""折衷派"の3つの傾向が共生しているように思います。
新曲課題曲の意義
─ 日本のピアノ曲にも様々な傾向がある中で、新曲課題曲の選定ポイントはどのようなことですか?
嵐野先生:変な話、演奏時間です。制限時間内で自分の言いたいことが言えている曲か、ということですね。あとは一定期間勉強するに足る価値がある曲か、ということです。それから特にE・F級の場合、先生が「こう弾きなさい」と指導できないような曲を目論んでいます。
?弾く人が自分で自由に表現する、ということでしょうか?
嵐野先生:そうです。普通のピアノ曲では、先生が敷いたレールの上に行儀よく乗っかることが、まず求められます。でも新曲の場合そうはいきません。自分で楽譜を読み、感じ、音楽を作るのです。
─ 具体的には、間合いとか音色とかのことでしょうか?
嵐野先生:耳馴染みない音が出てきたときにどう解釈するか、ということですね。例えば、古典的な音楽では不協和音には必ず解決音がありますが、そうではない曲の場合どう表現するかということです。「何か違う」という発見から「こういう音を出したい」というところまで、自分で作っていくのです。先生は、その音のテクニック的な出し方について指導はできるかもしれませんが、曲作り自体の指導はできない、ということです。
?私が最初に現代曲に興味を持ったのも、その自由さに面白味を感じたからかもしれません。
先生の役割、PTNAの役割
嵐野先生:何の学問も同じですが、底辺は広ければ広いほど上に乗せられるものは大きいですね。底辺をベートーヴェンやらショパンやらに限ってしまったら、将来の枠も限ってしまうことになります。
─ 底辺作りの段階で、先生は生徒に色々な引き出しを持たせておく必要がある、ということですね。
嵐野先生:そう、感性の鋭い小学高学年から高校生ぐらいの間に、色々なことを感じる体験をさせてほしいと思います。ピティナのコンペの目的は、底辺の拡大と確認です。多くの選択肢を持ってあるレベルに達する、それを手伝うのが先生、そしてピティナの仕事でしょう。あとは生徒本人の体力、知力、精神力、プラス経済力(!)で、専門家に近づいていくのではないでしょうか。
ピティナ実方氏:私は今、ピティナホームページ上のピアノ曲事典の構築を担当しています。事典には、なるべく多くの作曲家と作品、そして著作権の切れた曲の音源を載せていますが、1日少なくとも5000人が訪れていますね。マイナーな作曲家も発掘することで、ピアノのレパートリーの膠着を何とかしていければと思っています。
嵐野先生:ほぅ、確かにウィーン古典派でも、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンに偏っていますからね。ロマン派でも、ホフマンとかライネッケとかモシュコフスキーとか、勉強すべき作曲家はまだまだいますよ。日本のピアノレスナーは今3世代目、どんどん先細りになっています。自分が習ったことを伝えるだけでなく、自分で視野を広げていく努力をお願いしたいですね。
?インターネットの普及で、ピアノ曲事典のような情報源も身近にずいぶん増えましたしね。
ご自身の作曲
─ 最後に、今先生がピアノ曲を書くとしたら、どのような曲を書かれますか?
嵐野先生:勉強を続けたいと思っていますので、ひとつは研究上の主義主張を論文風に仕上げた作品、こちらは日本旋法を変容させるスタイルです。もうひとつはエッセイ風のもの、こちらはソナチネ、つまり調性音楽です。調性とは言っても、古典派とかロマン派とかではなく、その比較になるような少し違う音楽を作りたいと思っています。その曲を弾いた子どもが、成長してモーツァルトやショパンに触れた時、「本来のヨーロッパの音はこうなんだ」と自分で発見できるようになってほしいのです。
─ 先生ご自身の中で、2つの傾向が共生しているということですか?
嵐野先生:週代わりか日代わりか知らないけど、時によって使い分けている感じですね。
ピティナ実方氏:文章と同じで、書く目的によって音楽も変化しますよね。
嵐野先生:2本立てですね。両方の領域で過不足なく書きたいと思っていますよ。
毎年秋には、ご自身の作品展を滋賀で開かれている嵐野先生。作品展とはいえ、「書いた人間はこういうつもりで楽譜にしている、と伝えることで、勉強に来ている若い演奏家に楽譜の読み方を自分で見つけてもらう」教育的な面も大きいとのこと。「どうせなら今生きている作曲家を使った方がいいじゃない?」とおっしゃる先生に、どこまでも謙虚な作曲家としてのお姿と、信念に裏打ちされた教育者としてのお姿を、両方垣間見たように思いました。
東京芸術大学楽理科、大学院応用音楽科修了。在学中よりピアニストとして同年代作曲家の作品初演を行う一方で、美学や民族学、マネージメント等について広く学ぶ。04年、第9回JILA音楽コンクール現代音楽特別賞受賞、第6回現代音楽演奏コンクール「競楽VI」優勝、第14回朝日現代音楽賞受賞。08年、第8回オルレアン国際ピアノコンクール(フランス)にて、深見麻悠子氏への委嘱・初演作品が、日本人として初めてAndreChevillion-YvonneBonnaud作曲賞を受賞。同年、野村国際文化財団、AsianCulturalCouncilの助成を受け、ボストン・ニューヨークへ留学。09年、YouTubeSymphonyOrchestraカーネギーホール公演にゲスト出演。現在、現代音楽を中心に、幅広い活動を展開。和洋女子大学・洗足学園高校音楽科非常勤講師。
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