パリ音楽院のエリート、薄命のデジゼ兄弟の弟ジュール(1812-1848)は極めて洗練されたセンスとピアニズムを備えた貴公子のような存在だった。残された30点余りの作品の多くは、今日所在不明となっている。「12のワルツ」Op.23は簡潔なワルツ集で、第4曲は特に「煙突掃除婦」と記される。
Category XXIV「ワルツ」
19世紀の舞曲の王、ワルツ。レントラーに起源を持つこの舞曲のポピュラリティは圧倒的なものとして、その筋の大家を幾人も生んだ。この世代のピアニスト=コンポーザーたちもこぞって作品を残したが、ワルツに関わらなかった作曲家ー例えばアルカンのようなーの方が特殊な存在といえるのでは。興味深いのは、ワルツはフォーマルな舞曲であるが故に作曲家の人間性がそれ程伝わって来ない。「仮面舞踏会」さながらに、ワルツはそれ自体が魅惑的なマスクとしての性格を持っている。日本語訳としての「円舞曲」はもはや死語のようだ。
ヴィンセント・ヴォレスはアイルランドが生んだ巨匠で、少なくとも6つのオペラ、100曲を超えるピアノ曲を遺している。華々しい「グラン・ヴァルス・ド・コンセール」は、シンフォニックで大らかな情趣を持ち味とするヴォレスの代表的大作。
リールで生涯を送ったフランスの作曲家、フェルディナン・ラヴェンス(1814.10.21-1893.1.7)は、オペラやオラトリオが創作活動の中心であったとみられる。それゆえピアノ曲もヴィルトゥオーゾ指向とは異なる。独特のドラマ性、色彩感を帯びたものとなっている。「ばら色の蝶」は1887年の出版。異様な幻想性を漂わせるワルツである。
パリに生れたテオドール・モザン(1818-1850)はローマ賞を獲た才人で、ピアノ作品においても、色彩感は無いが、確かなデッサンを思わせる線の鋭さ、説得力が感じられる。「トルーヴィルの夜会」と題された「華麗なワルツ集 第2集」(3曲)からの第1曲ではメロディが偶数の小節で割り切れない仕組を持つ。